SDECE
防諜・外国資料局
かつて存在していたフランスの情報機関。フランス国内における情報収集や分析、国外における諜報活動や特殊作戦などを行った。
第二次大戦中に結成された情報機関であるBCRA等を前身としており、1946年に編成された。編成当初は首相直属の組織であったが、後に国防相の配下となった。
1982年に、現在のフランスの情報機関であるDGSE(対外保安総局)へと改称された。
なお読み方は「セデス」もしくは「エスデック」となる。
Schutzstaffel (SS)
ナチス親衛隊
治安組織や諜報組織を統率し、なおかつ軍事組織としても機能していたナチスの組織で、通称「SS」。トーテンコップと呼ばれる髑髏を模った紋章を用いていた。ホロコーストを主導していたことから、ドイツ敗戦後のニュルンベルク裁判では犯罪組織として認定されている。
その名の通り、元々はヒトラーを護衛する組織として発足したもので、司令部護衛隊と、それを改変したアドルフ・ヒトラー衝撃隊という二つの組織を前身としている。これらはミュンヘン一揆の失敗によって解散させられたが、その後ヒトラーの復権に伴って親衛隊が発足する。
ナチスには親衛隊発足以前から、権力闘争のための武装組織として突撃隊が存在しており、親衛隊はその下部組織として発足した。当初は弱小の組織であったが、世界恐慌の影響で大量の失業者を取り込んだ突撃隊の隊員が、各地で問題行動を起こすことになったため、それに対する抑止力が必要と考えたヒトラーが、当時親衛隊全国指導者だったヒムラーに命じ、親衛隊の勢力拡大を図らせた。結果親衛隊は急速に規模を拡大し、党内の警察組織として機能するようになり、やがて諜報組織としても機能するようになる。
ヒトラーの政権掌握後は、親衛隊は政府の警察組織や諜報組織をも統率するようになり、国内の治安維持や反政府分子の摘発などを行うようになった。そして、以前から正規軍との対立が深刻だった突撃隊は親衛隊によって粛清され、その後軍事組織として機能する武装親衛隊が発足する。またこの武装親衛隊の発足によって、それ以外の親衛隊は一般親衛隊と呼ばれるようになる。
第二次大戦中、一般親衛隊はこれまで同様に警察業務を主に執り行ったが、同時に悪名高いホロコーストも主導していた。また武装親衛隊は各地で戦果を挙げたものの、戦況の悪化に伴って隊員の数は次第に減っていった。
そしてドイツの敗戦によって親衛隊は消滅する。親衛隊員の中には国外逃亡を図ったものや、アメリカの対ソ諜報機関にスカウトされたものもいたが、その多くは連合軍の捕虜となった。また捕虜となったヒムラーは取り調べの最中に自殺している。
なお親衛隊が採用していた制服は、そのデザインのスマートさから世界中のミリタリーマニアに人気があり、1932年に採用された通称「黒服」は特に人気が高い。