Fuhrerbunker
総統地下壕
ナチス・ドイツ時代に、総統官邸の中庭に建造された地下壕。1935年に建造されたものと、その後第二次大戦の戦況の悪化に伴って1943年に建造されたものの二つが存在し、前者はVorbunker、後者はFuhrerbunkerと呼ばれ、主に後者が総統地下壕と呼ばれている。
厚さ4mものコンクリートで作られた非常に頑丈なものであり、戦時中の度重なるソ連軍の攻撃にも耐え抜いただけでなく、あまりにも頑丈なため戦後も完全に取り壊すことはできなかった。30もの部屋で構成されており、戦争末期には総統大本営としても機能していたが、換気が悪く、水漏れもしょっちゅう起きるなど、居住性はあまり高いとはいえなかった。
ヒトラーは戦争末期にはここで指揮を執るが、ドイツ敗戦が確定的となった1945年4月30日、総統地下壕の中で妻のエヴァと共に自殺。5月2日にドイツが正式に降伏したことで、ソ連軍に占領される。
現在は地下壕自体は埋められており、跡地を示す案内板が設置されている。
Castelul Bran
ブラン城
14世紀にブラショヴ市近郊、現在のルーマニア南部のトランシルヴァニア地方、ブラショヴ県南部の山中に建築された城で、13世紀にドイツ騎士団によって建設されていた木造の要塞を建て直したものとされている。
建築当初はハンガリー王家が所有していたが、やがてワラキアのミルチャ老公、トランシルヴァニア公へと所有権が移り、その後はブラショヴ市が所有権を持つようになった。大ルーマニア統一後にはルーマニア王家のものとなったが、王家の国外追放後はルーマニアが国有し、その後王家の子孫に返却されている。