『American McGee's Alice』は、ストーリーとテーマ性においても非常に良くできたものである。特にこの作品は、「不思議の国のアリス」「鏡の国のアリス」の2作に続く「第3のアリス作品」と呼ぶに相応しいものであろう。

 まず不思議の国とはどのようなものなのか。原作である「不思議の国のアリス」や「鏡の国のアリス」では明確に不思議の国が何であるかとは書かれていない。だが今作では不思議の国とはアリスの精神世界そのものを表すことが描かれている。これは以前から原作のアリスを研究してきた人たちの間で立てられていた解釈であり、今作もこの解釈を元にして不思議の国を構成している。
 アリスはその類稀なる豊かで幅広い想像力を活かして架空の世界に思いを馳せることによって、不思議の国という奇妙だがわくわくするワンダーランドを生み出した。そこには現実とは異なるまさに「不思議」といえる世界が広がり、やはりその世界に相応しい非常に個性的な生き物が住んでいる。アリスは過去に彼らの世界に足を踏み入れ、様々な体験をすることとなった。それは自分の内面に足を踏み入れることであり、この当時のアリスが本当に此処とは違う架空の世界が大好きだったことの証でもあった。

 だがそんなおとぎ話は悪夢と化すこととなる。火事によって最愛の両親を失ったアリスは、自分の心を暗い牢獄に押し込め(「ラトレッジ精神病院 症例記録」に書かれている「プシケ」に引きこもった状態)、不思議の国を崩壊させてしまったのだ。
 アリスが巻き込まれた火事は、積み上げた本がランプの近くにあったこと、そのランプを黒猫(キティだと思われる)が倒してしまったという、不幸な偶然が重なって起きた事故である。それによって発生した炎は両親を襲い、アリスにも大火傷を負わせるが、アリスは一人家から逃げ出すことに成功し一命を取り留める。
 だがその事実は、アリスの心に重く圧し掛かることになる。それは、両親をいっぺんに失った事による激しい喪失感と悲しみ、そして未来への不安によるものでもあるが、それ以上に、アリス自身を己の内面世界に押し込めた最大の要因となったのは、アリスが自らを激しく憎んだということであるだろう。

 アリスは、火事によって全てを失ったという現実を受け入れることができなかった。それは当時まだ幼かったアリスの精神には受け入れがたいものだったということもあるが、これが事故によるものだったということも大きく関わっている。不幸な現実に直面した時、その不幸をもたらした原因が存在するなら、それに立ち向かうなり憎むなりすることで現実を生きることもできる。だがこの火事は事故だった。そしてアリスは、この現実を受け止めて認めるだけの心の強さも持っていなかった。そのため、火事が自分にはどうにもならない事故だったということを認められなかったアリスは、そのやりきれない思いから、この一連の不幸になんらかの原因を見出すことで、自分自身をなんとか納得させようと試みるようになった。なんとかしてその不幸を回避する方法はなかったのか、どうして両親は死ななければならなかったのか、どうして自分だけは助かったのか、という事を延々考え続けたのだ。そうして出した結論が、自分が悪かったということなのである。
 火事が起きた時、その火元に一番近いところにいたのはアリスだった。しかしアリスの部屋は頑丈にできていたため、その火事に気がつくのが遅れてしまった。そのため火事の炎は先に両親に襲いかかり、遅まきながらアリスが火事に気がついて目が覚めた時には、全ては手遅れになっていた。これもまた不幸な偶然が重なったことだったのだが、その事実を受け入れられないアリスは、この一連の不幸を「なにかのせい」にして、それで自分を納得させようとした。
 そしてアリスは、自分が眠っていたために火事に気がつくのが遅れ、眠りの中で、その豊富な想像力から生み出された不思議の国でお茶会を楽しんでいたことが、火事に気づくのが遅れた原因であり、不思議の国なんかに自分がいたから、そして不思議の国が存在したからこの一連の不幸が生み出されたのだと結論付けたのだ。
 その結果、不思議の国の存在と、その不思議の国での楽しい出来事に夢中になっていた自分自身、そしてそんな自分が生き残ってしまったことを激しく憎み、アリスはその憎しみでもって不思議の国を崩壊させたのだ。前述の通り、不思議の国はアリスの精神世界そのものである。不思議の国を憎むということは、すなわちアリス自身を憎むことになる。アリスの出した結論は、自分自身の存在を憎み、自らを破滅させることで贖罪とするという、救いようのない結論だったのだ。

 だが、それがアリスの全てではなかった。アリスが自身を憎むのは、結局のところ辛い現実を受け入れられないためである。あの事件を「なにかのせい」にすることで現実から目を背けているにすぎない。だが同時にアリスは、あれが事故であり、仕方のないことだったということも知っていた。知っていながら、それを受け入れられなかったからこそ、不思議の国は崩壊したのだ。
 時の流れが心を癒すとも言うが、実際アリスの心は、時間の経過と共に少しずつ落ち着いていったのだろう。それに伴い、アリスは自分自身を徐々に客観的に見ることができるようになったと思われる。真実を知っていて、アリスを導くチェシャ猫やイモムシはその象徴であり、アリスがチェシャ猫の絵を描いたのも、アリスがかつて受け入れられなかった「真実」と、アリス自身が出した「結論」を対比させることで、自分の内面世界を今一度見つめ直そうと考え始めたためだと思われる。

 そんな中、小さなきっかけがあった。それがあのウサギのぬいぐるみである。ウサギのぬいぐるみは、アリスが幼少の頃から大事にしていたものであり、幸福だった頃のアリスと現在を繋ぐ唯一の接点である。ウサギのぬいぐるみは、片方の目が取れてしまっていた。その目を、ある日一人の看護師が付け直したところ、アリスは急に泣き出した。それは、アリスが自分が幸せだった頃、そして不思議の国がまだ美しい素敵な世界だった頃を思い出したためだろう。そして、かつての不思議の国と対比することによって、アリスは今の不思議の国が崩壊してしまったことを認識し、このままではいけない、このままでは間違っていると強く思うようになったのだ。
 小さなきっかけは、アリスの心に大きな変化を生み出すきっかけとなった。あの事故をもう一度考え直そうという思いと、不思議の国が崩壊したことが間違っているという思いが重なり、不思議の国を元に戻そうという思いに変わっていったのだ。

 そしてアリスは、ウサギのぬいぐるみから具現化された白ウサギに導かれて、再び不思議の国へと舞い戻ったのだ。アリスが苦しみから逃れ、そして不思議の国を元に戻す方法。それは、アリスが現実をありのままに受け入れる心の強さを身につけ、苦しみや悲しみを受け止めて克服することである。だがそれは簡単なことではない。アリスの心を何年もの間支配してきた、自分が原因で両親が死んだという罪の意識は、アリスの心を強烈に縛り付けている。だからアリスは、あの事故のことを自身に問い続け、火事を己の罪だとしている思いを克服し、現実を受け入れるために葛藤するのである。それがこの作品で描かれている、不思議の国の中で起きたアリスとハートの女王の戦いなのである。
 不思議の国を元に戻そうという思いの象徴が主人公たるアリスであり、ハートの女王はアリスの罪の意識そのもの、あるいは断罪者ともいうべき存在である。アリスが武器を持ってハートの女王の軍隊を倒していくのは、アリスが現実を受け入れていくプロセスなのである。そしてハートの女王を倒すことで、アリスはこの過酷な現実を受け入れ、そしてそれを乗り越えて前に進んで行けるようになるのである。

 こうした世界設定と作品構成から、今作はまさに「第3のアリス作品」と呼ぶに相応しい名作であると言えるだろう。

 しかしながら、続編である『Alice: Madness Returns』の後付け設定がこれをぶち壊しにしているのだが……。