「ラジオ技術」2017年から2018年にかけて掲載していただいたシングル・パワーアンプです。たまたま1940年製造の米国軍用VT-25のナス管を持っていたため、これを聴くために製作しました。出力管としてVT-25を使うシングルアンプは本機で3作めですが、それまでの経験を集大成した作品として満足のいく特性と音を得られました。
2018年5月号では低域応答を改良、2019年2月号で最後の仕上げとしてNFB量を変更して音質に関する改良を行いました。NFB量を9dBから7dBに減らしてサウンドの躍動感を上げました。より楽しめるアンプになったと思います。
このタマの規格どおりに使用するとクリップ前最大出力は1.6Wどまりですが、グリッドチョークを並列に用いることで2W出せるようになりました。
グリッドチョークは出力管グリッドから漏れ出るグリッド電流をバイパスさせるためのものです。出力が大きくなったときにグリッドバイアスの電位が強制的に深くなってしまう現象を防ぎます。
同時にグリッドチョークは低音を強調する働きもしています。トリウムタングステン・フィラメント管であるVT-25のサウンドは高域に寄りがちですが、グリッドチョークの副次作用により高低の聴感バランスが改善されます。
しかしグリッドチョーク方式には低域が持ち上がってピークを発生しやすい欠点があります。本機ではCR結合のコンデンサの容量を通常より大幅に増やすことにより、ピークを10Hz以下の超低域に追いやりました。さらに改良としてCR結合に直列に数百Ωの抵抗を入れることでピーク発生を抑制し、低域の聴感を改善しています。 |
本機は初段に対してPFBを掛けて躍動感のある動作を狙っています。最大出力が2Wと非常に小さいですが、能率のよいスピーカーを使えば堂々と鳴り、大編成のオーケストラ曲でもこなせます。
しかしこのアンプの楽しみはまばゆく光るトリウムタングステン・フィラメントにあります。このフィラメントはこの真空管の原型が電灯の発明と同時代に生まれた真空管であることを示しています。
第2次大戦前に軍用無線送信機に用いられたこの真空管を博物館で見物するのではなく、自宅オーディオ用として賞味する醍醐味は自作家だけに許される特権でしょう。 VT-25は民間では10という型番で呼ばれていました。真空管黎明期には品種が少なく、このような単純な型番で済んでいた名残りです。戦争中はトリウムタングステン・フィラメントではない品種も作られてVT-25Aとして識別されました。本機はその品種も利用できます。2019年2月号にVT-25Aを挿したときのひずみ率と試聴インプレッションを掲載しました。 1940年製造のナス管の音は意外にキレがよく、現代的な音を出します。非常に手の込んだ製造方法で文字通り手作りされていますが、妥協のない性能を生み出すために手間を惜しまず作りこんだ職人魂を感じる音です。今の時代は手間を省くだけ省いて、どこまで品質低下が許容されるかを競うのが常識ですが、その真逆を行く物作りの音を味わうことができます。 製作の詳細と実体配線図は「ラジオ技術」をご覧ください。 |