6FQ7直結ヘッドホンアンプ 最大出力200mW (2024年12月発表の2025年モデル)
最大出力 (クリップ前) 負荷39Ω時 200mW (能率90dB以上のヘッドホンを推奨)
周波数特性 (-1dB) 16Hz〜30kHz
ひずみ率 (1kHz, 10mW時) 0.3%
ダンピングファクタ (1kHz時) 11.3
SN比 (A補正後, 出力0.1mW時) 70dB
入力感度 (100mW出力時) 0.98V
回路図 電気的特性
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 発表は2024年ですが12月も末だったので2025年モデルとしました。雑誌に製作記事を掲載する予定は現在のところありません。「ラジオ技術」誌は河口編集長が視力悪化により引退され、代わりの方が引き継ぎましたが、発行継続が困難になったもようです。
 市販品でよく見かける「真空管」をうたう小型ヘッドホンアンプは、半導体も併用するハイブリッド式なので純粋な真空管式とは呼べません。本機はスピーカー用真空管アンプと同じ「出力トランス」を備える、本物の真空管式ヘッドホンアンプです。
 このコンセプトで2015年に発表した6AU6 3極管接続ヘッドホンアンプの経験を踏まえ、使いやすさに注力して新規に設計したのが本機です。
 前作と同様に入力音源にはCDプレーヤーなど(背面のLINE入力)、または携帯型プレーヤーなど(前面のPHONE入力)のいずれかを選べます。
 また、前作にはなかった左右音量バランス機能を備えました。音源に存在する左右音量の偏りや聴力の左右差、あるいは真空管の特性誤差などに対応できます。ステレオ音場を正確に再現すると音楽の魅力が向上する効果があるので、積極的に使うとよいと思います。
 本機は2段増幅のシングルアンプです。入力信号の電圧を約1.5倍〜2倍に増幅します(2つのヘッドホンジャックで異なる)。
 CDプレーヤーの通常の最大出力が2ボルトくらいですが、このとき本機は数百ミリワットを出力します(ヘッドホンのインピーダンスにより異なる)。このていどなら不用意な過大入力でヘッドホンを傷めることはないでしょう。
 また、本機は音量確保の点から能率90dB以上のヘッドホンを推奨します。
 回路的な特徴としては、電圧増幅段と出力段の間はCR結合を廃して直結しました。狭い空間に配置する部品点数を減らすとともに、純粋な信号伝達を狙っています。
 さらに、NFBを出力トランス2次側ではなく1次側から初段に戻しています(前作6AU6 3結アンプでも同じ)。その理由は本機がヘッドホンを駆動するためのアンプであり、2次側には非常な微弱な信号電圧しか発生しないためです。その点で1次側なら電圧の変化幅を十分とることができます。
 このようなNFB回路には不便な点がひとつあります。帰還元の直流電圧が数百ボルトという高電圧になることです。そのため一般的には電圧遮断用に電解コンデンサを入れることが普通です。
 しかし本機(および前作)では通例と異なってコンデンサをはさまずに初段に帰還を戻しています。その理由は電解コンデンサによる音質劣化を避けるためです。
 こうするとNFB回路に大きな直流電流が流れますが、この電流を利用して初段にバイアス電圧を発生させることができます。するとNFB分圧抵抗と初段カソード抵抗を兼ねさせ、さらに初段カソードバイパス用の電解コンデンサを省くことも可能になります(電流帰還量が小さくなるため)。
 ただし注意しなければならないのは、直流による大きな熱がNFB抵抗に発生することです。ここには高音質なだけでなく、熱容量の大きな抵抗器を使う必要があります。そのうえで放熱に気をつければ、実用上の問題は生じません。
 なお、本機のNFB抵抗は高音質カーボン抵抗を使っています。カーボン抵抗はエージングにかなり時間がかかります。初めぼやけていた音がクリアになるには何日も、時には何ヶ月もかかります。NFB抵抗に常に直流電流が流れる本機の回路であれば、音楽信号を流さずとも電源を入れておくだけでエージングできます。これを利用して辛抱強くエージングを行なってください。
 初段(電圧増幅段)に6FQ7を採用した理由は、米国GE製6FQ7を使いたかったからです。GE製はふたつの電極のヒーターフィラメントが電極上部に露出してつながっています。この部分が橙色に点灯するので、いっそう真空管アンプらしさを楽しめます。
 なお6FQ7と6CG7は同一特性なので、どちらを挿して使ってもかまいません。
 電力増幅段には、電圧増幅用ながら低ミュー、低内部抵抗の双3極管12BH7を採用し、両電極を並列接続することで強力な電力増幅と広帯域化を狙いました。
 本機は整流管の6X4を使用していますが、整流そのものはダイオードが担っています。傍熱管である6X4の役割は、電源投入時にB電源の電圧上昇を遅延させることにあります。この理由を以下に述べます。
 本機のような直結回路では後段真空管のコントロールグリッド(電流制御電極)に数百ボルトの高電圧が常時かかります。動作状態ではカソードも同程度に高電圧になるので電圧差が小さく、特に問題はありません。
 しかしB電源がダイオード整流の場合は電源投入直後にB電源電圧がすばやく上昇するため、自己バイアスの真空管ではカソード電圧が上昇するまでの時間(傍熱型は8〜10秒)は電圧差が非常に高いままの状態が続きます。これは真空管の構造・機能からすると想定にない不自然な状態であり、電極材質への悪影響が心配されます。
 この不自然な時間を短くしたり、なくしたりするにはB電圧の上昇を遅らせるしくみが必要になります。そこで本機では傍熱型の整流管6X4をB電源回路に入れることでB電圧の上昇を遅らせています。
 このとき、整流を行なわない6X4の2つの電極は並列接続が許されます。内部抵抗が半分に減るので電源インピーダンスへの影響はほとんど心配なくなります。
 組み上がってみると左チャンネルにかすかなハムノイズが現れました。静寂時にふと気がつくていどで、楽音が鳴っているときに識別することはできません。発生原因は左出力トランスが電源トランスに近接していることにあると思われます。トランスメーカーは最低3センチ離すことを推奨しているようです。自作される方はシャーシサイズを大きめにとるとよいでしょう。

付録記事「2025年お正月試聴記」はこちら

 本機には実験用のスイッチを2個備えました。ひとつは出力トランス1次側負荷を切り替えるものです。もうひとつは切り替え時に衝撃音がヘッドホンに流れるのを防止します。
 これを使った試聴実験により、1次側負荷は5kΩを常用とすることにしました。大きな差はないのですが、5kΩのほうが澄んだ音色が出るように聴こえます。


 本機が設計上で想定するヘッドホンインピーダンスは20Ω〜60Ωあたりです。回路シミュレーションで確認すると500Ωでも鳴らせるようですが、実際に聴いて確かめたのは公称インピーダンス25Ω、38Ω、55Ωのヘッドホンです。
 このような幅広いヘッドホン製品を利用する際、それぞれに最適な音質を選べるように特性(あるいは音質)が異なるヘッドホンジャックを2個用意しました。それぞれのヘッドホンで気に入った音の出るジャックを選べます。
 ダンピングファクタで見ると右側のジャックは公称インピーダンス20Ω〜40Ω、左側は30Ω〜60Ωのヘッドホンに適するはずです(そのような表示にしてある)。しかしこの区別が最良な(あるいは好みの)音質につながるとは限りません。
 参考までにふたつのヘッドホンジャックの印象をおおげさに語ってみると、右側のジャックは「正確な」感じのサウンド、左側のジャックは「華麗な」感じのサウンドに聴こえます。空間的な響き方にも違いが出ます。
 このような印象はヘッドホン製品によって異なってくるし、音源によっても変わってきます。結局のところ、耳で聴いて気に入ったジャックを選べばよいと思います。
 本機はかなり小ぶりですが、中身はスピーカー用真空管アンプに引けを取りません。そのサウンドはあいまいなところがなく、真空管式のイメージとしてよく口にのぼる「温かみのある」とは真逆の音です。
 しかし前作と同じく、半導体式とは高域に違いが出ます。半導体式では中低域全体の力感と引き換えに中高域にモヤがかぶさります。いっぽう本機にはこのようなモヤがなく澄んでいます。そのため高域に繊細なハーモニーが現れ、人の声も明瞭です。
 なお本機のPHONE入力はけしてオマケではありません。けっこうよい音質で聴けます。拙宅ではLINE出力が故障した古いCDプレーヤーのヘッドホン出力を本機につないで利用しています。本機を通すとそのヘッドホン出力が元々持っていた(であろう)美しい音が真空管サウンドで蘇ります。

 耳で聴いたときの実用性を確かめるため、オーディオテクニカのATH-AD900X、AKG(アーカーゲー)のK240 STUDIO、DENONのDN-HP700の3機種のヘッドホンを聴き比べました。クラシックはベートーヴェンの第九交響曲とショパンのピアノ協奏曲を聴いたほか、ポピュラー音楽もいくつか聴いてみました。
 ATH-AD900Xは公称インピーダンス38Ωですが、どちらのジャックで聴いても、それぞれなりによい雰囲気で聴けます。あえて言えば左側[30〜60Ω]のジャックはやや派手に流れ気味で、右側[20〜40Ω]のほうがスピーカーで聴くサウンドに近いように感じられます。いずれもダイナミックで空間的な見通しがよいサウンドが聴けました。
 AKG K240 STUDIOは公称インピーダンス55Ωです。本機の製作中に徹底的にエージングを行ないました。そのせいか前作で聴いたときよりもオーディオテクニカに似たサウンドで鳴りました。左側[30〜60Ω]のジャックのほうがサウンドのきめが細かくなるように感じます。
 DJ用として安価に販売されていたDN-HP700(廃止製品)は公称インピーダンス38Ωです。低音がややブーストされている印象ですがよく締まっており、よい音がします。長年放置している間にヘッドバンドの表面がぼろぼろになりましたが音に価値があると考えて修繕しました。本機との相性は抜群です。ジャックで聴き心地はあまり変わりませんが、左側[30〜60Ω]のほうが表現力豊かに鳴る気がします。
 この中でスピーカーで聴くサウンドに一番近く聴けるのはATH-AD900Xのようです。本機は音量を出しにくいAKG機も対応できるし、インピーダンスが低めの25Ωの製品にも対応できることを確認してあります。

 初段管6FQ7は米国GE製をお奨めします。GE製のタマは共通して高域の伸びがよい性格があります。しかし本機の場合、出力段12BH7にもGE製を使うと高域の存在が膨らんでしまう傾向を感じます。出力段にはGE製以外を使うとバランスがとれます。
 たとえば東芝製12BH7は日本製らしく中庸なサウンドです。この点がGE製6FQ7と組み合わせるのに好都合です。音色がよく出てハイレベルな再生音になります。
 また、米国製の非GE製12BH7(プレート電極が箱型)はGE製6FQ7と組み合わせると生き生きとしたアメリカンサウンドを奏でます。この組み合わせで聴いたジャズの定番「Take Five」は、大型スピーカーを備えるジャズ喫茶で味わうかのような雰囲気で聴けました。
 なお初段管6FQ7と出力管12BH7は外観がそっくりですが、ヒーター端子の配置が異なっています。挿し間違えないように気をつけてください。万が一入れ替わって挿しても、ヒーター電圧が半分になるか、まったくヒーターが点灯しないかのどちらかなので真空管が壊れることはありません。あわてずに電源を切って挿し直してください。
※試聴に使ったヘッドホン製品はあくまで動作確認のために使用したものです。音質的にお薦めする意図はありません。できるだけ品位の高いヘッドホンをお使いください。そのうえでヘッドホンジャックの選択や真空管の銘柄を選んでいただけば、好みの音質を実現できることでしょう。


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