
(提灯を下げて夜の妻籠宿へ)
中山道の険しい山の合間に、江戸時代のまま時が止まったかの様な宿場町が現れます。
妻籠宿です!

妻籠宿は、日本で初めて「重要伝統的建造物群保存地区」に選定された場所です。
これまで大きな災害や火災が無かったので、江戸時代のままの枡形の街道や旅籠が残っているのだそうです。

また、木曽路の中では妻籠宿だけが、鉄道路線から外れているために、時代から取り残され、昭和初期には過疎で廃村の危機にありました。

この様な厳しい状況下にもかかわらず、「売らない。貸さない。壊さない」の住民憲章を住民の皆さんがしっかりと守り、街並みの保存に努めてきたそうです。

当然、妻籠でのコンビニ、スーパー、レストラン等の出店は禁止されています。
また、飲食店のメニューも、江戸時代に食されたものが基本だそうです。

ここまでの徹底は、出来そうでなかなか出来ないですよね。
江戸時代そのままの建物に、人々が実際に暮らしていて、江戸時代の風情にどっぷりと浸れます!


妻籠宿の始まりは、左手に見える宿の名所「鯉岩」です。


案内板によると、鯉の形をしていた岩が、昔、大地震で崩れ鯉の頭の部分が落ちてしまったので、現在は鯉に見えない、とのことでした。

宿場の出入り口、最初に目に入るのは高札場です。

石畳の道に、水車の音が響きます。


夕暮れ時で、日帰りの日本人観光客は少なくなり、泊り客の半数は外人みたいです。

日没が近くなったので、本日は予約した宿「松代屋」に入ります。



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一路(下) |
浅田 次郎 | |
中央公論新社 |
事前の下調べのために、妻籠の観光案内地図を見ていたら「松代屋」がありました!
小説の「松代屋」は実在していたんだ


早速、松代屋に電話して宿泊の申込みをします。
(1泊2食付:10,800円)

一路も食べた「鯉の煮つけ」が楽しみです!

そう言えば、BS「浅田次郎と眞野あずさが巡る中山道の旅」でも、眞野あずさが「松代屋」の「鯉の煮つけ」を食べていました。



松代屋は、1,804年創業の歴史を誇る老舗の旅籠で、今も7部屋で宿泊営業しています。

旅籠の生簀には、丸々と育った鯉が泳いでいますが、山深い土地にあって鯉は貴重なタンパク源だったそうです。

浅田次郎も宿泊したそうです。

江戸時代の旅籠なので、部屋を仕切るのは襖1枚だけです。
襖1枚隔てた隣の部屋の話し声で、「一路」は父親の死の秘密を聞いてしまいます・・・

松代屋の予約の部屋に案内された私は、取り敢えず、冷え切った身体を温めまるために風呂場へ向かいます。


素敵な檜風呂です。
後から入って来た外人のおじさんが慌てて出ようとしたので、急いで呼び止めます。
一緒に風呂に入る習慣がないのでしょうか。

外人のおじさんは、檜風呂の入り方のルールが分からないみたいで、英文の入浴の注意書きを一生懸命読んでいます。

風呂からあがり、楽しみにしていた夕食の「鯉の煮つけ」を頂きます。

美味い!





食後に夜の妻籠宿の散策に出かけようとすると、今時珍しい写真の「提灯」を貸してくれました。

提灯を下げて、夜の町へ散歩に出ます。

妻籠宿には街灯がありません。
闇を照らすのは、行灯(あんどん)のほのかな光だけです。

妻籠宿の夜に聞こえてくるのは、水路のせせらぎの音だけです。

夜空の星々が手に取る様に近くて、頭から振ってきそうな錯覚に襲われます。

広重の浮世絵は、三留野(みどの)から妻籠へ向かう途中の小さな峠です。

向こう側の三留野へ向かうのは、ゴザと風呂敷包みを背負った腰の曲がった老人と、赤い色の両掛け荷物を担ぐ人足です。
こちら側の妻籠へ向かっている男は、白装束に仏像を入れた厨子(ずし)を背負っています。
右上の山道では、農夫が刈り取った柴を天秤の両端に掛けて家へ帰るところが小さく描かれています。