『五番町夕霧楼』を読んで
水上勉<新潮文庫>

 田坂版映画化作品が合評会の課題作に挙がった際に水揚げした西陣の旦那が言っていた「処女やなかったで」が嘘か真か、夕子の言っていた「あの人、うちと蒲団のなかで何にもせんとただ寝て行かはるだけ」は嘘か真か、合評会のメンバーがどう受け取ったか訊いてみたいと思ったと記した部分が原作ではどうなっているのか確かめたくて読んでみた。

 明記されてはいなかったが、敬子が夕子の見舞いに行ってあんた鳳閣寺はんにいかはったらいやえ。櫟田はんに、うちが病気やいうこといわはったらいやえP166)と言われて行かへん。あんたがそないいうんなら、うちは行かへんえP167)と返した手前、自分が行くわけにもいかず、夕子の入院を櫟田に伝えるよう、女主人かつ枝に求めた際の遣り取りうちは今になってわかることがひとつあるんです。あの人のお部屋へ櫟田はんがあがらはると、夕ちゃん、低い声で歌をうたわはります。櫟田はんも歌をうたわはるンどす。きいてて、おかしいな思いましたンや。電気を消してまで、寝てへんのやろ、“げん”つけんと、二人でいつまでもはなしてはんのやろ。いつもそないに思てましたんや。せやけど、お母はん、その謎が解けましたンや。あのふたりはきれいな間柄どしたんや。夕霧へきても、“げん”つけんと寝てはったンどすえP169)との言葉に窺える敬子の言い分が、彼女は隣室だっただけに相当なのだろう。

 女道楽の西陣の旦那竹末が言った「処女やなかったで」については、田坂版を観て僕は、女将に偽ったわけではなく、西陣の旦那は本気でそう思っていたけれど、実際は初めてだったのではないかと受け止めている。水揚げ前に経験しているとするには相手が思い当たらないし、西陣の旦那が経験済みだと断じていた理由が「そやない限り、あんな大胆な態度が取れるもんやないで」などという根拠薄弱なものだったからだ。女道楽に勤しんできた旦那でさえも珍重するほどに“性的に実に特異な体質の持ち主”であることを示すエピソードの一つに過ぎないと解しているとしていた。原作小説での敬子の説そんなこと嘘どす。うちは何も見てへんけど、それはタアさんの計画やおへんか。女道楽をしつくした人のいうことは、少しでも、夕子ちゃんの値ェを下げて、お母はんに恩を売ることやおへんのんか。うちはそないな気ィがします。夕子ちゃんと櫟田さんが、村にいた時に出来てはったなんて、そら嘘やP170)は実に尤もらしいのだが、日誌に僕は、女将に偽ったわけではなく、西陣の旦那は本気でそう思っていたけれど、実際は初めてだったのではないかと受け止めている。と綴った点については、原作小説にもどのようにいっても、夕子は男がいたということについては肯定しなかった。しかし、男と戯れることは、生来好きであることはたしかであった。だから、(竹末)甚造は処女でなかったという確信があったのだ。そうでなければ、甚造のするどんな仕種にも耐えるはずがない。P92)と明記されていた。

 しかも決して女性に疎い男の所感ではないことを担保するように、竹末甚造は、夕子の床にはいると、しびれをおぼえた。それは、おかつにいったとおりである。これまで、どの女たちにも感じなかったものがあった。 甚造は、上七軒にいる菊市の軀とくらべたが、菊市は小柄で、胴もくびれてはいる。ぴちぴちしたカモシカのような体質である。しかし、夕子はその菊市ともちがっている。だいいち上背がある上に、上半身がやせ細っていて、首下から胸にかけて骨ばっているようにみえるけど、例の小乳のあたりから乳房までは、こんもり肉づきがよくなる。 いったんもりあがった胸部のふくらみは、腹から胴へかけて、心もち下降線をたどってほそまっていくが、そこだけが処女性を示しているともいえる下腹部の白い隆起は、菊市のような浅黒いシミの出た不潔感は、微塵もみられない。それに、夕子は恥毛がうすい。いっそう甚造には清潔に思われる。もりあがった太腿も、膝がしらからすんなり細まってゆくふくらはぎのあたりも…マヌカンの足みたいにすべすべしている。その軀全体は、眺めていても甚造を夢中にさせるものをもっていた。また、夕子の魅力は、その複雑な性格にあったといえるかも知れない。水揚げの日は、まだ、羞恥と不安をもっていた。しかし、日がかさなると、夕子は他人の前では伏眼がちにしている睫毛の長いつり上がった眼をぱっちり開き、放心したように甚造をみつめるのであった。その瞳は、甚造を誘い入れるようなうるみをおびていた。夕子は長いあいだそんな瞳をなげ、表情をくずさずに、甚造のまさぐるままにさせている。しばらくすると、肩の胡麻粒みたいなソバカスの一つ一つを大きく躍動させて、夕子は息づくのであった。P91~P92)という、ある意味、敬子もおかつも知らぬであろう夕子の姿を描出したうえでの甚造の感慨としているのだった。

 それだけ執心していても、甚造が惚れ込んでいるのは夕子ではなく、夕子の軀であって、病身となればいっさい関心がなくなっていることにかつ枝がはげしい憤りをおぼえたP190)甚造からの電話の場面が痛烈だった。夕子の死骸は、その墓地の一本の老朽した百日紅の根もとで発見されているP202)から、田坂版が百日紅を印象づけて終えていることの正統性を確認できたように感じた。

 山根版を観て映画監督と思しきセンセイ(横内正)は、田坂版にはいなかった人物だが、原作未読ながら、本作の脚本を書いた中島丈博の潤色による登場人物のような気がしたと記した部分は、案の定、そうだった。また、焼け跡で母のまさ(奈良岡朋子)が伏して住職(佐分利信)に詫びている、田坂版にはなかった場面と記した点については、原作では詫びどころか列車のデッキから、保津川へ飛び降り自殺をしたP185)となっていた。

 原作小説を読んでみて改めて感心したのは、田坂版の原作に対する忠実さと出来栄えのよさだった。おかつ…あれは処女やなかったでェ…何も、銭を返せいうんやないんや。二万円は安い軀やった。おかつ、あれは、めずらしい軀や…右肩のな、ちょっと下から脇の毛ェのとこへかけて、百粒ぐらいもあるやろか。えらいゴマがふいとる…そうや、ぎょうさんのアバタや。それがな、甘柿のゴマみたいに、興奮すると真赭に色づきよる。はたが雪のように白いやろ。何ともいえんわな。おかつ。それにな……めずらしい軀やった。小乳がありよるんや…お前、知らんのか…乳房(おっぱい)の上にな、わきへかけて、もう一つふくらんだ、お乳みたいなかたまりがあるんやな、そこにな、小麦色の仁丹粒ぐらいの乳首がついとるんや…せやけど処女やなかったぞ。処女やなかってもええ。おかつ、わしは、あの妓、放さんぞ。おかつP54~P55)との竹末の弁を読んでいると、千秋実の姿が目に浮かんできて苦笑した。

 思い掛けなかったのは、夕霧楼をかつ枝に残して死んでいた酒前伊作の享年が今の僕の歳だったことだ。死因は持病の神経痛に、栄養失調からくる脚気が昂進した心臓衰弱だった。六十七という年齢も、病気に対する抵抗力をなくしていたといえたかもしれない。P5)と記されていた。どのような人間も、多かれ少なかれ闇をしなければ、生活に相応した収入は得られず、がんじがらめにしばられた統制の中で、苦しんだのは正直者だけであった。配給のみに依存して、餓死した判事もいたほどであるから、力も身寄りもない女たちが、闇米代をうる手段として堕ちていったのもいちがいに、本人の罪というわけにはゆかない。巷はパンパンでみちあふれていた。P50)という時代の水揚げを泣くころが一ばん花どっせP34)と言われた娼妓の世界を描いた作品だ。
by ヤマ

'25.10.27. 『五番町夕霧楼』<新潮文庫>



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