あなたの知らない雄別ガイドツアー
2026年5月、道東の阿寒町徹別、
雄別炭鉱
跡を巡る探索ガイドツアーを開催。
今回は廃墟の御殿、火薬庫、病院跡を中心に巡る探索で、
男女23名の参加者が応募された。
まずは装備を整え簡単なミーティングの後
到達したのは「御殿」と呼ばれた職員倶楽部跡だ。
高官や取引先幹部をもてなすための、
宿泊所兼料亭跡である。
森にそびえる圧巻の木造施設で佇む参加者たち。
職員と鉱員の格差、
道東でも贅を尽くした施設について解説する。
炭鉱繁栄の象徴。
しかし遺構の劣化は激しく、
来るたび倒壊が進んでいる。
選炭所付近に移動、
歴史的な経緯や選炭のメカニズムを解説する。
14,000人が住んだ街、巨大な炭鉱跡だ。
総合ボイラー煙突直下にて、
終戦後の丸炭制度などについて説明を行う。
浮遊選鉱、重液選別、ジグ選別などの方法を説明し、
あとは自由時間だ。
パートナーと写真を撮ったり、遺構を探索する。
移動は一列で後方からもバックアップする。
国策による外国船向け採炭から、
雄別炭鉱鉄道敷設による躍進を解説する。
山中の模擬坑道に接近する。
これは事故の際の救援活動を行う訓練坑道だ。
支保工を固定するボルトナットの方向と出口の関係を解説する。
昭和12年の鉱区集約後に建設された雄別通洞坑口だ。
苔むした坑道入口だ
閉山2年前に改築(S43頃)された雄別炭鉱病院だ。
設計者は日本武道館や京都タワーの建築家で、
馬蹄形スロープ(回廊)が非常に珍しい。
坑木用のトロッコ軌道の跡を歩く。
親子連れ、そして単独での参加者同士も会話が弾む。
天気も良く、気温もちょうど良い。
やがて雄別商事(購買会)跡の遺構に到達。
山札と言う雄別炭鉱内のみで使用できた
金券について説明する。
明治末期から開発され昭和45年(1970)に閉山、つまり74年間操業したこととなる。
昭和20年(1945)の従業員数は 3,088名にのぼる。
今回は長年にわたり雄別炭鉱の保全に努めてきた人物にも同行頂いた。
彼は現在、一般社団法人 雄別炭礦振興会を立ち上げ活動中だ。
参加の皆様、お疲れ様でした。
また、大変ありがとうございました。