あなたの知らない轟鉱山ガイドツアー



2026年5月、赤井川村にかつて存在した 轟鉱山 跡を巡る探索ガイドツアーを開催。
男女16名の参加者が応募された。 轟

今回は国有林内のため、
森林管理署に入林申請を行い、
許可のもと入山した。 雷音


まずは雷音の滝付近の水路の探索だ。
安全に対しての注意事項と鉱石等採取の禁止事項を説明した上、
スケジュールと歴史を解説してからのスタートとなる。 水路


明治30年、つまり約130年前に石炭を探す中で発見された鉱山であること、
世界にその名を轟かさんというフレーズから
轟鉱山と名付けられたことを解説する。 貯炭槽


閉山の歴史がS18/S38/S62と3回あったこと、現在の金価格が26000円/gであることを説明。
金鉱山の採算ラインが5g/tであることや
現役の菱刈鉱山の品位が50g/tであることを補足する。 集落跡


最盛期には1000人が居住しており、それは赤井川村人口3000人の1/3に及んだこと、
そして坑員社宅・理髪店・商店・郵便受取所・宿舎などが犇めいていた。 集落跡


御真影と教育勅語を納めた戦前の学校施設である奉安殿が残る。
上流側には上級職住宅があり、行商が来ると下流で売り切れてしまい、
上級職は商品を買えなかったエピソードを話す。 奉安殿


奥地の火薬庫に到達。
昭和25年施行の火薬取締法に準じていること、
もしもの爆風を逃すため屋根は薄く作られていることを解説する。 火薬庫


青酸カリを使用する青化製錬所に到達。
青化製錬所は戦前に65か所存在したが、
現在は1か所になった理由を解説する。 製錬所


青化製錬所では自由時間を多く設けて、
それぞれが写真撮影に没頭する。 青化製錬所



エルドラド(得虎洞)=南米の伝説の黄金郷と名付けられた坑口を見る。
炭鉱とは異なる、坑口名の由来を説明する。 エルドラド


今回は当初、別鉱山への案内予定であったが、
下見段階で中止、場所変更となったものの、
皆さん全員に予定通り参加いただいた。 参加者

参加の皆様たいへんありがとうございました。




青化製錬所
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