1番 誕生寺(岡山県久米郡)

誕生寺山門

法然上人産湯の井戸

旅立ちの記念樹・イチョウ
(菩提寺より杖として突いて来た
イチョウが根付いた)

念仏橋
法然上人像を背負った熊谷入道が師法然上人誕生の地に
到着し念仏を高らかと称えた地

旅立ちの法然さま
15歳・比叡山へ旅立たれる法然上人
誕生寺は浄土宗開祖法然上人誕生の地、建久四年(1193)弟子・熊谷直実が師の命を受け、この地において上人誕生の旧邸を寺院に改めた

菩提寺
法然上人が9歳から15歳まで
過ごされた地

本山寺
法然上人のご両親が
子授けを祈願した寺

2番 法然寺(香川県高松市
高松藩主松平貯頼重公が
寛文10年(1670)
法然上人が讃岐滞在の地
とされた小松の庄生福寺を現地に
移し法然寺とし再興された。

3番 十輪寺(兵庫県高砂市)

本堂
建永2年讃岐に向かう法然上人が、この地に入られ漁夫八田冶部太夫夫婦を始め多くの人々を教化された。
 御影堂
八田冶部太夫夫婦の墓

 
 
4番 如来院(兵庫県尼崎市) 
  尼崎・神崎で遊女を教化され、
讃岐からの帰路も立ち寄られ
遊女の供養をされた。


遊女塚
   
5番 勝尾寺・二階堂(大阪府箕面市) 
   
法然上人が讃岐よりの帰路4年間
滞在された地
 
 
6番 四天王寺・阿弥陀堂(大阪市四天王寺区) 
 
四天王寺・阿弥陀堂
西大門
 
四天王寺

法然上人51歳の折参詣し西大門に向かわれ日想観を修められた
 
 
7番 一心寺(大阪市四天王寺区)
  法然上人が四天王寺西の門近くに
草庵を結びに日想観を修せられた地

開山堂 
 
 
8番 報恩講寺(和歌山市大川)
法然上人自らが創られた自像が安置されている。

 
 
9番 当麻寺・奥の院(奈良県当麻町) 
中将姫が蓮糸で織った浄土曼荼羅を拝し、法然上人が称名念仏を修された地 
 
 
10番 法然寺(奈良県橿原市)
  建久2年春高野山参詣の折、橘寺に立ち寄った法然上人が村人を教化された地

聖徳太子生誕の地橘寺

 
 
11番 東大寺・指図堂(奈良県奈良市)

東大寺・指図堂

東大寺大仏殿

東大寺大仏
治承4年(1180)大仏殿が兵火により炎上、大仏殿再建の際大勧進を努めた法然上人の弟子重源上人が工事の指揮を取った普請場跡、法然上人は度々この地を訪れ浄土三部経講話を行った。 
 
 
12番 欣浄寺(三重県伊勢市) 
  承安5年法然上人は伊勢神宮に参籠された7日目の朝日輪の中に金色の名号が現れた。 

伊勢神宮・内宮

 
 
13番 清水寺・阿弥陀堂(京都市東山区)
 
文治4年(1188)法然上人が常行念仏を修された
 
堂内に安置されている法然上人像

 
 
14番 小松谷・正林寺(京都市東山区) 
   九条兼実公の山荘、法然上人は度々訪れている。讃岐への旅立ちはこの地よりと伝えられている
 
 
15番 源空寺(京都市伏見区) 
   
法然上人が東大寺大仏殿再建落慶法要の帰路この地に立ち寄り人々を教化された

 
 
16番 粟生・光明寺(京都府長岡京市) 
  法然上人が承安5年(1175)浄土宗を
開宗され、最初に布教された地
法然上人荼毘の地 


法然上人石棺

法然上人荼毘跡
 
 
17番 二尊院(京都市右京区) 
法然上人は常行念仏堂として弟子たち
を集め教化された地嘉禄の法難の折一時遺骸を安置


弥陀・釈迦の
二尊をまつる
 
足曳きの御影
 
 
18番 月輪寺(京都市右京区)
  讃岐へ旅立ち前に法然上人は親鸞聖人と共にこの地い九条兼実公をを訪ね、形見として木像を刻まれた。三師像として安置されている。 
 
 
19番 法然寺(京都市右京区) 
  熊谷直実は師法然上人の御影を逆馬で関東へ下向したが、後に再び京の熊谷直貞(直実の父)の旧館跡に護持され、法然寺と号し安置された 
 
 
20番 誓願寺(京都市中京区) 
  法然上人中興開山の寺院 現在西山浄土宗深草派
 
 
21番 勝林院(京都市左京区) 
 
勝林院堂内 堂内に安置され
ている法然上人
文治2年(1186)大原問答が行われた 
 
 
22番 百万遍知恩寺(京都市左京区)
  法然上人布教の地であった草庵(賀茂
の河原家)を弟子源智上人が御影堂を
建立し知恩寺とした 
 
 
23番 清浄華院(京都市上京区) 
後白河法皇は法然上人に深く帰依せら
れ念仏開祖第一世としてこの寺を上人に
賜る 

 
 
24番 金戒光明寺(京都市左京区)
承安5年(1175)念仏布教のため比叡
山黒谷を下り草庵を結んだ地


法然上人が腰を掛け念仏申した紫雲石
 
 
25番 総本山知恩院(京都市東山区) 

御影堂
 法然上人によって開創されたお念仏の
根本道場


法然上人の遺骨が納められている御廟