更正の請求期間内における遺産の再分割と更正の請求の可否
(東京地裁平成21年2月27日・判例集未登載)
事例
1 事実の概要
(1)被相続人甲が死亡し、妻(原告)X1と長男(原告)X2、二男(原告)X3および長女(原告)X4が共同相続人となった。相続財産には乙株式会社の株式155万4024株が含まれており、この株式の評価について配当還元方式の適用が受けられるよう配分し、相続税の申告をした。
(2)相続人らは、相続税の申告後、株式の配分に計算の誤りがあり、配当還元方式による評価ができず、高額の評価になることを認識したので、遺産分割の再協議を行い、配当還元方式が適用できるようX1の配分を減らし、X2、X3の配分を増やす第2次遺産分割の合意をした。
(3)原告らは、第2次遺産分割の分割内容を前提とした上で、X1の更正の請求を、X2、X3は、修正申告をした。 処分行政庁(税務署長)は、株式の評価は第1次遺産分割の内容に従い、類似業種比準方式によるべきであるとして、原告らに対して更正処分および過少申告加算税賦課決定処分をするとともに、更正の請求に対し、更正すべき理由がない旨の通知をした。
2 当事者の主張
(1)原告の主張
ア 分割協議が本件のように錯誤による無効の場合はもちろん、法定申告期限後の全員の合意による解除であるとしても、更正の請求が更正請求期間内に行われている以上、処分行政庁は減額更正を認めるべき法的義務がある。
イ 更正の請求においては、通常の錯誤と課税負担の錯誤を区別することなく、その無効を主張することができ、更正請求期間内であるにもかかわらず、錯誤を主張することができないとは考えられない。
(2)被告の主張
ア 遺産分割が一般の要素の錯誤により無効である場合には、国税通則法23条1項1号により更正の請求が可能である。しかし、通常の錯誤と課税負担の錯誤は同列には論じられない。法律行為の際に予定していたものよりも重い納税義務が生じることが判明した結果、この課税負担の錯誤が当該法律行為の要素の錯誤に当たるとして、当該法律行為が無効であることを、法定申告期限が経過した時点で主張することは、許されない。それは申告納税制度の破壊につながり、租税法上の信義則ないし禁反言の法理に反する。
3 判決
(1) 第1次遺産分割の効力
本判決は、第1次遺産分割の私法上の効力について、次のように判示する。
第1次遺産分割の協議においては、本件会社の株式の評価につき、配当還元方式によるか類似業種比準方式によるかで合計約19億円の相違が生じることになることから、配当還元方式の適用を受けられる株式の配分方法を採ることを分割の方針として明示した上で、その方法について本件税理士に相談し、同税理士から所轄税務署との相談も踏まえた検討結果に基づく助言を受け、その助言に従い、配当還元方式の適用を受けられる株式の配分方法との誤信の下に、第1次遺産分割の合意に至っているものと認められる。このことからすれば、X1が遺産分割により取得する株式について、配当還元方式による評価によることが、第1次分割に当たっての重要な動機として明示的に表示され、第1次遺産分割の意思表示の内容となっていたものと認められる。また動機の錯誤がなかったならば相続人らはその意思表示をしなかったであろうと認められるから、第1次遺産分割には要素の錯誤があったと認めるのが相当である。
本件における遺産分割の私法上の効力については、第1次遺産分割のうち、株式の配分に係る部分は、要素の錯誤により無効であり、その余の部分は有効であって、当該株式の配分に係る部分は、第2次遺産分割により補充されており、これらの遺産分割の効力は相続開始時に遡及して生じている(民法909条)というべきである。
(2)更正の請求の可否
本判決は、第1次分割の株式の配分が錯誤により無効であることを前提として、法定申告期限後、更正の請求期間内に、更正の請求をすることの可否について、次のように判示する。
ア 例えば分割内容自体の錯誤が要素の錯誤に該当することにより当該遺産分割が無効とされる場合には、課税の根拠となる相続財産の取得を欠くことになるから、国税通則法23条1項1号にいう「当該申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと」との事由に該当することとなり、その結果、「当該申告書の提出により納付すべき税額(中略)が過大であるとき」に該当するときは、同号の規定による更正の請求をすることができる。
イ これに対し、分割内容自体の錯誤と異なり、課税負担の錯誤に関しては、それが要素の錯誤に該当する場合であっても、法定申告期限を経過した後も、更なる課税負担の軽減のみを目的とする課税負担の錯誤の主張を無制限に認めることは、申告納税制度の趣旨・構造に背馳することとなる。したがって、申告者は、法定申告期限後は、課税庁に対し、原則として、課税負担又はその前提事項の錯誤を理由として当該遺産分割が無効であることを主張することはできず、例外的にその主張が許されるのは、分割内容自体の錯誤との権衡等にも照らし、@申告者が、更正請求期間内に、かつ、課税庁の調査時の指摘、修正申告の勧奨、更正処分を受ける前に、自ら誤信に気付いて、更正の請求をし、A更正請求期間内に、新たな遺産分割の合意による分割内容の変更をして、当初の遺産分割の経済的成果を完全に消失させており、かつ、Bその分割内容の変更がやむを得ない事情により誤信の内容を是正する一回的なものであると認められる場合のように、更正請求期間内にされた更正の請求においてその主張を認めても上記の弊害が生ずる恐れがなく、申告納税制度の趣旨・構造及び租税法上の信義則に反するとはいえないと認めるべき特段の事情がある場合に限られるものと解するのが相当である。
本件は、上記@ないしBのいずれにも該当し、したがって原告X1は、更正の請求において本件会社の株式の配分に係る部分の無効を主張することができ、そうであると通則法23条1項1号に該当するものとして更正の請求ができるものと解するのが相当である。
問題点
本件は、第1次遺産分割によると多額の相続税が課税されるため、第1次遺産分割をやり直して第2次遺産分割をして、第2次遺産分割に基づき更正の請求をした事例である。本判決は、それが認められた点でリーディングケースとされている(注1)。そこでの問題点は、次のとおりである。
1 第1次遺産分割の効力
本件の第1次遺産分割は私法上無効であり、第2次遺産分割により初めて有効な遺産分割が行われたと解すべきか、または第1次遺産分割は私法上有効であり、第2次遺産分割により第1次遺産分割が変更されたと解すべきか。処分行政庁が、本件について相続税の増額更正処分を行うと同時に、第2次遺産分割で変更した株式についてX2、X3に贈与税の決定処分をした経緯があるが、この贈与税の決定処分は第1次遺産分割を有効と解するものである。この贈与税決定処分は、第1次遺産分割が無効であるとして審査請求において取り消されているが、どのような場合に分割が無効と解されるのであろうか。
2 更正の請求の要件
第1次遺産分割が私法上無効であることを前提として、第2次遺産分割による更正の請求が許されるか否かについて、本判決は、原則として許されないとした。そして、例外的に許される特段の事情の基準を示したことで注目されているが、この解釈および基準は妥当であろうか。
検討
1 分割協議の錯誤無効
民法95条は、「意思表示は法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。」と定める。錯誤とは、表示された意思と表意者の真意が異なることである。要素の錯誤とは、錯誤がなければ表意者は意思表示をしなかったであろうと考えられる重要な部分についての錯誤である。
本件の第1次遺産分割については、相続人らは意図したとおりに株式を配分したものであり、表示された意思と真意が異なるとは言えない。税負担が重くなるか否かは行為の動機と考えられる。動機についての錯誤は民法95条の錯誤とはいえないのであるが、判例は動機の錯誤について、一定の場合民法95条の適用を認めている。すなわち、その動機が明示または黙示に表示され意思表示の内容になった場合は、民法95条が適用されると解されている。
本判決は、第1次遺産分割について、「配当還元方式による評価によることが、第1次分割に当たっての重要な動機として明示的に表示され、第1次遺産分割の意思表示の内容となっていたものと認められる。」と動機の錯誤について民法95条を適用する要件を充足することを認定している。したがって、本件には動機の錯誤として民法95条の適用があり、その動機の錯誤は要素の錯誤であることを認定し、第1次遺産分割を私法上無効とするもので、その判断は正当である。
2 更正の請求の要件適合性
本判決は、私法上無効と認定した第1次遺産分割の無効を、更正の理由として税法上主張できるか否かを問題とし、原則として否としている。私法上の法律関係を税法上主張できない場合はあるが、その場合は、不服申立期間や更正の請求の期間の経過というような、実定法上の根拠規定が設けられている。また、私法上の法律関係と異なる課税処分をするためには、法律の根拠を要すると解されている。課税負担に関する錯誤であっても、私法上無効であれば、その主張を認めるのが税法の原則であり、それが申告納税制度の趣旨・構造に背馳することはないと考える。
原告は、有効に成立した第2次遺産分割に基づくと、申告した税額が過大であることを更正の理由としているのであり、その理由の適否を判断すれば足りるといえる。そうすると、第1次遺産分割に基づいて行った相続税の申告の「課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと」となり、国税通則法23条1項1号に該当して更正の請求の要件を満たすのである。
すなわち本判決の特段の事情の基準は不要であり、この基準を先例とすべきではないと考える(注2)。
3 分割協議の同意解除
(1)私法上の同意解除
本件では、課税負担の錯誤も要素の錯誤と認められたわけであるが、動機が明示されず、又は錯誤が軽微で、分割協議が無効とされない場合、相続人全員の同意により分割協議を解除し、分割協議をやり直すことは可能であろうか。
私法上これを認めるか否かについて、平成2年の最高裁判決(注3)は、傍論ではあるが「共同相続人の全員が既に成立している遺産分割協議の全部または一部を合意により解除した上、改めて遺産分割協議をすることは法律上妨げられるものではなく」と積極に解する。学説においても、合意解除を認めても問題はないとする(注4)。
(2)税法上の同意解除の主張
一般に、税負担が予想外に重いことから契約等を同意解除した場合、どの範囲でその効果を課税庁に主張しうるかについては、法定申告期限が経過するまでの間になした解除は、その効果を主張しうるとするのが通説である(注5)。しかし、分割協議の同意解除は法定申告期限に関わらず有効であり、既に述べたように私法上の法律関係は更正の請求の期間内であれば、主張することが可能と考える。
4 更正の請求制度の趣旨
更正の請求は、過大な税額を申告した納税者を救済するための制度である。納税申告は納税者の意思表示であり、過大な税額の申告とは納税者の意思表示の錯誤である。意思表示における錯誤については民法95条が適用される。しかし、民法の規定は、対等当事者間の契約を前提としており、取引の安全と表意者の保護との調整規定である。しかし、納税申告については、意思表示の相手側は国であり、取引の安全を考慮する必要はなく、もし、表意者に錯誤があれば表意者の真意に従い修正を許すことが公平である。意思表示に関する意思主義を徹底し、民法95条の特則の意義を有するのが国税通則法に定める更正の請求の制度であると考える。したがって、民法上は無効とならない要素で無い錯誤、動機の錯誤、また、重大な過失があった場合であっても、有効な確定税額についての是正を認めているのである。
一方、租税債権債務関係の早期確定の要請から、更正の請求の期間を1年と限定している。その後の是正については、国税通則法23条2項に定める後発的事由に該当する場合に限り認められるのである。
結論
国は、本判決について控訴していないことから、遺産分割協議のやり直しについては、本判決に沿った運用を行う可能性がある。しかし、本判決には既に述べたような問題があり、理論的には次のように考えられる。
1 分割協議の無効
遺産分割協議による遺産分割が無効であるか否かは、私法上の問題であり民法理論により解決されるべき問題である。しかし、無効が認められる場合は、新たな遺産分割に基づき国税通則法23条1項の更正の請求をすることができる。
2 納税申告後の合意解除
遺産の分割は、協議分割である限り共同相続人の合意によるものであり、共同相続人全員で当初の合意を解除して新たな合意をすることも可能と考える。新たな分割による課税要件事実は、既にした納税申告の課税標準および税額を誤ったものとするのであるから、国税通則法23条1項の更正の請求が可能である。
3 遺産の確定の時期
遺産の確定は、相続により各共同相続人に共有財産として帰属した遺産が分割され、その効力が相続時に遡ることにより各相続人の相続財産が確定する。
相続税の課税の関係では、法定申告期限から1年以内であれば当初の分割を合意解除し、新たな分割協議により確定した相続財産を基礎として更正の請求をすることにより、当初の申告税額を減額することができる。私法上は、更正の請求の期間を過ぎた場合でも、再分割協議は可能と考えるが、そこでの新たな分割に基づく相続税額の減額は、国税通則法23条2項の後発的事由に該当せず、更正の請求ができないことから認められない。
注1 品川芳宣「当初の遺産分割の申告に錯誤があったとして再遺産分割による更正の請求の可否」TKC税研情報 18巻4号 179頁、橋本守次「遺産分割の錯誤無効と更正の請求をめぐる問題の検討」税務弘報 57巻13号 168頁
注2 三木義一「遺産分割の錯誤無効と更正の請求」 税務事例 41巻5号 6頁
注3 最判平成2年9月27日民集44巻6号995頁
注4 内田貴 「民法W親族・相続 補訂版」 東京大学出版会 427頁
注6 金子宏 「租税法15版」弘文堂 2010年 112頁