平成23年修了 上田忠史修士論文概要
(平成23年4月 日本税法学会九州地区研究会報告レジュメによる。)
平成23年4月2日
九州地区研究会 上田 忠史
法人税法における借地権課税について
―キャピタルゲイン説による借地権課税の理論化―
本研究は、権利金の認定課税の法的根拠を明らかにするとともに、その法的根拠に基づき、無償返還の届出制度について、検討を行い、法人税法における借地権課税の理論的根拠付けを行うことを目的としたものである。その結果、法人税法第22条第2項の正当と考えられる解釈であるキャピタルゲイン説により、借地権課税を理論化できるとの結論に至った。
1. 借地権課税の概要
我が国においては、大都市又はその周辺部などで、地主である法人が借地権を設定する際に、土地の使用の対価として権利金その他の一時金(以下、「権利金」という)を収受する慣行がある。法人税では、借地権の設定により、土地を使用させる場合において、その使用の対価として通常権利金を収受する取引上の慣行があるにもかかわらず、権利金を収受しなかったときは、その地主に通常収受すべき権利金について認定課税が行われる。一方で、権利金の収受に代えて相当の地代を収受した場合、又は無償返還に関する届出書を税務署長に提出した場合には、権利金の認定課税は行われないことになっている。
2. 認定課税の法的根拠
権利金の認定課税については、法人税法に借地権に関する具体的な明文の規定が存在せず、法人税法第22条第2項の「無償による資産の譲渡」を根拠とすることが有力な見解とされている。
(1)当局及び通説の見解
法人税法第22条第2項の解釈の通説としては、適正所得算出説と呼ばれるものがある。適正所得算出説とは、「正常な対価で取引を行った者との間の負担の公平を維持し、同時に法人間の競争中立性を確保するために無償取引からも収益が生ずることを擬制した創設的規定である」1と解するものである。
その解釈によると、法人が借地権を設定する際に、権利金を収受する慣行がある地域で、権利金を収受しない場合には、「異常な取引」であるから、権利金を収受した者との課税の公平の観点から「正常な取引」に置き直すために、実体のない利益を収益として擬制して収益を認識するということが、権利金の認定課税の根拠とされている。また、判例においても同様の見解である2。
しかし、課税関係は当事者間の契約関係を基礎として行われるべきであり、契約自由の原則により、権利金を収受しない設定契約も可能である。そのように解すると、異常か否かを判断基準として収益を擬制することには、疑問を抱く。
また、適正所得算出説では、時価と帳簿価額が同一の場合又は借地権を無償設定して所得が発生しない場合にも権利金の認定課税がされてしまう可能性があるのではなかろうか。
(2)キャピタルゲイン説
キャピタルゲイン説とは、「無償取引であってもその資産にキャピタルゲインが生じている場合に、これを収益と認識すべき旨を定めた確認的規定と解するものである。」3との見解である。
法人税法の所得概念は、適正所得算出説のように実体のない利益を収益として擬制するものではなく、実体のある利益(キャピタルゲイン)が存在する場合にのみ収益として認識すべきであると考える。つまり、法人税法第22条第2項は、その当然のことを定めている。したがって、キャピタルゲイン説を根拠として、借地権課税を整理すれば、次のとおりとなる。
3. キャピタルゲイン説による理解
(1)権利金を収受した場合
借地権の設定により権利金を収受した場合には、その権利金は益金とされる。この借地権の設定により、土地の価額が下落した場合には、その下落する限度につき、土地の一部(上地権)が譲渡されたものとみなして、その土地の帳簿価額の借地権割合相当分を譲渡原価として損金に算入する。つまり、この借地権と土地の譲渡原価の差額がキャピタルゲインである。この場合、法人税法施行令第138条第1項は、土地の価額が50%以上下落する場合には、土地の減価分を損金に算入できるが、土地の価額が50%以上下落しない場合には、土地の減価分は損金に算入できない。この規定は、不合理であると考えるが、その根拠については、(2)と合わせて述べることとする。
図1 法人税法施行令第138条第1項(略)
(2)権利金を収受しなかった場合
権利金の認定課税の法的根拠である法人税法第22条第2項の無償譲渡による収益をキャピタルゲイン説により解釈すれば、借地権の無償設定により、土地の価額が下落した場合には、その土地の価額の下落した限度において、土地の一部譲渡とみなして、借地権にキャピタルゲインが発生したとして収益を認識するということである。つまり、借地権の無償設定により地主の手元から土地の所有権の一部の権利、すなわち、使用収益権が長期間、借地人に移転する際に、これを契機に、顕在化したキャピタルゲインの担税力に着目して清算課税しようとするものである。その所得計算としては、借地権価額を収益として益金に算入し、土地の帳簿価額のうち、借地権に対応する部分を原価として損金に算入することになる。すなわち、借地権と土地の譲渡原価の差額がキャピタルゲインである。
図2 土地の価額が値上がりしていた場合(略)
しかし、法人税法施行令138条第1項は、借地権の設定により土地の価額が50%以上下落しない場合には、簿価の借地権部分(譲渡原価)の損金算入を認めない。しかし、土地の価額がたとえ10%しか下落しない場合であっても、借地人によりその土地を長期間使用され、その土地の所有権が制限されるのであるから、土地の一部の譲渡とみなしても良いのではなかろうか。また、法人税法の所得計算の理論からすれば、時価の下落率により原価を損金に算入しないことは不合理である。つまり、現行の規定は、決して理論的ではない。したがって、所得計算の理論からすると、土地の価額が下落する限度において、土地の譲渡原価を損金に算入を認めるべきである。
一方、時価と帳簿価額が同一の場合には、キャピタルゲインが発生していないので、権利金の認定課税を行う必要はないと考える。しかしながら、現行の規定では、土地の価額が50%以上下落する場合は、結果的に権利金の認定課税を受けないことになるが、土地の価額が50%以上下落しない場合には、権利金の認定課税が行われることになる。後者の場合も、上述したとおり、譲渡原価を損金に算入すれば、所得がないことになるから、権利金の認定課税を行うべきではない。
図3 時価と帳簿価額が同一の場合(略)
5,000万円 5,000万円
(3)相当の地代を収受した場合
借地権を設定する際に、権利金を収受する代わりに、相当の地代を収受した場合には、地代の資本還元額である底地価額が土地の更地価額と等しいから、税法上、借地権は経済的価値を有しない。つまり、税法上、借地権が存在しないということである。すなわち、借地権価額は零で、借地権についてのキャピタルゲインが発生していないので、キャピタルゲインの有無を考える必要はない。したがって、相当の地代を収受している場合には、権利金の認定課税は行う必要がないということである。
(4)無償返還の届出制度
法人税法第22条第2項の規定によれば、土地の価額が値上がりしていた場合には、土地の一部である借地権にもキャピタルゲインが発生しているので、権利金の認定課税を行う必要がある。
したがって、これに反する無償返還の届出制度は、違法と考える。これを定める本通達は、届出書がある場合には、相当の地代を収受すべきであるとして、相当の地代と実際に収受されている地代との差額を認定課税していることで合法であるとの立場と考える。しかし、地代の額は、契約により自由に決めることができるものであり、また、地代はキャピタルゲインではないので、法人税法第22条第2項を根拠に収益を認識することができない。
3. 借地権課税の制度化
以上のとおり、借地権課税を法人税法第22条第2項で理論化できるが、法人税法第22条第2項に依存することなく、本法により明文規定を定めることを提言したい。なぜ、法人税法施行令第137条に権利金の認定課税の回避規定がありながら、権利金の認定課税の規定が存在しないのだろうか。
また、法人税法施行令第138条第1項は、土地の価額が50%以上下落しない場合には、キャピタルゲインが発生していない場合にまで、権利金の認定課税が行われるが、このような現行の規定は、土地の価額が下落する限度において、土地の一部譲渡とみなして、土地の譲渡原価を損金に算入できるように改正すべきであると考える。または、現行規定のように土地の価額が50%以上下落しない場合には、権利金の認定課税を行わないのでも良いのではなかろうか。つまり、土地の一部譲渡と捉えず、法人税法第22条第2項の「無償による資産の譲渡」に当たらないと考える。
さらに、権利金の認定課税は、権利金収受の慣行があることを前提に行われるのだが、この基準を法律で定めていないことに問題があると考える。つまり、権利金収受の慣行の有無を判断する際に、課税要件明確主義の観点から、明確な判断基準が必要であると思われる。
借地権課税については、借地権課税に関する規定が、あまりにも少なく、限られた条文によって、様々な取引を解釈しなければならないこととなっている。
したがって、今後、借地権課税は租税法律主義の観点から理論的に、法令を整備し、明確な「借地権課税制度」を確立すべきと考える。
1 金子宏『租税法』257頁(弘文堂、第14版、2009年)。
2 東京地裁平成2年2月27日判決(判例タイムズ737号106頁)では、次のように判示している。
「借地権の設定された土地の評価において、借地権価額を控除するのは、借地法により借地人の地位が厚く保護される結果、経済的には、借地人は相当の価値を有する借地権を取得することになる反面、当該借地の価額はいわゆる底地価額にまで下落するといった、地主から借地人に対し当該土地のうち借地権部分に相当する経済的価値の移転があったと見るべき経済的実態が存在するからであるが、かかる経済的実態を反映して、借地権を設定する場合には、借地権部分に相当する経済的価値の移転の対価というべき権利金その他の金銭を授受することが広く行われていることは公知の事実であり、したがって、かかる慣行が存在するにもかかわらず、法人が権利金等の授受なくして借地権を取得した際には、法人税法22条2項に基づき権利金相当額につき認定課税を行うのが原則である。」
また、大阪地裁平成11年1月29日判決(税務訴訟資料240号522頁)では、次のように判示している。
「法人が借地権の設定によりその所有土地を他人に使用させる場合において、その地域に土地の使用の対価として権利金を収受する取引上の慣行があるにもかかわらず、そのような取引上の慣行を無視して権利金を収受することなく借地権の設定に応ずることは、経済取引として極めて不自然、不合理であって、一般的には、そのことにより借地人に対して権利金に見合うだけの利益を与える結果になるから、税法上は、地主である法人から借地人に対して権利金相当額の贈与があったものとして取り扱われることになる(法人税法22条2項参照)。」
3 図子善信「法人税法第22条2項の無償取引の解釈について―本規定は租税回避の否認規定か―」税大ジャーナル4号22頁(2006年)。
この他に、無償取引による収益の認識については、有償取引同視説(二段階説)、同一価値移転説がある。
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