生命保険年金に対する二重課税(判例研究)

久留米大学法学64号55頁

生命保険年金に対する二重課税(租税判例研究)

最高裁平成二十二年七月六日第三小法廷判決
平成二十年(行ヒ)第十六号所得税更正処分取消請求事件
(判例時報2079号22頁、判例タイムスNo1324号81頁)

はじめに
一 事実の概要等
二 判決要旨
三 判決の解説
四 問題点と検討
おわりに

                               図 子 善 信
はじめに
 本判決は、生命保険契約に基づく年金について、これをみなし相続財産とする一方で、年金を受領した年に所得税を課税する従来の課税方式を否定し、所得税の課税を不可とするものである。このことは、課税実務ばかりでなく保険実務においても広範な影響を与えるものであるから、還付される税額が少額であるにもかかわらず、本判決は、新聞、テレビ等で大きく取り上げられた。財務大臣も判決翌日に本判決について声明を出し、同様の事案について課税を修正し、過大となる納付税額を還付する方針を打ち出した。その大臣声明を受け、10月1日に国税庁は還付のための方針を発表したが、それによる課税の修正の件数は膨大なものと見込まれ、税務行政に対する影響は大きい。
 しかし、本判決が正当か否かについては、十分に検討されていないと考える。本判決に関する論説(注1)も、最高裁の解釈を前提に、その影響に関するものが多く、法理論的な本格的分析が行われているとは言えない。
 本稿は、この問題を弁論主義に基づく訴訟上の解決とは別に、客観的かつ法理論的に検討するものである。そして、その結論は、所得税の課税を否とする本判決を不当とするものとなった。すでに、本判決の解釈に基づき行政は対応措置をとっているのではあるが、今後の制度変更の参考にもなると考えるので、本稿において、その論理を明らかにするものである。

一 事実の概要等
 本件は、納税者X(原告、被控訴人、上告人)が夫Aの死亡により生命保険契約に基づいて受け取った年金払保障特約年金を、税務署長がXの雑所得に当たるとして行った所得税の更正処分について、本年金はみなし相続財産で非課税所得であるとして処分の取消しを求めた事案である。

1 保険契約および納税者の年金受領までの経緯
(1)Xの夫Aは、B生命相互会社との間で、Aを契約者および被保険者、Xを受取人とする年金払生活保障特約付終身保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結し、その保険料を支払っていた。この保険契約では、保険事故が発生した場合に主契約に基づいて支払われる一時金に加え、生活保障のため特約年金が支払われる特約が付されている。この特約では、保険事故が発生した場合、年金額230万円を主契約の受取人に対して10年間支払うものとされ、また、特約4条では、特約年金の受取人は、年金支払期間中、将来の特約年金の支払に代えて、特約年金の未支払分の現価の一時支払を請求できるものとされている。
(2)Aは、平成14年10月28日に死亡し、Xは本件保険契約に基づき、死亡保険金4000万円を受け取る権利と、年金払生活保障特約年金として、平成14年10月28日から平成23年まで、毎年230万円ずつ受け取る権利を取得した。
(3)Xは、平成14年11月6日、B生命に対し、本件保険契約に基づき、死亡保険金および年金の請求を行い、B生命は、11月8日、原告に対し、死亡保険金4000万円、年金230万円および配当金2万0649円の合計4232万0649円から、契約貸付金19万5000円、同貸付金利息2104円および源泉徴収税額22万0800円を差し引いた4190万2745円を支払った。

2 課税の経緯
 Xは平成14年分所得税について確定申告を行ったが、年金は所得に含めていなかった。その後、Xは源泉徴収税額の控除を主たる理由とする更正の請求を行ったが、これに対して税務署長は、平成15年9月16日付けで、Xが平成14年11月8日に支払を受けた保険金のうち、本件年金230万円から必要経費として認められる9万2000円を差し引いた220万円8000円を同年中の雑所得と認定し、還付を受けるべき金額が4万8264円になるとする本件処分を行った。
 一方、Xは平成15年8月7日、税務署長に対してAを被相続人とする相続税の申告書を提出し、その申告に係る相続財産の中には、本件年金受給権の総額2300万円に0.6を乗じた1380万円が含まれている。

3 関係規定および課税実務
(1) 相続税法3条1項1号は、被相続人の死亡により生命保険契約の保険金を取得した場合は、相続により取得したものとみなすと規定している。他方、所得税法9条1項は所得税を課さない所得を列挙しており、その15号(平成22年改正後16号、以下同じ。)には、相続により取得するものを掲げ、それには相続税法により相続により取得したものとみなされるものを含むと規定されている。
(2) 課税実務では、みなし相続財産とされる保険金には、年金の方法により支払を受けるものも含まれるとされ(相続税法基本通達3−6)、他方、これによって受取人が受け取る個々の年金については当該受給者の所得として所得税を課するものとされている(注2)。

4 一審および控訴審判決
 長崎地裁判決は、請求を認容したが、福岡高裁判決は、請求を棄却した。

二 判決要旨

1 非課税所得該当性について
 本件年金が、非課税所得に該当するか否かについて、原審の次の判断を示し、この判断を是認することができないとする。
「相続税法3条1項1号により相続等により取得したものとみなされる「保険金」とは保険金請求権を意味し、本件年金受給権はこれに当たるが、本件年金は、本件年金受給権に基づいて発生する支分権に基づいて上告人が受け取った現金であり、本件年金受給権とは法的に異なるものであるから、上記の「保険金」に当たらず、所得税法9条1項15号所定の非課税所得に当たらない。」
 そして、その理由は次のとおりであるとする。
(1)「所得税法9条1項は、その柱書きにおいて「次に掲げる所得については、所得税を課さない。」と規定し、その15号において「相続、遺贈又は個人からの贈与により取得するもの(相続税法の規定により相続、遺贈又は個人からの贈与により取得したものとみなされるものを含む。)」を掲げている。同項柱書きの規定によれば、同号にいう「相続、遺贈又は個人からの贈与により取得するもの」とは、相続等により取得した財産そのものを指すのではなく、当該財産の取得によりその者に帰属する所得を指すものと解される。そして、当該財産の取得によりその者に帰属する所得とは、当該財産の取得の時における価額に相当する経済的な価値にほかならず、これは相続税又は贈与税の課税対象となるものであるから、同号の趣旨は、相続税又は贈与税の課税対象となる経済的価値に対しては所得税を課さないこととして、同一の経済的価値に対する相続税又は贈与税と所得税との二重課税を排除したものであると解される。」
(2)「上記保険金には、年金の方法により支払を受けるものも含まれると解されるところ、年金の方法により支払を受ける場合の上記保険金とは、基本債権としての年金受給権を指し、これは同法24条1項所定の定期金給付契約に関する権利に当たるものと解される。」 (3)「そうすると、年金の方法により支払を受ける上記保険金(年金受給権)のうち有期定期金債権に当たるものについては、同項1号の規定により、その残存期間に応じ、その残存期間に受けるべき年金の総額に同号所定の割合を乗じて計算した金額が当該年金受給権の価額として相続税の課税対象となるが、この価額は、当該年金の取得の時における時価(同法22条)、すなわち、将来にわたって受け取るべき年金の金額を被相続人の死亡時の現在価額に引き直した金額の総計額に相当し、その価額と上記残存期間に受けるべき年金の総額との差額は、当該年金の上記現在価値をそれぞれ元本とした場合の運用益の合計額に相当するものとして規定されているものと解される。したがって、これらの年金の各支給額のうち上記現在価値に相当する部分は、相続税の課税対象となる経済的価値と同一のものということができ、所得税法9条1項15号により所得税の課税対象とならないものというべきである。」
(4)「本件年金受給権は、年金の方法により支払を受ける上記保険金のうちの有期定期金債権に当たり、また、本件年金は、被相続人の死亡日を支給日とする第1回目の年金であるから、その支給額と被相続人死亡時の現在価値とが一致するものと解される。そうすると、本件年金の額は、すべて所得税の課税対象とならないから、これに対して所得税を課することは許されないものというべきである。」
2 源泉徴収について
 国側の、本件年金が非課税所得に該当すれば、保険会社の源泉徴収が違法なものとなり、受給者の所得税額から控除できず、その税額は更正税額を超えることになるので、処分は結果的に違法とならないとの主張に関しては、次のとおり判示している。
「なお所得税法207条所定の生命保険契約等に基づく年金の支払をする者は、当該年金が同法の定める所得として所得税の課税対象となるか否かにかかわらず、その支払の際、その年金について同法208条所定の金額を徴収し、これを所得税として国に納付する義務を負うものと解するのが相当である。
 したがって、B生命が本件年金についてした同条所定の金額の徴収は適法であるから、上告人が所得税の申告等の手続において上記徴収金額を算出所得税額から控除し又はその全部もしくは一部の還付をうけることは許されるものである。」
 
三 判決の解説

1 「保険金」該当性
 本訴訟における主たる問題は、各年に受領する年金を「保険金」非該当とする課税実務の解釈の成否である。課税実務の理論的根拠は、相続税が課される相続財産は年金受給権としての基本権であり、年金受給権に基づいて成立する各年金の受給権は、基本権から生じる支分権であり、みなし相続財産たる「保険金」ではないとの解釈である。これに対する各審の判断は、次のとおりである。
(1) 一審判決(注3) 
 一審判決は、「相続税法3条1項によって相続財産とみなされて相続税を課税された財産につき、これと実質的、経済的にみれば同一のものと評価される所得について、その所得が法的にはみなし相続財産とは異なる権利ないし利益と評価できる時でも、その所得に所得税を課税することは、所得税法9条1項15号により許されないと解するのが相当である。」と所得税法9条1項15号を広く適用する見解をとる。そして、本件年金は、本件年金受給権の「支分権に基づいて原告が保険会社から受け取った最初の現金である。」とし、本件年金をみなし相続財産ではないとする。その上で、「更に個々の年金に所得税を課税することは、実質的・経済的には同一の資産に関して二重に課税するものであることは明らかであって、前記所得税法9条1項15号の趣旨により許されないものといわなければならない。」と判示する。
  一審判決は、本件年金を法的には「保険金」ではないとするが、実質的・経済的には同一の財産であるとし、所得税法9条1項15号の趣旨により所得税の課税は許されないとする。しかし、法的にみなし相続財産でないものを、規定の趣旨により非課税と解する点で無理があり、正当とはいえない。
(2) 控訴審判決(注4)
  控訴審判決も所得税法9条1項15号が、二重課税を排除する規定と解する点では一審判決と同じであるが、「相続により取得したものとみなされる財産に基づいて、被相続人の死亡後に相続人に実現する所得に対する課税を許さないとの趣旨を含むものと解することはできない」とする。そして、相続税法3条の「保険金」とは保険金請求権を意味し、年金受給権は「保険金」に該当し相続税の課税対象になるとする。一方、本件年金は、「10年間、保険事故発生日の応当日に本件年金受給権に基づいて発生する支分権に基づいて、被控訴人が受け取った最初の現金というべきものである。」とし、この年金は、本件年金受給権とは法的に異なるものであり、「保険金」には該当しないとする。
  この解釈は、法理論的には可能と考えるが、結果的に実質的・経済的な二重課税を是認する点で納得できる判決とはいえないであろう。
(3) 最高裁判決
 本最高裁判決は、所得税法9条1項で非課税とされるのは「所得」であり、所得とは経済的価値であるので、取得した資産で判断するのではなく、経済的価値が同一か否かで判断すべきとする。すなわち法的には異なる権利であっても、経済的価値が同一であるものに相続税と所得税を課さないのが9条1項の解釈であるとする。そして、年金受給権の価値は各年に受給する年金の現在価値であるとし、その価値と各年に受給する年金とは同一の部分があるので、その部分に対する所得税の課税は許されないとする。一審判決が、法的には異なるが実質的・経済的に同一とした判断を、経済的価値でとらえれば法的にも同一であると修正したといえよう。その意味では、本判決は一審判決と控訴審判決を止揚した優れた判決といえるであろう。
 一審判決と異なり、2回分以降の年金については、現在価値の運用益相当部分に所得税が課されることとなり、運用益の範囲の認定について実務的に困難な面があるが、この判決の論理ではやむを得ないといえよう。
 ただ、年金受給権の取得による経済的価値が、各年に受領する年金の現在価値と同一とする根拠については、相続税法24条の法定評価を前提として判断しているのであるが、その前提には疑問がある。

2 源泉徴収について
(1) 年金に対する源泉徴収の規定
 所得税法207条は、生命保険契約等に基づく年金に係る源泉徴収について、次のように定めている。「居住者に対して国内において次に掲げる契約その他政令で定める年金に係る契約に基づく年金の支払をする者は、その支払の際、その年金について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月10日までに、これを国に納付しなければならない。」そして、1号に「第76条第3項第1号から4号まで(生命保険料控除)に掲げる契約」を挙げている。所得税法76条3項1号は、生命保険会社または外国生命保険会社等が締結した「生命保険契約のうち生存または死亡に基因して一定額の保険金が支払われるもの」を定めている。
 源泉徴収税額については、所得税法208条が、支払われる年金の額から、当該契約に基づいて支払われた保険料の額のうち、支払われる年金の額に対応するものとして政令に定めるところにより計算した金額を控除した金額の10%と定めている。そして、所得税法施行令183条は、保険料総額に年金支払総額に占める当該支払額の割合を乗じた金額を控除額と定めている。
 本件では年金額230万円に対し22万円800円を源泉徴収されている。
(2) 国の主張
 国は本件訴訟において、源泉徴収に関して次の主張をしている。
ア 所得税法207条の規定のとおり、所得税法は、保険契約に基づく年金について所得税を課すこと前提としている(一審における主張)。
イ 仮に本件年金が非課税所得であるとすると、源泉徴収自体が誤りであり、源泉徴収税額を確定申告において所得税額から控除することができなくなり、結果的に所得税額は更正税額を超えることになり(還付税額が更正による金額より減少する。)、本件処分は、総額主義の観点から適法である(控訴審における主張)。
(3) 源泉徴収の規定に関する判断
 一審判決は、所得税法207条、208条および税額計算に関する政令について、これを「被保険者ないし年金受取人の死亡という保険事故ないしその事実を支給の要件としない年金の支払に関する規定と解することができる。」として、本件年金に適用される規定ではないとしている。すなわち、非課税所得たる年金には所得税法207条、208条は適用されないとするものであろう。そうであれば、源泉徴収自体が違法のものとなり、国の控訴審での主張を許すこととなる。
 しかし、一審判決の判断は、法律の条文の解釈として無理があると考える。現在、広く活用されている死亡を保険事故とする契約に基づくものを除くのであれば、それを明文の規定で定めるべきである。また、所得税法207条は、適用される保険契約に、所得税法76条3項1号の死亡を保険事故とする生命保険契約を明示しているのである。
(4) 確定申告における源泉徴収税額の控除
 国は、保険契約に基づく年金に対する源泉徴収が誤りであるとすれば、源泉徴収税額を確定申告の所得税額から控除することはできないとし、最高裁平成4年2月18日第三小法廷判決(以下「平成4年最判」という。)(注5)を引用する。平成4年最判は、誤って源泉徴収された所得税額を、確定申告において源泉徴収税額として所得税額から控除できるか否か、すなわち確定申告で清算できるか否かについて判断し、清算できないとの判断を示した判決である。その判示は次のとおりである。
 「所得税法上、源泉徴収による所得税(以下「源泉所得税」という。)について、徴収・納付の義務を負う者は源泉徴収の対象となる所得の支払者とされ、原判示のとおり、その納税義務は、当該所得の受給者に係る申告所得税とは別個のものとして成立、確定し、これと併存するもの」であり、「源泉所得税と申告所得税との各租税債務の間には同一性がなく、源泉所得税の納税に関しては、国と法律関係を有するのは支払者のみで、受給者との間には直接の法律関係を生じないものとされていることからすれば、前記源泉徴収税額の控除の規定は、申告により納付すべき税額の計算に当たり、算出税額から右源泉徴収の規定に基づき徴収すべきものとされている所得税の額を控除することとし、これにより源泉徴収制度との調整を図る趣旨のものと解されるのであり、右税額の計算に当たり、源泉所得税の徴収・納付における過不足の清算を行うことは、所得税法の予定するところではない。」
 これは、申告所得税と源泉所得税は同一の納税義務の表裏ではなく、受給者と支払者にそれぞれ成立した別個の納税義務であり、支払者が誤って源泉徴収したとしても、それは受給者と支払者の民事上の関係であって、確定申告において清算すべきものではないとするものである。そして、受給者の申告所得税の確定申告における源泉徴収税額の控除は、確定申告書の記載事項を定める所得税法120条1項の第5号(判示中の「前記源泉徴収税額の控除の規定」)の、「第1号に掲げる総所得金額若しくは退職所得金額又は純損失の金額の計算の基礎となった各種所得につき源泉徴収をされた又はされるべき所得税の額」がある場合には、第3号に掲げる所得税の額からその源泉徴収税額を控除した金額と定める規定により認められる。
 平成4年最判での問題は、この規定の「源泉徴収された又はされるべき所得税の額」の解釈であり、「源泉徴収された」に誤って源泉徴収された所得税の額を含むか否かが判断された。その結果は、誤って源泉徴収された金額を含まず、本来の源泉徴収すべき税額に限り控除できると判断したものである(注6)。
 一審判決は、死亡を保険事故とする保険契約に基づく年金に対しては、源泉徴収の規定が適用されないとするので、現実に源泉徴収された所得税額は、誤って源泉徴収された所得税となり、平成4年最判の解釈では確定申告により所得税額から控除できないこととなる。
(5) 源泉徴収に関する本判決の判断
 本判決は、平成4年最判の源泉所得税と申告所得税とは別個のものであるとの見解に立ち(注7)、受給者の納税義務とは関係なく、支払者には所得税法208条所定の金額を徴収し、国に納付する義務を負うとする。ここでは、一審判決の所得税法207条ないし209条は死亡を保険事故とする生命保険契約に基づく年金には適用されないとの解釈は否定されている。最高裁は、所得税法が、生命保険契約に基づく年金の支払者に、源泉徴収義務を課していることを承認している。
 確定申告における源泉徴収税額の控除について、本判決は、支払者の源泉徴収が適法であるので、源泉徴収税額を控除することは許されるとしている。平成4年最判は、「右源泉徴収の規定に基づき徴収すべきものとされている所得税の額を控除すること」が許されると判示していることから、受給者にとっては非課税所得であっても、支払者には源泉徴収義務があるので、受給者の所得税額から控除することが許されると解するものと考える。
しかし、平成4年最判の当該判示は、「源泉徴収された」との法文の解釈としての意味を有するものであり、所得税法120条1項5号の全体の解釈を示したものではない。同5号は、「源泉徴収された」の前に「総所得金額若しくは退職所得金額又は純損失の金額の計算の基礎となった各種所得につき」と定めているのであり、その確定申告の所得計算の基礎となっていない非課税所得について、「源泉徴収された」金額を控除することは規定されていない。
 所得税法120条1項5号の解釈として、本判決のように保険契約に基づく年金を非課税所得としながら、その源泉徴収税額を確定申告において所得税額から控除することを許すことはできないと考える(注8)。それは、平成4年最判に適合するか否か以前に、法律の明文の規定に明らかに反するからである。
 そうすると、国の控訴審における主張のように、判例が認める総額主義からは本件処分は適法となる。
 以上のとおり、源泉徴収に関する所得税法の規定からは、保険契約に基づく年金に所得税を課すことを否定することは難しく、本判決の解釈には無理があると考える。

四 問題点と検討
 本判決は、従来の課税実務を相続税と所得税の二重課税であるとし、所得税の課税を否とするものである。
 しかし、三で述べたように、保険契約に基づく年金の支払者に源泉徴収義務が課されていることは、最高裁も認めるところであり、所得税法が、この年金を非課税所得と位置付けていないことは明らかである。非課税所得とした場合の不整合を、所得税法120条1項5号の規定の不備と解することも可能ではあるが、その前に二重課税のもう一方の相続税の課税の適否を検討する必要がある。
 すなわち、本判決の「上記保険金には、年金の方法により支払を受けるものも含まれると解されるところ、年金の方法により支払を受ける場合の上記保険金とは、基本債権としての年金受給権を指し、これは同法24条1項所定の定期金給付契約に関する権利に当たるものと解される。」との判断の適否の検討である。この解釈は、当事者双方が前提とする解釈であり争点になっていないので、裁判所もその解釈を自明のものとしているのではないだろうか。この解釈は、国税庁の通達に沿うものであるので、以下、この通達が示す解釈について検討する。

1 「保険金」の解釈
(1)相続税法3条1項1号の「保険金」
 所得税法9条1項は、次に掲げる所得については、所得税を課さないと定め、1項15号に「相続、遺贈又は個人からの贈与により取得するもの(相続税法(昭和25年法律大73号)の規定により相続、遺贈又は個人からの贈与により取得したものとみなされるものを含む。)」と定めている。
 相続税法3条1項は、「次の各号のいずれかに該当する場合においては、当該各号に掲げる者が、当該各号に掲げる財産を相続又は遺贈により取得したものとみなす。」と定め、1号に次のように定める。
「被相続人の死亡により相続人その他の者が生命保険契約(これに類する共済に係る契約で政令で定めるものを含む。以下同じ。)の保険金(共済金を含む。以下同じ。)又は損害保険契約(これに類する共済に係る契約で政令で定めるものを含む。以下同じ。)の保険金(偶然な事故に基因する死亡に伴い支払われるものに限る。)」
 保険金の請求権は保険金受取人に発生するので、法的には相続財産に該当しないが、相続財産と同視すべきものとして定められた規定である。
(2)通達の解釈
 相続税法基本通達3−6は、「法第3条第1項第1号の規定により相続又は遺贈により取得したものとみなされる保険金には、一時金により支払を受けるもののほか、年金の方法により支払を受けるものも含まれるのであるから留意する。」と定める。
 共済金については相続税法3条1項1号の法文中に保険金に含む旨を定めるが、年金についてはこれを含む旨の文言は無く、他の法令の規定に年金を保険金に含む旨の規定があるわけではない。ちなみに、所得税法76条は、生命保険料控除が認められる契約を定義するに当たり、「当該契約又は規約に基づく保険金、年金、共済金又は一時金(これらに類する給付金を含む。)」と、保険金、年金、共済金を書き分けており、保険金が当然に年金を含むと法文上解されるわけではない。通達の文中に「留意する」とあるが、この通達が根拠とする法令があるわけではないので、この通達により、保険金に含むとの解釈を定立したものと考える。
(3)みなし相続財産該当性
 保険金が相続財産とみなされるのは、保険金は相続財産と同視すべき財産であるからと考えられている(注9)。現行相続税法は昭和25年に制定されたものであるが、制定当初から3条に「生命保険契約の保険金」がみなし相続財産として規定されていた。しかし、当時は生命保険契約に基づく年金は、保険契約として存在しなかったものと考える。
 そこで、保険契約に基づく年金が、相続財産と同視すべき財産といえるか否かを考えると、次のような点から、同視することは困難と考える。
@ 「保険金」は受領した金銭という財産で表示しているが、年金はまだ受領していないので財産で表示された「保険金」に含めるのには無理がある。国側が、年金は各年に受領した現金である旨を主張している理由である。
A 保険金を保険金請求権と解し、年金受給権も保険金請求権に含まれるとするのが、本判決の論理であるが、一時払いの保険金は、確定した金銭債権であり所得税法上の収入すべき金額に算入すべき金額とされるものであるが、将来受領する年金については、金銭債権としては未発生のものであり、所得税法上の収入すべき金額とは解されない(注10)。資産は、所得の蓄積であると考えれば、所得と認定されない資産を相続財産と同視することは不合理である。
B 保険契約に基づく年金の年金の受取人は、保険金の受取人以外の者への変更が認められていない。すなわち分割および譲渡することができないものである。これを相続財産として課税された場合、共同相続人の相続税額が不当に増額する可能性があり、また受取人が納税資金に窮する可能性がある。
(4)小括
 以上のとおり、法律の文理解釈上も、みなし相続財産の実質的な意義からも、保険契約に基づく年金を「保険金」と解すべき必然性は無く、所得税法の源泉徴収の規定および「生命保険契約に基づく年金に係る雑所得の金額の計算上控除する保険料」の見出しを付した所得税法施行令183条の規定を総合的に考慮すると、相続税法基本通達3−6の解釈は誤りであり、保険契約に基づく年金は「保険金」に含まれないと考える。

2 年金受給権の評価
(1) 通達の見解
  仮に、保険契約に基づく年金受給権が「保険金」に含まれると解された場合、その評価額が問題となる。相続税法基本通達24−3は、「年金の方法により支払を受ける生命保険契約若しくは損害保険契約に係る保険金又は退職手当金等の額は、法24条の規定により計算した金額による。ただし、当該保険金又は退職手当金等を選択により一時金で支払若しくは支給をうけた場合には、当該一時金の額による。」と定める。
すなわち、この年金を受給する権利については、定期金給付契約に関する権利と解し、定期金給付契約に関する権利の価額を定める相続税法24条を適用するものとしている。
(2)相続税法24条の意義
 相続税法24条(平成22年改正前)は、「定期金給付契約で当該契約に関する権利を取得した時において定期金給付事由が発生しているものに関する権利の価額は、次に掲げる金額による。」とし、「有期定期金については、その残存期間に応じ、その残存期間に受けるべき給付金額の総額に、次に定める割合を乗じて計算した金額。ただし、1年間に受けるべき金額の15倍を超えることができない。」と定める。そして残存期間5年以下70%、5年超10年以下60%、10年超15年以下50%、15年超25年以下40%、25年超35年以下30%、35年超20%と定める。 
 定期金給付契約の定義はなく種々の形態のものが考えられるが、典型的なものとしては一時払い金または一定期間掛け金を支払い、その払込金を原資として一定時以降年金等の形態で分割して支給される契約が考えられる。その場合の定期金の支払は、預けられた原資の分割弁済分と運用益であり、定期金給付契約に関する権利とは、主として、その預け金の債権を主体とするものと考える。長期分割弁済債権の現在価値は、利子率に左右され、相続税法24条の定める価額はその近似値として定められたものといえよう。近年の低金利の状況下では、これが近似値とかい離したことから、平成22年度の同法改正により修正されたところである。
(3)生命保険契約に基づく年金の性質
 相続税法基本通達24−3は、保険契約に基づく年金は法24条により評価する旨定めるが、生命保険契約による年金が定期金給付契約に関する権利と同視できるかは次の点から疑問である。
@ 保険契約に基づく年金は、保険契約の特約であり、定期金給付の内容を含んでいるとしても、その目的は安心の提供であり、また種々の制約が付されており、それらの制約の無い民法上の定期金債権とは異なる。
A 一般的に定期金給付契約は、払込金と給付金が見合うが、保険契約の場合、保険料は保険理論により設定されるものであり、払込保険料を元本と考えることは疑問である。
B 相続税法の価額の原則は時価であり(相続税法22条)、時価とは「自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額」とされている。相続税法24条の定める定期金給付契約に関する権利は、譲渡可能の権利と解されるが、保険契約に基づく年金は、受取人を死亡保険金の受取人以外へ変更することはできないこととされている。
(4)小括
 以上のとおり、保険契約に基づく年金の受給権は、一身専属の非金銭債権であり、相続税法24条の定期金給付契約に関する権利と解することはできない。相続税法24条によらないとした場合、その価額は相続税法22条の定める時価となる。時価とは、「それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額」をいうと解されている(財産評価基本通達一(二))。そうすると、保険契約により指定された受取人に限り行使できる年金受給権の時価は、存在しないと考える。この点からも、この保険契約に基づく年金をみなし相続財産と解することには無理がある。

3 結論
 以上のとおり、保険契約に基づく年金に相続税を課税する根拠となった、2つの通達は誤りであるといえよう。そうであれば、保険契約に基づく年金に相続税を課税することが誤りであり、年金を支給された各年に所得税を課税することが正当となる。所得税法は、源泉徴収の規定に見られるように、保険契約に基づく年金そ課税所得として規定しているのであり、他方、相続税の課税を根拠づける通達の根拠が薄弱であれば、通達を否とすることが税法解釈の在り方として当然のことと考える。また、この解釈の結果は、多くの人にとって公平と感じられるものと思う。
 本件判決は、相続税と所得税を二重に課税する課税実務を否定した点で、高く評価すべきではあるが、二重課税のうち所得税課税を否とした点で、結果的に正当とはいえないであろう。
 このような結果になった原因は、当事者双方が相続税の課税を否とする主張をしなかったためである。弁論主義が貫かれる民事訴訟であれば、この判決は正当である。しかし、課税処分取消訴訟は、行政庁に代わって行政処分を取り消す性質の訴訟であり(注11)、職権主義的審理が必要とされる場合があるのである。

おわりに
 国税庁は、平成22年10月1日に本判決に対する対応措置を発表している。それは、5年間に遡り、保険契約に基づく年金に課された所得税を還付し、その後、法的措置をとって10年間に遡り還付するとのことである。しかし、法理論的には、相続税の課税を見直し、必要であれば減額更正を行うことが正しい対応措置と考える。その場合、相続税が現実に課された者を対象にすれば良く、その対象件数は所得税を還付する場合と比較して格段に少ないと考える。最高裁の判決は尊重すべきではあるが、その判決は当該事件に効力を有するにすぎないのであるから、行政としては、独自に正当な解釈を確立し、それにより措置することを避けるべきではない。


注1 判例時報2079号20頁、判例タイムス1324号78頁、三木義一「最高裁年金二重課税判決の論理と課題」税経通信65巻10号17頁、渡辺充「検証!長崎年金二重課税訴訟」旬間速報税理2010年8月1日号30頁、小池正明「年金払生保の相続税・所得税の二重課税」税理53巻13号17頁

注2「家族収入保険の保険金に関する課税について」(昭和43年3月官審(所)2、官審(資)9)武田昌輔監修「DHCコンメンタール所得税法2」第一法規471頁

注3 長崎地裁平成18年11月7日判決訟務月報54巻9号2110頁 この判決に対する評釈として、高野幸大・ジュリスト1370号 249頁、三木義一・税理50巻2号117頁、品川芳宣・TKC税研情報16巻2号48頁、岸田貞夫・森利彦・TKC税研情報16巻2号159頁、堀口和哉・税務事例39巻8号16頁、橋本守次・税務弘報58巻5号165頁、木島裕子・税53巻3号138頁、松岡章夫・税理53巻3号113頁

注4福岡高裁平成19年10月25日判決訴訟務月報54巻9号2090頁 この判決に対する評釈として、浅妻章如・税研25巻3号77頁

注5最高裁平成4年2月18日第三小法廷判決 民集46巻2号77頁

注6 本判決では、給与所得として源泉徴収された税額を、給与所得ではなく一時所得であると主張しながら、控除することは許されないとされた。

注7 この見解につき、図子善信「租税法律関係論」成文堂 201頁参照

注8 本件の上告代理人丸山隆寛弁護士は、「当該年分の所得税額から右誤徴収額を控除して確定申告は出来ないとする最高裁判決(平成4年2月18日・民集46巻2号77頁)との関係については、本判決は一切触れていない。この点については今後の研究者の検討に委ねたい。」と本判決の説明不足を指摘している。九州北部税理士会会報549号29頁

注9 本通達は、昭和46年の相続税法の改正に応じた相続税関係通達の改正(昭和46直審(資)6)により設けられたものである。吉牟田勲教授(当時大蔵省主税局税制三課課長補佐)は、この相続税法の改正は、従来退職金として扱われていた保険金を保険金から除外して別に規定したものであり、確認的改正としている(吉牟田勲「相続税法の一部改正」税務弘報19巻6号140頁)。この相続税法の改正に合わせて、従来からの取り扱いを通達で確認的に明らかにしたものと思われる。しかし、従来の取り扱いが正当である根拠は無い。船田健二氏(当時国税庁資産税課)が、昭和46年相続税法改正に伴う通達改正の解説をしているが、この項目については触れていない(船田健二「相続税基本通達の一部改正について」税務弘報19巻11号52頁)。
注10 武田昌輔監修「DHCコンメンタール相続税法1」第一法規、1981年743頁、 香取稔編「相続税法基本通達逐条解説」(大蔵財務協会、平成15年 56頁)は、「実質的にはその経済的効果が本来の相続等による取得財産と変わらないことから、」とする。

注11 小林栢弘「個人年金保険(生命保険)に係る所得税及び相続税・贈与税」週間税務通信 税務研究会2969号57頁

注12 この通達も、昭和46年直審(資)6により設けられたものである。

注13 吉牟田勲教授は、昭和46年相続税法改正について、「定期金給付契約をほとんど「年金契約」と同じ意味に解することとし、」と述べている(「改正税法のすべて」国税速報第2339号121頁)。また、国税職員として豊富な経験を有する白崎浅吉氏・桜井四郎氏は、「ここで相続又は遺贈により取得したものとみなされる定期金給付契約に関する権利は、郵便年金のように掛金の概念が存するもの、すなわち、当事者の一方が一定の金銭その他の利益の給付を受ける対価として相手方に掛金を払い込むことを内容とするものに限られるのである。」とする(白崎浅吉・桜井四郎著「相続税法解説」 昭和61年 税務研究会出版局 85頁)。

注14 大渕博義教授は、本件年金受給権を1個の権利とし、各年の受給権に分解して現在価値を算定する方法を疑問とする(大渕博義「年金受給権と「年金払い」による保険金の相続税と所得税の二重課税問題」税理53巻14号97頁)。

注15 図子善信「課税処分取消訴訟に関する一試論」税法学562号53頁