税法上の宥恕規定とその法的意義
久留米大学教授 図子善信
ポイント
1 宥恕規定は減額更正を要する場合にも適用される。
2 宥恕規定の適用要件は、「正当な理由」、「やむを得ない理由」、「やむを得ない事情」に分かれる。
3 「正当な理由」は無過失を意味し、「やむを得ない事情」は過失を含む。
4 権利救済について税法は私法より充実している。
5 税務署長は、宥恕規定の簡易迅速な活用の義務がある。
1 宥恕規定と適用範囲
(1)宥恕規定の意義
宥恕規定の定義は難しいが、ある行為が法律要件とされている場合に、その要件を充足しない場合でも、一定の場合にその要件を充たしたと同様の法律効果を認める規定が、宥恕規定と呼べるのではないだろうか。宥恕規定の例として租税特別措置法35条を挙げてみる。個人がその居住用資産を譲渡した場合、譲渡所得の金額から3千万円の特別控除を認める規定である。同条2項は、「前項の規定は、その適用を受けようとする者の同項に規定する資産の譲渡をした年分の確定申告書に、同項の規定の適用を受けようとする旨及び同項の規定に該当する事情の記載があり、かつ、当該譲渡による譲渡所得の金額の計算に関する明細書その他財務省令で定める書類の添付がある場合に限り、適用する。」と定める。そして、第3項は、「税務署長は、確定申告書の提出がなかった場合又は前項の記載若しくは添附がない確定申告書の提出があった場合においても、その提出又は記載若しくは添附がなかったことについてやむを得ない事情があると認めるときは、当該記載をした書類並びに同項の明細書及び財務省令で定める書類の提出があった場合に限り、第1項の規定を適用することができる。」と定める。この第3項の規定は、宥恕規定といえる。
法人税法、所得税法、租税特別措置法に定める引当金、圧縮記帳、外国税額控除、特別措置の適用について、一定の確定申告書の提出および書類の添付という類似の形式要件を定める規定を設け、その規定に対して一部の特別措置を除き同様の宥恕規定が設けられている。
その他、期限の延長および加算税の非課税に関する規定も宥恕規定と考える。
(2)宥恕規定適用の範囲
宥恕規定は、どの範囲で適用されるのであろうか。例えば、租税特別措置法35条の事例で、3千万円の控除を行って税額計算をしたが、確定申告書に明細書等の添付がない場合、同条1項の規定の適用ができず3千万円の控除を否認する増額更正を受けることになる。この場合、同条3項の宥恕規定が適用されると、申告による税額が認容されることは明らかである。では3千万円の控除を行わずに税額計算を行い、明細書等の添付も無い確定申告書を提出した場合はどうであろうか。この場合に3項が適用されると、減額更正を行うこととなるが、この場合も3項は適用できると解され、実務上もそのように処理されている。
ちなみに、法定申告期限までに申告していない場合については、確定申告書には期限後申告書を含むので(所得税法2条1項23号、法人税法2条31号)、期限後申告書を提出すれば、宥恕規定によらず1項を適用できる。
2 宥恕規定の分類と各要件
宥恕規定の主なものを整理すると、次のように分類できると考える。
(1) 期限または期間に関するもの
ア 災害による期限の延長
国税通則法11条(災害等による期限の延長)は、「国税庁長官、国税不服審判所長、国税局長、税務署長又は税関長は、災害その他やむを得ない理由により、国税に関する法律に基づく申告、申請、請求、届出その他書類の提出、納付又は徴収に関する期限までにこれらの行為をすることができないと認めるときは、政令で定めるところにより、その理由のやんだ日から2月以内に限り、当該期限を延長することができる。」と定める。この条文を受け、国税通則法施行令3条1項は、「国税庁長官は、都道府県の全部又は一部にわたり災害その他やむを得ない理由により、法第11条(災害による期限の延長)に規定する期限までに同条に規定する行為をすることができないと認める場合には、地域及び期日を指定して当該期限を延長するものとする。」と定める。
この規定に基づき、今回の東日本大震災に際して、青森県、岩手県、宮城県、福島県、茨城県が別途国税庁告示で定めるまで期限を延長する地域として指定された(平成23年3月15日 国税庁告示8号)。国税通則法施行令3条2項は、地域指定を定める同条1項の適用がある場合を除き、税務署長等は、「災害その他やむを得ない理由」により期限までに行為ができないと認める場合、申請により期日を指定して当該期限を延長することができると定める。告示により地域指定されなかった千葉県等の納税者も、被災者は、この規定を適用して期限の延長を求めることができる
この国税通則法11条、国税通則法施行令3条1項、2項の適用の要件は、災害その他「やむを得ない理由」があることである。
イ 更正の請求の特例
国税通則法23条は、更正の請求を定めている。同条1項は、法定申告期限から1年以内に限り更正の請求ができる場合を定め、同条2項は1年経過後に更正の請求ができる場合を定めている。同項3号は、1号、2号の事由以外に「政令で定めるやむを得ない理由があるとき」と定めている。政令で定める事由の中に、一般的事由として「帳簿書類の押収その他やむを得ない事情」により、帳簿書類その他の記録に基づいて国税の課税標準等又は税額等を計算することができなかった場合で、その後、当該事情が消滅したことを挙げている(国税通則法施行令6条1項3号)。
この場合の本条項適用の要件は、「やむを得ない理由」であり、一般的事項とし
ては帳簿書類に基づく計算ができなかったことについて「やむを得ない事情」があることである。
ウ 不服申立期間の例外
国税通則法77条1項は、不服申立ては、処分があったことを知った日の翌日から起算して2月以内にしなければならないと定める。同条2項は、審査請求は異議決定書の謄本の送達があった日の翌日から起算して1月以内にしなければならないと定める。そして、同条3項は、「天災その他前2項の期間内に不服申立てをしなかったことについてやむを得ない理由があるときは、」その理由がやんだ日の翌日から起算して7日以内にすることができると定めている。
同条4項は、「不服申立ては、処分があった日の翌日から起算して1年を経過したときは、することはできない。ただし、正当な理由があるときは、この限りでない。」と定める。
同条3項の要件は、「やむを得ない理由」があることであり、同条4項のただし書きの適用要件は、「正当な理由」があることである。
(2)加算税を賦課しない場合
国税通則法65条は、過少申告加算税の課税要件を定めている。税額を過少に申告した場合に、過少申告加算税の課税要件を充たし、法定納期限の経過により過少申告加算税の納税義務が成立することになる。しかし、同条4項は、「正当な理由があると認められるものがある場合には」、加算税額から「正当な理由があると認められる事実に基づく税額として政令で定めるところにより計算した金額を控除」することを定めている。国税通則法66条の無申告加算税、同法67条の不納付加算税についても、同様の規定が設けられている。
国税通則法65条4項適用の要件は、「正当な理由」があることである。
(3)納税者の選択適用に関する規定
宥恕規定の多くは、所得税法、法人税法、租税特別措置法の圧縮記帳、引当金、特別措置の適用に関するものである。圧縮記帳、引当金、租税特別措置法の特別措置は、その規定の適用を受けるか否かを納税者の選択に委ねている。相続税法の配偶者に対する相続税額の軽減、贈与税の配偶者控除、その他の各税法についても同様のものがある。納税者がその措置の適用を受けるか否かは、納税申告書の記載等によらなければ確認できず、そのため明細の記載等が適用の要件とされている。この場合の宥恕規定は、先の租税特別措置法35条3項で見たように、税務署長は、「その提出又は記載若しくは添附がなかったことについてやむを得ない事情があると認めるときは、当該記載をした書類並びに同項の明細書及び財務省令で定める書類の提出があった場合に限り、第1項の規定を適用することができる。」と定められている。納税者の選択適用を定める規定の宥恕規定は、全て類似の内容であり、その場合の適用要件は、「やむを得ない事情」があることである。
消費税法30条1項の仕入税額控除の規定も、同条7項が1項の適用を「帳簿及び請求書等」を保存する場合に限っていることから、仕入税額控除の適用を間接的に納税者の選択に委ねた規定である。7項ただし書きには、「ただし、災害その他やむを得ない事情により、当該保存をすることをできなかったことを当該事業者において、証明した場合は、この限りでない。」と定める。
この場合、ただし書きの適用要件は、災害その他「やむを得ない事情」があることであり、その立証は納税者がしなければならない。
3 宥恕規定適用要件の解釈
(1) 正当な理由
ア 加算税を賦課しない場合および処分後1年を超えて不服申立てを認める場合の宥恕規定の適用要件は、「正当な理由」である。「正当な理由」の意味について、参議院法制局長の職にあった田島信威氏は、「最新法令用語の基礎知識」(注1)において「『正当の(な)理由』という用語は、刑事法関係以外にも多く使われているが、これらの場合には、条文の立法趣旨に則して具体的にその意味を判断していく必要がある。」とする。そして「刑事法で使われる場合は、『行為を適法ならしめる理由』という意味である。したがって、『正当の(な)理由がなく』という場合は違法という意味となる。」と述べる。私法上の意味について、同氏は民法110条の代理権の権限ありと信ずべき「正当の理由」を善意無過失と同じ意味であるとする。
以上によれば「正当な理由」は法的な理由の意味が強く、宥恕規定の適用要件として最も厳格な要件と考える。
イ 国税通則法77条4項ただし書きの「正当な理由」は、民法110条の「正当な理由」と同じ善意無過失と解すべきであろう。主たる納税者に対する課税処分についての第二次納税義務者の不服申立期間について、不服申立適格を認識できない間は進行しないとする最高裁判決(注2)の趣旨から、この場合の善意無過失とは、不服申立適格を有さないと信ずることについての無過失と考えるべきであろう。
ウ 過少申告加算税についての国税通則法65条の「正当な理由」は、無過失を意味すると考える。加算税は、税法においては重加算税を含め罰ではなく税として構成されているので、本来納税者の責任を問題とすべきではない。したがって、責任自体を課税要件とはせず、故意の存在を強く推定させる隠ぺい仮装の事実を重加算税の課税要件とし、過失を推定させる税額の過少申告の事実を過少申告加算税の課税要件としている。しかし、税法上の課税要件を充足しても、税法の推定と異なり納税者が無過失な場合がある。「正当な理由」の立法趣旨は、無過失の納税者には課税しないとするものと考える。現行の通達および判例は、これを狭く解するようであるが、通達が「正当な理由」として挙げる申告後の通達改正による過少等の事実は無過失の例示と解すべきである。また、通達・判例は、税務職員による誤指導も「正当の理由」とするが、それは過失相殺による納税者の無過失と考えるべきであろう。したがって、通達の挙げる事由以外にも無過失が認定できれば、加算税を賦課すべきではないと考える。また、過失とは、「私法上は、一定の事実を認識することができたのに不注意で認識しないこと」(注3)であり、ここでの無過失とは納税義務者としての注意義務違反が無いことである。したがって、税法の不知は納税義務者にとって無過失とはならない。本来であれば故意・過失という責任を課税要件とすることは不適切であり、その認定も税務行政庁の職務の範囲外と考える。このため国税通則法65条4項の「正当な理由があると認められるものがある場合」との規定を設け、直接無過失を認定するのではなく、無過失を推定させる事実の認定を求めているのであろう。
なお、税理士の故意・過失と納税者の関係については、民法の委任の論理によるべきであり、税理士の故意・過失は納税者に効果を及ぼすと考える。
(2)やむを得ない理由
期限の延長に関する国税通則法11条の災害その他「やむを得ない理由」、更正の請求に関する同法23条3項3号の政令で定める「やむを得ない理由」、同法77条3項の2月または1月の不服申立期間の例外である「やむを得ない理由」は、何を意味するであろうか。
1年の期限の例外をみとめる同法77条4項が「正当な理由」を使用していることから、77条3項の「やむを得ない理由」は「正当な理由」より緩やかな理由であろう。「正当な理由」が、善意無過失という法的に責任の無いことを意味するのであれば、「やむを得ない理由」は法的責任ではなく社会生活関係における責任がないことを意味するのではないだろうか。「やむを得ない」の言葉の意味は、他に方法がないという意味であろうが、一般に使用する場合の「やむを得ない」は、より広い意味を有していると考える。一般には、通常人が行うであろう行動をしていれば、やむを得なかったといえるのではなかろうか。そうであれば、「やむを得ない理由」とは、社会生活上通常人が行うであろう行動をすることにより、一定のことができないことと考えられる。
(3)やむを得ない事情
納税者の選択適用の規定に関する「やむを得ない事情」は、納税者の申告に係る選択の誤りの修正を認める宥恕規定に使用される要件である。
これらの宥恕規定が、誤った申告を修正するものであるとすると、類似の制度として更正の請求の制度がある。更正の請求は、「課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったこと」により、税額が過大であるときに認められる。所得税法の定める所得控除は、納税者の選択により適用するものではないので、それを誤って適用しなかった場合は更正の請求により救済され、宥恕規定の必要は無い。しかし、例えば租税特別措置法の特別措置の適用の要件を欠く場合は、特別措置の適用を選択しない正しい申告であるので、外形的には更正の請求の要件を充たさない。したがって、宥恕規定を設けない限り、この申告を是正する手段がないのである。
更正の請求に代わる納税者の救済制度として、もしくは更正の請求を適用するために宥恕規定があるとすれば(注4)、宥恕規定を適用する要件は更正の請求と類似の要件と考えるべきであろう。更正の請求の要件は、法律の規定に従っていなかったこと又は計算に誤りがあることであって、それについて無過失である必要はなく、重大な過失による場合または故意による場合であっても、更正の請求は認められる。これと対比すると「やむを得ない事情」も広く解すべきであり(注5)、重大な過失があっても、救済される余地があると考える。故意の場合は、当初の申告が誤った申告とはいえないので、宥恕規定を適用する余地は無い。
消費税法30条7項の「やむを得ない事情」については、仕入税額控除が消費税額と仕入税額の相殺と考えられることから、相殺を主張する納税者からの証明を求めるものである。そうではあるが、「やむを得ない事情」の用語が使用されていることから、この要件も比較的広く解すべきであり、過失の場合を含むと考える。したがって、仕入れの事実が証明できれば、「やむを得ない事情」があったと判断しても差し支えないと考える。
故意に保存(提示を含む。)をしなかった場合は、仕入税額控除を選択しなかったものと考えられ、消費税法30条7項ただし書きの適用の余地はない。
4 税法における納税者の意思の尊重
宥恕規定の解釈適用に関しては、税法に対する基本的考え方の相違により理解が大きく異なると考える。租税法律関係は公法関係で強硬法規が支配し、租税債権の早期確定の要請からも、納税者の権利は厳しく制約されていると考えるのが一般ではないだろうか。しかし、現在の税法は、極めて親切で納税者の意思を尊重する点で、私法より優れているのが実体である。
例えば、私法上の法律行為は、両当事者が対等であり、双方の利益を調整する必要があるため、意思表示について表示主義を採用せざるを得ない。民法95条の規定は、法律行為の要素に錯誤がある場合に限り意思表示を無効としている。しかし、税法の更正の請求は、要素の錯誤に限らず、また、その錯誤について過失がある場合にも救済するのである。これは、租税法律関係では国が相手方であるので、相手方の保護を考慮する必要が少なく、意思表示について納税者の真意を尊重する意思主義を徹底することができるためである。
宥恕規定の主たる目的は、納税者の意思の不備(錯誤)を本来の意思(真意)に補完することである。したがって、その要件を限定的に解することは、税法の体系および宥恕規定の目的に反することとなる。
5 宥恕規定運用の在り方
国税通則法11条は、国税庁長官、国税不服審判所長、国税局長、税務署長又は税関長が、「災害その他やむを得ない理由」により期限までに申告等の「行為をすることができないと認めるとき」に期限を延長することができると定め、期限延長の措置を国税庁長官等の行政官庁の認定に委ねている。
また、納税者の選択に関する宥恕規定の「やむを得ない事情」の存否についても、行政官庁である税務署長の認定に委ねている。
これらの法律の規定は「できる」と定めているが、当然のことながら行政官庁の自由裁量を認めるものではなく、災害の事実等があれば、期限の延長しなければならないものと考える。災害等の事実や「やむを得ない事情」がある場合、それを無視することは許されず、これらの規定は行政官庁にとっては義務規定であると解すべきである。そして、その適否については、裁判所の審理の対象になると考える。
この認定を行政官庁に委ねている趣旨は、行政による簡易迅速な処理を期待するものであると考える。東日本大震災に対して国税庁長官が直ちに期限の延長を告示したが、このような迅速な対応を促す規定であると解される。
税務署長の認定の規定も、同様に簡易迅速な処理を促すものである。したがって、税務署長は、認定に係る宥恕規定の適用の申し出を受けた場合、実体的要件を充たしている限り、原則として宥恕規定の適用を行うべきである。現に課税実務では、裁判等で示される基準より弾力的に運用されている。そして宥恕規定の適用自体が、訴訟の対象になることはない。税法も税務行政も、目的は適正公平な課税であり、納税者の錯誤を契機として不当に税収を挙げることは極力避けなければならない。
また、「やむを得ない事情」の存否の確認に時間を浪費することは、税務行政の効率の観点からも避けるべきである。
注1 田島信威著「最新法令用語の基礎知識」ぎょうせい平成12年 319頁
注2 平成18年1月19日最高裁第一小法廷判決 裁判所時報1404号4頁
注3 「新法律学辞典第三版」有斐閣 平成6年144頁
注4 平成22年7月15日東京高裁判決(判例時報2088号63頁)は、宥恕規定の適用を前提とする更正の請求を認めている。
注5 荒井勇著「税法解釈の常識」税務研究会出版局 平成2年 186頁