生命保険年金に対する二重課税について

文献種別      判決/最高裁判所第三小法廷
判決年月日     平成22年7月6日
事件番号      平成20年(行ヒ)第16号
事件名       所得税更正処分取消請求事件
裁判結果      原判決破棄 (請求認容)
参照法令      相続税法3条1項1号、22条、24条1項1号、所得税法9条1項15号(平成22年改正後16号)、120条1項5号、207条、所得税法施行令183条

掲載誌  判例タイムスNo1324 81頁
     判例時報2079号 22頁
                      (LEX/DB文献番号25442386)

《事実の概要等》
 本件は、上告人(原告、被控訴人)が夫Aの死亡により生命保険契約に基づいて受領した年金払保障特約年金を、税務署長が原告の雑所得に当たるとして行った所得税の更正処分の取消しを求める事案である。
1 保険契約および年金受領までの経緯
(1)上告人の夫Aは、B生命相互会社との間で、Aを契約者および被保険者、上告人を受取人とする年金払生活保障特約付終身保険契約を締結し、その保険金を支払っていた。この保険契約には、保険事故が発生した場合に主契約に基づいて支払われる一時金に加え、生活保障のため特約年金(年230万円・10年間)が受取人に支払われる特約が付されている。
(2)Aは、平成14年10月28日に死亡し、B生命は、同年11月8日、上告人に対し、死亡保険金4000万円、年金230万円および配当金の合計額から、契約貸付金、同貸付金利および源泉徴収税額(22万0800円)を差し引いた4190万2745円を支払った。
2 課税の経緯
 上告人は平成14年分所得税について確定申告を行ったが、本件年金は所得に含めていなかった。これに対して税務署長は、平成15年9月16日付けで、原告が支払を受けた保険金のうち、本件年金230万円から必要経費として認められた9万2000円を差し引いた220万円8000円を同年中の雑所得と認定し、本件更正処分を行った。
 一方、上告人は平成15年8月7日、税務署長に対してAを被相続人とする相続税の申告書を提出し、その申告に係る相続財産の中には、本件年金受給権の総額2300万円に0.6を乗じた1380万円が含まれている。
3 関係規定
 相続税法3条1項1号は、被相続人の死亡により生命保険契約の「保険金」を取得した場合は、相続により取得したものとみなすと規定している。他方、所得税法9条1項は所得税の非課税所得を列挙しており、同項15号(平成22年改正後16号)には、「相続により取得するもの」を掲げ、それには相続税法により相続により取得したものとみなされるものを含むと規定されている。
4 課税実務
 課税実務では、みなし相続財産とされる保険金には、年金の方法により支払を受けるものも含まれるとし(相続税法基本通達3−6)、年金受給権に相続税を課税している。他方、年金の方法により受取人が受け取る個々の年金については、当該受給者の受給の年の所得として所得税を課すこととしている1)。

《判決の要旨》
 本判決は、本件年金が非課税所得に該当しないとの原審の次の判断を、是認することができないとする。
 「本件年金は、本件年金受給権に基づいて発生する支分権に基づいて上告人が受け取った現金であり、本件年金受給権とは法的に異なるものであるから、上記の「保険金」に当たらず、所得税法9条1項15号所定の非課税所得に当たらない。」
 そして、原審判断を否定する理由を次のとおり判示する。
1 「所得税法9条1項は、その柱書きにおいて「次に掲げる所得については、所得税を課さない。」と規定し、その15号において「相続、遺贈又は個人からの贈与により取得するもの(相続税法の規定により相続、遺贈又は個人からの贈与により取得したものとみなされるものを含む。)」を掲げている。同項柱書きの規定によれば、同号にいう「相続、遺贈又は個人からの贈与により取得するもの」とは、相続等により取得した財産そのものを指すのではなく、当該財産の取得によりその者に帰属する所得を指すものと解される。そして、当該財産の取得によりその者に帰属する所得とは、当該財産の取得の時における価額に相当する経済的な価値にほかならず、これは相続税又は贈与税の課税対象となるものであるから、同号の趣旨は、相続税又は贈与税の課税対象となる経済的価値に対しては所得税を課さないこととして、同一の経済的価値に対する相続税又は贈与税と所得税との二重課税を排除したものであると解される。」
2 「上記保険金には、年金の方法により支払を受けるものも含まれると解されるところ、年金の方法により支払を受ける場合の上記保険金とは、基本債権としての年金受給権を指し、これは同法24条1項所定の定期金給付契約に関する権利に当たるものと解される。」
3 「そうすると、年金の方法により支払を受ける上記保険金(年金受給権)のうち有期定期金債権に当たるものについては、同項1号の規定により、その残存期間に応じ、その残存期間に受けるべき年金の総額に同号所定の割合を乗じて計算した金額が当該年金受給権の価額として相続税の課税対象となるが、この価額は、当該年金の取得の時における時価(同法22条)、すなわち、将来にわたって受け取るべき年金の金額を被相続人の死亡時の現在価額に引き直した金額の総計額に相当し、その価額と上記残存期間に受けるべき年金の総額との差額は、当該年金の上記現在価値をそれぞれ元本とした場合の運用益の合計額に相当するものとして規定されているものと解される。」
4「したがって、これらの年金の各支給額のうち上記現在価値に相当する部分は、相続税の課税対象となる経済的価値と同一のものということができ、所得税法9条1項15号により所得税の課税対象とならないものというべきである。」2)
5そして、「本件年金は、被相続人の死亡日を支給日とする第1回目の年金であるから、その支給額と被相続人死亡時の現在価値とが一致するものと解される。」ので、これに対して所得税を課すことは許されないとする。

《判例の解説》
一 問題点
 本判決は、多くの報道で伝えられたように、従来、当然のこととして実務上処理されていた課税方式を否定するものであり、課税実務だけでなく保険実務にも広範囲に影響を与える極めて重要な判決である。
 本訴訟における主たる問題は、年金を「保険金」非該当とする課税実務の解釈の成否である。課税実務の理論的根拠は、相続税が課される相続財産は年金受給権としての基本権であり、年金受給権に基づいて成立する各年金の受給権は相続税が課された「保険金」ではないとの解釈である。

二 「保険金」該当性の判断
1 一審判決
 一審判決3)は、「相続税法3条1項によって相続財産とみなされて相続税を課税された財産につき、これと実質的、経済的にみれば同一のものと評価される所得について、その所得が法的にはみなし相続財産とは異なる権利ないし利益と評価できる時でも、その所得に所得税を課税することは、所得税法9条1項15号により許されないと解するのが相当である。」と所得税法9条1項15号を広く適用する見解をとる。そして、本件年金は、本件年金受給権の「支分権に基づいて原告が保険会社から受け取った最初の現金である。」とし、本件年金をみなし相続財産ではないとする。その上で、「更に個々の年金に所得税を課税することは、実質的・経済的には同一の資産に関して二重に課税するものであることは明らかであって、前記所得税法9条1項15号の趣旨により許されないものといわなければならない。」と判示する。
  一審判決は、本件年金を法的には「保険金」ではないとするものであり、「保険金」に該当しないものを規定の趣旨により非課税と解する点で正当とはいえない。
2 控訴審判決
  控訴審判決4)も所得税法9条1項15号が、二重課税を排除する規定と解する点では一審判決と同じであるが、「相続により取得したものとみなされる財産に基づいて、被相続人の死亡後に相続人に実現する所得に対する課税を許さないとの趣旨を含むものと解することはできない」とする。そして、相続税法3条の「保険金」とは保険金請求権を意味し、年金受給権は「保険金」に該当し相続税の課税対象になるとする。一方、本件年金は、「10年間、保険事故発生日の応当日に本件年金受給権に基づいて発生する支分権に基づいて、被控訴人が受け取った最初の現金というべきものである。」とし、この年金は、本件年金受給権とは法的に異なるものであり、「保険金」には該当しないとする。
  この解釈は、法理論的には正当と考えるが、控訴審判決が、結果的に実質的・経済的な二重課税を是認する点で正当とはいえないであろう。
3 最高裁判決
 本最高裁判決5)は、所得税法9条1項で非課税とされるのは「所得」であり、所得とは経済的価値であるので、取得した資産で判断するのではなく、経済的価値が同一か否かで判断すべきとする。すなわち法的には異なる権利であっても、経済的価値が同一であるものに相続税と所得税を課さないのが9条1項の解釈であるとする。一審判決が、法的には異なるが実質的・経済的に同一とした判断を、経済的価値でとらえれば法的にも同一であると修正したといえよう。その意味では、本判決は一審判決と控訴審判決を止揚した優れた判決といえるであろう。
 一審判決と異なり、2回分以降の年金については、元本の運用益相当部分に所得税が課されることとなり、運用益の範囲の認定について実務的に困難な面があるが、この判決の論理ではやむを得ないといえよう。
 
三 通達の再検討
 本件は、現行の課税実務の適否を争うものであるが、当事者双方ともに現行通達の解釈を前提に主張を展開し、本判決も上述《判決の要旨》2のとおり、通達の解釈を自明のものとして採用している。その結果、保険契約に係る年金への所得税の課税が否定されることとなった。しかし、本二重課税に関する法令、通達を全体的に見ると、相続税の課税の根拠とされた通達の内容に問題があるように思える。そこで、従来の課税実務が前提としている通達解釈を再検討する必要がある。
1 法3条1項1号の「保険金」
 相続税法基本通達3−6は、「法第3条第1項第1号の規定により相続又は遺贈により取得したものとみなされる保険金には、一時金により支払を受けるもののほか、年金の方法により支払を受けるものも含まれるのであるから留意する。」と定める。
 これは法令の根拠に基づくものではなく、国税庁の解釈であるが、その解釈には次のような疑問がある。
 みなし相続財産とは、相続財産ではないが相続財産と同視すべき財産を定めていると解される6)。しかし、年金受給権は、金銭債権の基本権ではあるが、金銭債権として未発生のものであり、共同相続人の税負担、分割の適否、納税資金適応性等の点で、受領した保険金と同様に相続財産と同視すべきとはいえないのではないか。年金受給権は保険契約という不安の除去を内容とする契約に基づく一種の期待権であり、確定した金銭債権の分割弁済と同視することは、誤りであると考える。所得税法では、この未発生の金銭債権を収入金額とすることはない7)。取得しても所得と認識できないような権利は、相続税の課税資産の適格を有さないのではないか。
2 年金受給権の評価
 仮に、年金受給権が財産権として「保険金」に含まれると解された場合、その評価額が問題となる。
(1)通達の見解
  相続税法基本通達24−3は、「年金の方法により支払を受ける生命保険契約若しくは損害保険契約に係る保険金又は退職手当金等の額は、法24条の規定により計算した金額による。」と定める。すなわち、年金受給権という期待権的権利が保険金とみなされたとたん、年金支給総額を基準とした高価額の資産とみなされるのである。これも法令の根拠は無く、国税庁の解釈であるが、妥当であろうか。
(2)相続税法24条の趣旨
 相続税法24条(平成22年改正前)は、「定期金給付契約で当該契約に関する権利を取得した時において定期金給付事由が発生しているものに関する権利の価額は、次に掲げる金額による。」とし、「有期定期金については、その残存期間に応じ、その残存期間に受けるべき給付金額の総額に、次に定める割合を乗じて計算した金額。ただし、1年間に受けるべき金額の15倍を超えることができない。」と定める。そして残存期間5年以下70%、5年超10年以下60%、10年超15年以下50%等と定める。 
 定期金給付契約の定義はなく、種々の形態のものが考えられるが、典型的なものとしては一時払い金または一定期間掛け金を支払い、払込金を原資として一定時以降年金等の形態で分割して支給される契約が考えられる。その場合の定期金の支払は、預けられた原資の分割弁済分と運用益であり、定期金給付契約に関する権利とは、主として、その預け金の債権を主体とするものと考える。長期に分割して弁済される債権の現在価値は、利子率に左右され、相続税法24条の定める価額はその近似値として定められたものといえよう。近年の低金利の状況下では、これが近似値とかい離したことから、平成22年の同法改正により修正されたところである。本条は、長期分割債権的実体を有する権利にのみ適用されるべきである。
(3)生命保険契約に基づく権利の性質
 相続税法基本通達24−3は、保険契約による年金は相続税法24条により評価する旨定めるが、生命保険契約による年金を定期金給付契約に関する権利と同視することは次の点から疑問である。@保険契約による年金は、保険契約に基づくものであり、定期金給付の内容を含んでいるとしても、種々の制約が付されており、単純な民法上の定期金債権とは異なる。A一般的に定期金給付契約は払込金と給付金が見合うが、保険契約の場合、保険料は保険理論により設定されるものであり、払込保険料を元本と考えることはできない。B相続税法の価額の原則は時価であり(相続税法22条)、時価とは「自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額」とされている(財産評価基本通達一)。別段の定めである24条も、この時価の近似値として定められたものである。そうすると、定期金給付契約に関する権利は譲渡可能の権利と思われるが、保険契約に基づく年金は、受取人を死亡保険金の受取人以外へ変更することはできないこととされている。
 以上の相違があり、保険契約に基づく年金受給権を定期金給付契約に関する権利と同視することは無理があると考える。したがって、年金受給権は、相続税法24条によらずに時価で評価する必要がある(相続税法22条)。そうすると、保険契約により指定された受取人に限り行使できる年金受給権の時価は、きわめて低額であると考える。むしろ、一身専属的期待権であり交換価値を有さず、この点からも相続税の課税財産に適していないと考えられる。
四 職権審理の必要性
  本件判決は、相続税と所得税の二重課税のうち、所得税の課税を否としたものであるが、むしろ相続税の課税の是非を審理すべきであったと考える。
 年金受給権は保険金ではないので相続税を課税せず、各年に確定する年金に所得税を課すことが相続税法、所得税法の理論にかなうものと考える。本件については国側もそのような主張をしていないが、課税処分取消訴訟は、行政庁に代わって裁判所が処分を取り消す訴訟であり8)、より職権主義的審理が期待されているのである。
 なお、本判決は、確定申告における源泉徴収税額の控除について、源泉徴収が適法であるから所得税額から徴収金額を控除することは許されるとしている。しかし、所得税法120条1項5号は、総所得金額の計算の基礎となった各種所得に対する源泉徴収税額の控除を規定しているのであり、非課税所得についてされた源泉徴収税額を控除することは、許されないと考える。所得税の課税を可とすれば、そのような問題が生じることもない。


1)「家族収入保険の保険金に関する課税について」(昭和43年3月官審(所)2、官審(資)9)、武田昌輔監修 「DHCコンメンタール所得税法2」(第一法規1983)470頁、後藤昇他編 「平成21年版 所得税基本通達逐条解説」大蔵財務協会2009年79頁
2)同旨 金子宏著「租税法第15版」弘文堂(2010年4月)493頁
   3)長崎地判平18・11・7訟月54巻9号2110頁
    地裁判決に対する評釈として、高野幸大・ジュリスト1370号249頁、三木義一・税理50巻2号117頁、品川芳宣・TKC税研情報16巻2号28頁、岸田貞夫・森利彦・TKC税研情報16巻4号159頁、堀口和哉・月刊税務事例39巻8号16頁
   4)福岡高判平19・10・25訟月54巻9号2090頁
     控訴審判決に対する評釈として浅妻章如・税研25巻3号77頁
   5)本判決に対する評釈として、前掲判例タイムスNo1324号78頁、三木義一・税経通信65巻10号17頁
   6)武田昌輔監修「DHCコンメンタール相続税法1」(第一法規1981年)743頁
   7)小林栢弘「個人年金保険(生命保険)に係る所得税及び相続税・贈与税について」週間税務通信2969号57頁
8)図子善信「課税処分取消訴訟に関する一試論」税法学562号53頁