平成22年3月修了者 

 荒井潔     家族間取引の所得税法56条の不適用について


  論文要旨(原本久留米大学図書館蔵)


 本論文は、個人課税主義をとる所得税法において、家族課税主義をのこした規定として問題視されている所得税法56条をテーマとしている。
 所得税法56条の趣旨は、家族の行う事業等から生計を一にする同居の親族が、「事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合」には、その対価に相当する金額は、事業所得等の必要経費に算入しないとするものである。
 平成15年7月16日東京地裁判決は、税理士である妻が弁護士である夫から税理士の顧問料の支払を受けた事例について、妻が従属的立場ではなく独立した関係で夫の事業から支払を受けた場合は、本状の適用はないと判示した。この見解は控訴審・上告審で従属的立場に限らないとして否定され、他の同様の事案でも否定されている。
 本論文は、東京地裁判決の論理が成立することを論証するものである。その根拠は、次のとおりである。
 @「従属する」の意義は、広く従属的立場を意味するものではないが、字義本来の意味には従属的の意を含むこと、A本条の改正前の規定は「親族たる従業者」の見出しが付されていたこと、B条文の文言から「従事」をあらゆる形態での仕事との関係を意味するとすれば、その他の事由の文言は不要となり、条文の校正からも従属的関係を指すと解されること
 この結論は、家族法の推移、シャウプ勧告での個人課税への変更と一定の留保、本条文制定の経緯を詳細に検討した結果に負うものである。
 このテーマについては、過去に反対の結論の論文もあったのであるが、本論文はそれも踏まえて別の結論を導いており、意義あるものである。









 塩塚万紀子  少額減価償却資産の取得価格の判定について  
              −NTTドコモ訴訟を素材としてー


  論文要旨(原本久留米大学図書館蔵)


 本論文は、電気通信設備の相互接続に関して、エントランス回線利用権を総額111億余円で取得した(株)NTTドコモ中央が、回線は15万3178であり、1回線72,800円であるとして全額を損金に算入した処理を、税務署長が否認した更正処分を争った判例を検討の対象としている。
 本事案については、下級審から最高裁まで、裁判所はこれを少額減価償却資産として111億余円の損金算入を認め、税務署長の更正処分を取消した。
 本論文の結論は、「1単位として取引されるその単位」を、その資産の単体での機能を基準に判断した裁判所の見解を誤りとし、それは有形固定資産についての基準として妥当であるが、権利そのものや、抽象的内容の無形固定資産については、当てはまらないとする。結局、(株)NTTドコモ中央が取得したのは「電気通信役務の提供を受けつ権利」としての無形固定資産たる減価償却資産の電気通信施設利用権であり、1つの資産と判断すべきであるとする。これは、有体物についても電柱や枕木について1工事を1単位とする論理からも裏付けされる。また、減価償却の意義からも導かれるとする。
 多くの研究者が、不審に思いつつその不当を解明できなかった裁判所の見解に対する説得力ある反対説である。









 彌永幸輝   年末調整を受けていない確定申告の合法性について


  論文要旨(原本久留米大学図書館蔵)


 本論文は、給与所得者に対する源泉徴収制度をテーマとするものである。現在のわが国の所得税制度において、給与所得者に対する所得税は、源泉徴収により毎月の給与から天引きした金額を支払者が納付している。そして、毎月の徴収分と1年間の税額を合致させるために年末調整を行っており、このため、給与所得者の大半は所得税の確定申告を行う必要がない。これについて、近年、年末調整を受けず確定申告により年税額を毎月の徴収分との調整をする人が増加する傾向にある。
 本論文は、年末調整を拒否し、確定申告をすることが現在の所得税法上合法であるか否かを論証するものである。そのため、次の点を検討している。@年末調整をしないことの合法性、A年末調整を経ずに確定申告をすることの合法性、B源泉徴収税額控除の合法性、C確定申告で源泉徴収税額の誤りを清算することができないとの最高裁判例との整合性。そして、関連規定の詳細な検討により、いずれも合法であると論証している。
 年末調整を経ずに確定申告をすることは、実務上行われているが、それは事実上税務当局に判明しないことが原因であるとの認識が一般的である。しかし、本論文の結論では、年末調整をするか否かは任意であり、会社の年末調整を受けずに確定申告をすることはその納税者の選択に委ねられていることになる。また、逆にいえば支払者は、年末調整の義務はなく、支払者の判断で社員全員に確定申告をさせることも可能となる。
 その点、意義ある論文である。



論文リストに戻る。

トップページに戻る。