平成26年3月修了者
 
 熊谷麗名  権利確定主義と管理支配基準に関する一考察
         −所得税法36条1項「収入すべき金額」の解釈を中心にー

論文要旨(原本 久留米大学御井図書館蔵) 

 所得税法36条1項は、所得の計算上の収入金額(又は総収入金額算入金額)を、その年において収入すべき金額とすると定めている。これは、収入の計上年を定める規定であるが、所得計算のプラス要因の規定であるので、所得を規定する規定とも考えられる。その年において収入すべき金額とは、現行通達では、収入の基因となった行為が適法であるか否かを問わないと定めるが、旧通達では、その年において収入すべき権利の確定した金額と定めており、権利確定主義と呼ばれた。現在、この通達は廃止されているが、権利確定主義は判例・通達で支持されており、権利確定主義の例外として、不法収入等につき現実に利益を享受している場合に収入金額に計上するとの管理支配基準が適用されるとする。
 本論文は、この権利確定主義と管理支配基準の関係を考察するものである。
 このことは必然的に所得概念、所得の認識のあり方と関係するものであり、所得の法律的把握と経済的把握の理論と関係する。現在、経済的観察法、経済的な所得の把握は、無限定な実質課税の原則を認めることにつながり、否定的に捉えられているが、現行通達に見られるような管理支配基準を承認することは、所得の経済的把握を許すことにつながる。その観点から、本論文は所得概念を経済的な利得の帰属を外延とし、それが人の管理支配する利得であり所得とする。そのうち、最も強い管理が法的に保証された管理であり、権利の確定した利得であると位置づける。すなわち、管理支配基準の下で法的支配下にある範囲が権利確定主義による所得とする。法的基準は最も公平で明確な基準であるが、権利確定主義で捉えた所得の外の経済的支配下にある所得が管理支配基準による所得であるとする。
 本論文は、管理支配基準により所得の範囲が拡大することの歯止めとして、管理支配には「当事者の利得としての認識」を要件とすることを主張する。板橋事件最高裁判決は、この論理によると分析する。
  権利確定主義では権利の主体としてこのことは当然前提とされていることを考えると、権利の及んでいない範囲では少なくとも利得としての認識を要することは必要と思われ、傾聴すべき見解である。






近藤聡  所得税法56条の現代的意義に関する一考察
         −他税目の課税面への影響についてー

論文要旨(原本 久留米大学御井図書館蔵)

 本論文は、 所得税の所得の計算において、生計を一にする配偶者及び親族に対する対価の支払を必要経費に算入しないと規定する所得税法56条について考察するものである。
 この規定は、家族間での所得を分割する、シャウプ勧告の「要領のよい納税者」による抜け道封じのために設けられたものであり、現行税制の個人単位課税の原則の例外として、家族単位主義の考えに基づく規定である。この規定については、現状に合わないのではないかとの疑問が呈されている。
 この規定に対する疑問は、夫婦ともに弁護士でその間の業務に対する支払、弁護士である夫が税理士である妻に支払った場合等の、独立事業者間の支払にこの規定を適用することの合理性を問題とするものである。
 本論文は、所得税法における本規定の合理性を問題とすることを踏まえた上、税制全体の中での本規定の合理性を問題とする。ここで例示するのは、子の土地を親が賃借する事例である。権利金収受の慣行のある地域では、権利金の授受に代えて相当の地代を支払うことができる。相当の地代は、通常の地代と比べて高額であり、通常の場合はその収入は不動産所得として所得税が課税される。しかし、所得税法56条の規定により、この不動産収入は無かったものとされる。当然親の必要経費には算入されないが、子は、相当額の資産を親から無税で受けることとなる。これにより親の資産は減少し、相続があった場合は相続税の減少にもつながる。
 所得税法56条は、「要領のよい納税者」による抜け道封じの規定として設けられたが、この規定により相続税、贈与税を含めた税制全体の中では、「要領のよい納税者」に抜け道を提供している可能性がある。
 本論文は、抜け道となる可能性のある事例を設定して、税制全体の中での本規定の見直しを提言するものである。





権藤人生  所得区分についての一考察
        −馬券事件を契機としてー

論文要旨 (原本 久留米大学御井図書館蔵) 

 本論文は、継続的に大量の馬券を購入することにより多額の配当を受けた事案に関するいわゆる馬券判決(大阪地裁平成25年5月22日判決)を契機とした考察である。
 現在、馬券の配当は一時所得と解されているが、本判決では雑所得とされた。この妥当性を検討するに当たり、現在の包括的所得概念の下での所得区分の意味を追求し、その結果、雑所得の意義を他の所得区分と異なるものと結論した。従来の学説が雑所得は定義不能であり、定義しないことに意味があるとしていることから、包括的所得概念の下では、純資産の増加があったこと自体が雑所得に該当するとする。他の所得区分は、給与所得のような給与所得控除による軽減を必要とする場合、譲渡所得のように累進税率を緩和するために2分の1課税をする必要のある場合等何らかの調整を必要とする所得を区分するものとする。他の所得区分は、雑所得から一定の要件に該当する場合に分離された所得であり、したがって各要件は厳格に解する必要があるとする。
 馬券判決の配当の所得区分については、一時所得の要件である行為の非継続性、非対価性の要件を充足せず一時所得には該当しないとする。、事業所得性について、事業を厳格に解釈し、法人が馬券を購入することを禁止されていることも考慮に入れると、事業としての馬券の購入は認められず、事業所得にも該当しないとする。判決と論理過程は異なるが、結論は雑所得で妥当とする。
 馬券判決を契機として、雑所得を新たな観点から位置づけたことは意義あることと考える。その論理による馬券判決事案の判断も正当に成立すると考える。
 雑所得を所得の中心と考えることにより、所得を無理に他の所得に分類することを必要が無くなり、その観点からは現在の所得区分を見直す必要があるであろう。また、現在の雑所得に損益通算を認めていない制度は不合理なものとなる。





西山憂  ノンリコース・ローンに係る債務消滅益の取扱いについて
      −航空機リース関連の裁決例を中心にー

論文要旨(原本 久留米大学御井図書館蔵) 

 本論文は、責任財産のみを返済原資とするノンリコース・ローンにおいて、責任財産で返済できない場合の債務消滅益の所得税における所得区分を考察するものである。
 本論文で問題とした航空機リース関連裁決の事案の概要は次のとおりである。
 請求人は、借入金をもって航空機を購入しG社に貸し付ける航空機リース事業を行なう任意組合の組合員であり、組合はJ社を唯一の業務執行者として業務を行なっていた。J社は、K銀行から航空機購入資金としてノンリコースローンの方式により融資を受け、航空機を購入してG社にリースしたが、G社は倒産したためN社にリースしたが、そのリース期間中に組合はR社に対して航空機を売却し、資金の清算をした。本件各組合員は、航空機の売却代金の一部14,000,000dをもって借入金(返済日現在21,174,562d)の返済にあて、その結果、本件借入金の残債務7,174,562dの返済責任が、本件ローン契約に基づいて消滅した。
 請求人は、この債務消滅益を一時所得として所得税の申告をしたが、原処分庁が雑所得として更正処分等を行なったものである。
 裁決は、債務消滅益がノンリコース・ローンの契約条項により生じたものとして不動産所得性を否定し、営利を目的とする継続的行為である組合事業から生じたものとして一時所得性を否定し、雑所得とする処分を正当とした。
 本論文は、本裁決で問題として取り上げなかった譲渡所得該当性を考察するものである。すなわち、ノンリコース・ローンが特定資産と債権が緊密な関係にあること、いわば対価関係にある経済的実質を重視すべきとする。一種の代物弁済と捉えられる場合、この債務消滅益が譲渡所得に該当する可能性を示唆するものである。
 ノンリコース・ローンが、わが国の法制上独自の担保制度として立法されていないことから、本裁決事案では契約上債務消滅益と構成されるが、ノンリコース・ローンの契約の内容を工夫すれば、可能性のある見解と考えられる。