平成23年3月修了生
1 移転価格税制における独立企業間価格の算定にかかる一考察
―裁判例の検討を中心に―
桑原 良平
論 文 要 旨(原本 久留米大学御井図書館蔵)
本論文は、移転価格税制にかかる独立企業間価格算定を争った裁判例の検討を目的として作成した。当該制度にかかる独立企業間価格の算定については、複数の方法が租税特別措置法66条の4に規定されており、その方法選択についての争い、選択した方法の合理性についての争い、方法選択に関する立証責任についての争い、などを論点として扱っている。また、独立企業間価格が幅を許容するものであるかという点や、納税者が知りえない情報、すなわちシークレット・コンパラブルを用いた課税が認められるかという点も論点としている。
まず、第1章で移転価格税制の仕組みについて解説している。ここで独立企業間価格の算定方法についても説明している。また、当該税制の適用によって二重課税が課された場合の救済方法についても言及している。
第2章では、移転価格税制にかかる独立企業間価格算定を争った裁判例について、その事件の概要及び判旨について紹介している。
第3章では、その裁判例において争点となった論点について考察している。
算定方法の適否については、内部法と外部法のどちらが有用であるかという点については、内部法の方が有用と判示した判決に対して、事案ごとに判断すべきであるとの結論を示した。また、措置法が定める準ずる方法の解釈については、裁判所の判断が正しいが、課税庁の選定が恣意的にならないよう、慎重な判断が求められるとの結論を出している。
比較可能性に関しては、棚卸資産の性質、および取引における企業の機能の比較可能性が論点として取り上げられる。この点について、前者の問題に関しては裁判所の判断はどの事件においても妥当であると考える。後者の問題については、納税者の主張が容れられ厳格に判断した、ソフトウェア事件における東京高裁の判断が正しかったと考える。
算定方法の立証責任については、基本三法間の争い、基本三法に準ずる方法を用いる場合についても、納税者側に客観的証明責任が移行すると判示を解釈することは適当ではないとの結論に至った。
「幅」の論点に関しては、裁判所は理論上は想定可能なものはあるが、造船事件における納税者の主張は求められないとの結論を出した。
シークレット・コンパラブルについては、それを用いた課税が行われることは認められるが、課税庁が恣意的にならないように、不提出の要件の厳守の徹底や、納税者に対するシークレット・コンパラブル使用の告知等により納税者が著しく不利にならないように留意すべきと結論している。
2 法人税法における借地権課税に関する一考察
−キャピタルゲイン説による借地権課税の理論化ー
上田忠史
論文要旨(原本 久留米大学御井図書館蔵 久留米大学法学65号156頁掲載)
我が国においては、大都市又はその周辺部などで、借地権を設定する際に土地の使用の対価として権利金その他の一時金(以下、「権利金」という)を収受する慣行がある。法人税は、借地権の設定により、土地を使用させる場合において、その使用の対価として通常権利金を収受する取引上の慣行があるにもかかわらず、権利金を収受しなかったときは、その地主にいわゆる通常収受すべき権利金について認定課税が行われる。一方で、権利金の収受に代えて相当の地代を収受した場合、又は無償返還に関する届出書を税務署長に提出した場合には、権利金の認定課税は行われないことになっている。
この権利金の認定課税については、法人税法に具体的な明文の規定が存在せず、法人税法第22条第2項の「無償による資産の譲渡」を根拠とすることが有力な見解とされている。
法人税法第22条第2項の解釈の通説としては、適正所得算出説と呼ばれるものがある。適正所得算出説とは、「正常な対価で取引を行った者との間の負担の公平を維持し、同時に法人間の競争中立性を確保するために無償取引からも収益が生ずることを擬制した創設的規定である」(注1)と解するものである。
これに対して、キャピタルゲイン説と呼ばれるものがある。キャピタルゲイン説とは、「無償取引であってもその資産にキャピタルゲインが生じている場合に、これを収益と認識すべき旨を定めた確認的規定と解するものである。」(注2)との見解である。筆者は、キャピタルゲイン説に賛同する。なぜならば、無償取引をする場合において、何ら収益が発生していないところに課税するのではなく、キャピタルゲインが発生した場合に収益を認識して課税を行うことが、課税の公平において合理的であると考えるからである。すなわち、無償取引でも、そこには担税力があるといえる。
したがって、法人税法第22条第2項をキャピタルゲイン説で解する場合、借地権を無償設定した場合にキャピタルゲインが発生しているといえるかが問題となる。
一方、無償返還の届出制度は、大きく課税関係が異なるにもかかわらず、法律で規定せずに、その取扱いを通達で定めている。この無償返還に関する届出書を税務署長に提出した場合に限り権利金の認定課税を受けないとするのであるならば問題である。また、借地人が借地を無償で返還する契約は、借地借家法上は、無効とされているのにもかかわらず、税務上は有効な契約として存在している。このような通達で定めている規定を有効な法律行為として認めて良いのだろうか。
そこで、本稿では、法人税法における借地権課税の現行規定、学説、判例を通して、権利金の認定課税の法的根拠を明らかにするとともに、その法的根拠に基づき無償返還の届出制度について検討を行い、法人税法における借地権課税の理論的根拠付けを行うこととする。
注1 金子宏『租税法』257頁(弘文堂、第14版、2009年)。
注2 図子善信「法人税法第22条2項の無償取引の解釈について―本規定は租税回避の否認規定か―」税大ジャーナル4号22頁(2006年)。
この他に、無償取引による収益の認識については、有償取引同視説(二段階説)、同一価値移転説がある。