神奈川県臨時特例企業税最高裁判決について
久留米大学大学院客員教授
図 子 善 信
はじめに
本判決に反対である。
本判決(最高裁平成25年3月21日第一小法廷 以下同じ。)は、事業税を所得課税と解しているようであり、そのことが本件条例(神奈川県臨時企業税条例 平成13年条例第37号 以下同じ。)を違法・無効とする結論に導いていると考える。また、本件条例の制定の経緯を問題視するが、制定の経緯より実定法の法文を重視すべきと考えるので、以下、法文を中心に検討を試みる。
一 判決の要旨
1 控訴審判断の否定部分
本判決は、控訴審判決(東京高裁平成22年2月25日判決 以下同じ。)の次の判断を否定した。
(1)地方税法は、法人事業税について、欠損金の繰越控除が全国一律に必ず実施されなければならないほどの強い要請であるとまではしておらず、欠損金の繰越控除を時限的に認めない制度を条例で創設することは、許容される。
(2)特例企業税は、単に法人事業税と異なる外形を整えただけのものではなく、法人事業税を補完する別の税目として併存し得る実質を有し、地方税法と矛盾抵触しない。
2 本判決の結論と理由
控訴審判決を否定する本判決の理由の要旨は次のとおりである。これにより、本判決は、本件条例の規定が、法人事業税に関する地方税法の強行規定と矛盾抵触するものとして違法、無効とした。
理由1
条例が法律に違反するかどうかについて、徳島市公安条例判決(最高裁昭和50年9月10日大法廷判決・刑集29巻8号489頁 以下同じ。)を引用し「条例が国の法令に違反するかどうかは、両者の対象事項と規定文言を対比するのみでなく、それぞれの趣旨、目的、内容及び効果を比較し、両者の間に矛盾抵触があるかどうかによって決しなければならない。」とする。
理由2
地方税法の定める法定普通税についての規定は、「任意規定ではなく強硬規定であると解されるから、普通地方公共団体は、地方税に関する条例の制定や改正にあたっては、同法の定める準則に拘束され、これに従わなければならないというべきである。」とする。さらに、「法定外普通税に関する条例において、同法の定める法定普通税についての強硬規定に反する内容の定めを設けることによって当該規定の内容を実質的に変更することも、これと同様に、同法の規定の趣旨、目的に反し、その効果を阻害する内容のものとして許されないと解される。」とする。
理由3
欠損金の繰越控除制度の意義について、最高裁昭和43年5月2日第一小法廷判決を参照して、法人税法の欠損金の繰越控除と同様に、法人事業税の欠損金の繰越控除を認めるのも、「各事業年度間の所得の金額と欠損金額の平準化を図り、事業年度ごとの所得の金額の変動の大小にかかわらず法人の税負担をできるだけ均等化して公平な課税を行うという趣旨、目的から、地方税法の規定によって欠損金の繰越控除の必要的な適用が定められているものといえる」とし、「仮に条例にこれを排除する内容の規定が設けられたとすれば、当該条例の規定は、同法の強行規定と矛盾抵触するものとしてこれに違反し、違法、無効であるというべきである。」とした。
二 解説
1 争点
本判決は、条例と法律の抵触関係について、理由1のとおり違法か否かの判断基準を控訴審と同じ徳島市公安条例判決の基準によるべきとした。同じ基準を用いる両判決が、結論を異にした理由は次の点にある。
争点1 地方税法の禁止の有無
控訴審判決は、地方税法の規定を緩やかに解し、法定外税条例で地方税法の定めと異なる内容を定めることを許容していると解するのに対し、本判決は、地方税法の規定を厳しく解し、法定外税条例で異なる規定を設け実質的に内容を変更することを禁止していると解する。
本判決の理由2によると、法定外税条例により「強硬規定に反する内容の定めを設けることによって当該規定の内容を実質的に変更すること」が許されないとする。しかし、法令に違反する条例は地方自治法14条により当然無効であるので、「強行規定に反する」の意味は強行規定の内容と異なる内容との意味であろう。それが、法令に違反するか否かは、強行規定が、異なる内容を定めることを禁止しているか否かの問題となる。
すなわち、事業税に関する地方税法の規定は、法定外税条例によって異なる内容を定めることを全面的に禁止しているか否かが第一の争点である。
争点2 課税の公平
本判決の理由3は、欠損金の繰越控除を認める規定は公平な課税を行うために地方税法に設けられており、これを排除する条例は地方税法の規定と矛盾抵触するとする。控訴審判決は、欠損金の繰越控除を認めない条例は、地方税法の規定と矛盾抵触せず法律を補完するものとした。
すなわち、第二の争点は、欠損金の繰越控除が課税の公平のために必要なものであるか否かの問題である。
2 検討
(1) 争点1の検討
ア 地方税法の規定
地方税法(平成15年法改正前 以下同じ。)72条の12は、法人の行う事業に対する事業税の課税標準を、一定の法人を除き「各事業年度の所得及び清算所得による。」と定める。そして、地方税法72条の14は、「第72条の12の各事業年度の所得は、各事業年度の益金の額から損金の額を控除した金額によるものとし、この法律で特別の定めをする場合を除くほか、当該事業年度の法人税の課税標準である所得の計算の例による。」と定める。
以上のとおり、地方税法自体が、所得計算の細目を定めているのではなく、特別の規定を除き、法人税の所得の計算の例によると定めるのみである。
イ 「例による」の意義
事業税の所得の計算は、地方税法72条の14の規定の「例による」に従っているのであるが、「例による」の意味は、林修三氏の「法令用語の常識」(注1)によれは、次のように解説されている。
「あることがらについて、他の法令上の制度とか、他の法令上の規定を、そのままの形で、又は多少のモディファイした形で、あてはめようという場合には、通例、「何々については、何々の規定を適用する」とか、「何々については、何々の規定を準用する」という立法技術が使われるが(25頁の「準用」参照)、さらに広く、ある法律上の制度とか、又は法令の規定を、包括的に、他の同種のことがらにあてはめようという場合には、よくこの「例による」という用語が用いられる。」
そして、「国税滞納処分の例による」について、これは、国税徴収法、同法施行令、同法施行規則などの中の国税滞納処分に関する規定を包括的に準用する趣旨をあらわしているとする。
先の引用文における「準用」については、同書25頁で「「『準用』というのは、本来はaという事項(又は人、事件等)について規定しているAという法令の規定を、多少aに類似するが本質上これと異なるbという事項に、多少読替えを加えつつあてはめることをいう。」と述べる。
すなわち、「例による」とは包括的に準用するとのことであるが、本質が異なる場合には多少読み替えを加えつつあてはめることをいうのである。地方税72条の14の「法人税の課税標準である所得の計算の例による」との規定は、事業税が法人税と本質を異にすれば、多少の読替えを許す規定である。
ウ 小括
地方税法72条の14は、所得の金額を各事業年度の益金の額から損金の額を控除した金額によるものとしている。そして、それ以外の所得計算に係る規定を定めることはせず、特別の定めを除き包括的に法人税の所得計算の規定を準用することを定めている。これは、場合によっては法人税の課税計算と異なる計算方法を認めることである。そうであると、事業税に関する地方税法の規定は、少なくとも所得の計算に係る内容について、法定外税条例によって異なる内容を定めることを、全面的に禁止しているものとはいえない。
(2) 争点2の検討
事業税に関する地方税法の規定が、所得の計算方法について法定外税条例により異なる内容を定めることを全面的に禁止していないとすれば、欠損金の繰越控除を認めない内容を禁止しているか否かについて、欠損金の繰越控除が課税の公平のために必要か否かを検討する必要がある。
ア 欠損金の繰越控除
本判決の理由3で参照する昭和43年最判は、法人税に係るもので、引用された判示は法人税における欠損金の繰越控除についてのものであり、事業税に係るものではない。
法人税法5条は、「内国法人に対しては、各事業年度(連結事業年度に該当する期間を除く。)の所得について、各事業年度の所得に対する法人税を課する。」と定めている。法人税の課税標準は事業税と同じ所得であるが、担税力の対象である課税客体も法文上所得とされている。
増井良啓教授は、法人税の課税ベースを「株主の眼からみたリターン」としている(注2)。そして、「株主が100を出資し、会社の事業活動の結果、それが300に増殖したとする。このとき、株主の眼からみて『もうけ』に相当するのは200であるから、この200が法人税の課税ベースになる。」(注3)とする。このように所得とはその事業年度の純資産の増加であり、法人税は資本の増殖部分に対して担税力を認めるものである。したがって、所得に対する税を負担することにより資本を毀損することは、有ってはならないのである。富岡幸雄教授は「一会計期間に生じた欠損金額(純事業損失)は、その爾後の会計期間において嫁得された利益によって補填され、これにより企業の資本が維持されていくのである。」(注4)とし、欠損金を補填した後において生じた所得こそが、まさに、租税負担能力を有し、課税適状にある所得であるとする。
法人税は、所得課税であることから欠損金の繰越控除は必須であり、法人税法が、欠損金額と所得とを平準化することを定めていることは、法人税の本質から合理的であり、それに反することは不合理であり公平を欠くと解することは正当である。
イ 事業税の課税客体
地方税法72条1項は、「事業税は、法人の行う事業並びに個人の行う第一種事業、第二種事業及び第三種事業に対し、法人にあっては所得及び清算所得又は収入金額、個人にあっては所得を課税標準として事務所又は事業所所在の道府県において、その法人及び個人に課する。」と定めていた。すなわち、課税客体は事業であり、その課税標準が法人にあっては原則として所得である。
課税客体が事業であるということは、一定の資産を有し、一定の従業員を雇用して、一定の収益を挙げていると認められる事業の存在そのものに担税力を認めるものである。事業の規模が大きければ担税力も大きいと考えられるので、課税客体を課税標準で表す場合に、事業規模を反映する事業関連の数値を用いる必要がある。地方税法72条の12は、課税標準を各事業年度の所得と定めていた。事業規模を表す指標として、各事業年度の所得は一つの有力な指標である。しかし、事業の規模を所得で表わすことが、完全であるとはいえないであろう。平成15年の法改正により法人事業税に所得割、付加価値割、資本割が導入されたのはこのような不備を是正するためであった。
ウ 事業税の損金算入
法人税の所得の計算上、事業税は固定資産税等と同様に費用として損金に算入される。しかし、所得を課税客体とする税は、法人税、住民税のように所得計算上損金不算入とされる。所得に負担を求める税を所得計算上に反映させることは不合理だからである。事業税や固定資産税のように損金に算入される税は、所得の有無に関わらず負担を求めるのが本質である。
エ 小括
欠損金の繰越控除は、法人税にとっては所得計算に本質的なものであり、それを否定することは課税の公平を害することになる。しかし、事業税の課税客体は所得ではなく事業であり、これは租税制度全体の中で明確に位置付けられている。課税標準としての所得は事業規模を示す外形であるので、事業が存続しながら所得が0として事業税を負担しないのは不合理であり、まして過年度の欠損金を規模を示す課税標準のマイナスで評価することに合理性は見いだせない。
したがって、欠損金の繰越控除は事業税にとって本質的に必要なものではなく、それを行わないことが課税の公平を害することにはならない。
4 結論
(1)本件条例に対する判断
すでに述べたとおり、事業税に関する地方税法の規定は、法定外税条例により異なる内容を定めることを、全面的に禁止しているものとはいえない。また、欠損金の繰越控除については、事業税にとって欠損金の繰越控除は本質的に必要なものではない。そうすると、事業税に関する地方税法の規定が、欠損金の繰越控除を認めない法定外税条例を禁止していると解することはできない。
したがって、本件条例は、地方税法の事業税に関する各規定と、その趣旨、目的、内容及び効果の点で矛盾抵触するとは言えず、法令に違反するものではない。
以上により、本判決の結論は正当でないと考える。
(2)法定外条例に対する判断
本判決は、法定外税条例により、法定税の準則である「当該規定の内容を実質的に変更すること」は、地方税法の規定の「趣旨、目的に反し、その効果を阻害する内容のものとして許されない」とする。すなわち、実質的変更とは、「趣旨、目的に反し、その効果を阻害する内容のもの」を意味するのである。したがって、趣旨、目的に反せず、その効果を阻害しない内容の法定外税条例は、形式的変更として許されるのである。すなわち法律が禁止している内容を定めることを実質的変更とし、禁止しているか否かの判断基準は、徳島市公安条例判決の基準によるのである。したがって、本判決は、法定外税条例について従来の基準を特に狭めるものではないと考える。解りにくい表現ではあるが、その判断は正当と考える。
おわりに
本判決は、事業税の本質についての認識の相違により本稿と結論を異にするが、法定外税を全面的に認めない内容のものではないと考える。地方公共団体は、地方税法が何を禁止しているかを十分検討して、法律の範囲内で独自税の創設を進めるべきであろう。
神奈川県の特例企業税条例は、多くの識者が不審に感じていた事業税における欠損金の繰越控除制度を補完するものであり、納税者の負担を伴うものではあるが、法律の範囲内の条例として、立法府たる地方議会の裁量の範囲内であったと考える。
なお、本判決に以上のような疑問点があることからも、本判決に対する県当局の対応は限定的であるべきであり、判決後に県当局が行った全納税者に対して10年間遡って誤納金を返還する措置には賛成できない(注5)。
注1 林修三著 法令用語の常識 第3版 日本評論社 1995年 31頁
注2 増井良啓 「法人税の課税ベース」 金子宏編 租税法の基本問題 有斐閣 476頁
注3 増井良啓 同 478頁
注4 富岡幸雄著 「税務会計学原理」 中央大学出版部 2004年 915頁
注5 図子善信 「新しい納税者救済としての国家賠償請求訴訟を考える」 税 ぎょうせい 67巻10号 51頁