譲渡所得と所得概念
平成27年9月11日 専修大学
日本税法学会関東地区研究会報告
「東京地裁平成26年7月9日判決(ゴルフ会員権の譲渡損の成否)
に関連する諸問題について」
図 子 善 信
1 事実関係
(1) 概要
預託金会員制のゴルフクラブの会員権を有していた原告P1、P2は、平成19年に会員権を譲渡し、この譲渡により生じた損失の金額があるとして、所得税法69条1項の規定により損益通算して同年分の所得税の確定申告をした。この申告に対し、S税務署長は、本会員権の譲渡は、譲渡所得の起因となる資産の譲渡には該当しないとして、損益通算を認めずに更正処分と過少申告加算税の賦課決定の処分をした。
(2) ゴルフ場の経営状況
イ K緑営株式会社(以下「K緑営」という。)は、Mゴルフクラブ(以下「本件ゴルフ
クラブ」という。)という預託金会員制のゴルフクラブを設け、平成4年からゴルフ場を経営していた。K緑営は、ゴルフ場の土地及び建物を株式会社S社(以下「S社」という。)に信託し、平成4年及び平成5年に信託を原因とする所有権の移転登記がされた。
ロ K緑営は、平成18に株式会社Uゴルフ倶楽部(以下「U社」という。)と運営受委託契約を締結し、平成18年末からU社が、Uゴルフ倶楽部として運営を行っていた。
ハ K緑営の債権者である合同会社A社(以下「A社」という。)は、東京地裁に対しS
社、K緑営及びK緑営の関連会社Mを被告とする訴訟を提起していたところ、当該訴訟については、平成19年9月19日に以下の内容による裁判上の和解が成立した。
@ K緑営は、A社に対して、27億1185万円及びこれに対する遅延損害金の支払義務があることを認める。AS社は、A社に対し、@の金員の支払いに代えて、平成19年9月28日限り、信託に係る不動産の所有権を譲り渡し、A社はこれを譲り受ける。この代物弁済は同日付で効力を生じるものとする。BA社、U社及びK緑営は、本件和解成立時点におけるK緑営のゴルフクラブ会員に対して、本件不動産に所在するゴルフ場(Uゴルフ倶楽部)における本件和解調書添付の「プレー権内容一覧」記載のプレー権を保証することを相互に確認する。プレー権内容一覧には、a本件ゴルフクラブの会員について、Uゴルフ倶楽部におけるプレー権会員としてプレー権を保証する。bプレー権会員は、一代限りの会員として取り扱う。c新年度分(平成19年11月開始)の会費の納付を確認した時点で、新会員証を発行する(発行手数料の徴収あり)。d プレー権会員は一代限りの会員であることから、名義変更・登録者変更は認めない。
平成19年11月1日から施行されたUゴルフ倶楽部の会則には、本クラブの会員は、正会員、プレー権会員、特別会員とすること、プレー権会員については、預託金返還請求権を有しない会員であること、正会員又はプレー権会員である全日会員は、本倶楽部のゴルフ場施設をU社が定める特別料金により、原則として優先的に利用することができること、プレー権会員の権利は、一身専属的な倶楽部利用権に限られることが、定められている。
(3)会員権の譲渡
イ 原告P2の父P7は平成元年、本件ゴルフクラブの個人正会員の会員権をK緑営に2012万円を支払って取得し、原告P2は、平成15年に相続により本件ゴルフクラブの会員権を取得した。原告P1は、平成19年4月20日、訴外P6から本件ゴルフクラブの個人正会員の会員権2口を220万円で取得した。
ロ 原告P1は、平成19年10月25日、仲介業者であるP6に対し、本件ゴルフク
ラブ会員権2口を合計2万円で譲渡し、仲介手数料として4万円を支払った。原告P2は、同日、P6に対して、本件ゴルフクラブ会員権3口を合計3万円で譲渡し、仲介手数料として6万円を支払った。以下、原告らがP6に譲渡した会員権を「本件会員権」という。
(4)課税関係
S税務署長は、P1に対し税額8万3400円の増額更正処分、P2に対し191万5600円の増額更正処分及びそれらに対する過少申告加算税の賦課決定処分を行った。
2 争点
本件会員権の譲渡は譲渡所得の基因となる資産の譲渡に該当するか。
(1) 原告の主張
本件譲渡当時における本件会員権には優先的施設利用権が認められ、譲渡所得の基因となる資産であった。
(2) 被告の主張
預託金会員制ゴルフ会員権は、ゴルフ場設備の優先的利用権、預託金返還請求権及び年会費納入義務等を含む契約上の地位であり、この譲渡は法33条の資産の譲渡に該当する(所得税基本通達33−6の2)。一方、金銭債権は、譲渡所得の基因となる資産には該当しない(所得税基本通達33−1)。本件会員権にはゴルフ場の優先的施設利用権は含まれておらず、預託金返還請求権のみが譲渡されたものと認められるから、本件譲渡は金銭債権の譲渡であり、譲渡所得の基因となる「資産の譲渡」には該当しない。
4 判決の要旨
(1)「本件において、被告は、預託金会員制ゴルフ会員権の譲渡は譲渡所得の基因となる資産の譲渡に該当するとする一方、上記のゴルフ会員権に係る預託金の返還の請求権を含む単なる金銭債権は上記の資産の譲渡には該当しないと主張しており、原告らも、上記の一般的な考え方については格別争っていない。」
(2)「事実関係によれば、A社は、平成19年9月28日、K社から本件不動産の信託を受けていたS社から、本件代物弁済により、本件不動産の所有権を譲り受け、同日、本件不動産について、A社を賃貸人、U社を賃借人とし、期間を同日から平成21年12月31日までとする賃貸借契約が締結されたものであって、その結果、従前はK社との間で運営受託方式により本件ゴルフクラブの運営を行っていたU社は、上記の平成19年9月28日以後は、U社との間で新たに形成された権原ないし権限に基づいて本件ゴルフ場の運営を開始するに至ったものであり(なお、上記の趣旨は、K社及びU社から、本件ゴルフクラブの会員に通知されていたものである。)、遅くとも、上記の時点において、K社については、同社が本件ゴルフクラブの個人正会員等に対して負う本件ゴルフ場における優先的施設利用権に係る債務の履行は不能となったと認められる(括弧内略)。」
(3)「以上のとおり、本件ゴルフ会員権の譲渡は、譲渡所得の基因となる資産の譲渡に該当するとは認められない。」
5 問題点
(1) 本件会員権の譲渡時点で優先的施設利用権がなかったといえるか。
(2) なぜ債権が譲渡所得の基因となる資産に該当しないのか。
(3) 資産価値が0の場合、譲渡所得に該当するか。
(4) 譲渡所得に譲渡損を認める理論的根拠は何か。
(5) 譲渡所得は理論上課税すべき所得といえるか。
参考
所得概念
制限的所得概念 生産所得(生産要素による付加価値。移転所得を含まず。)
(譲渡所得を含まない。譲渡損失も控除しない。)
包括的所得概念 純資産増加説(移転所得を含む。)
所得額 = 純資産増加額+消費
所得額 = (資産増加額−資産減少額)+消費額
所得額 = 資産増加額−(資産減少額−消費額)
(消費とされる損失はないか。キャピタルロスはどうか。)
報告要旨
以下は報告の内容を整理したもので、当日の内容と異なる点がある。
1 判例紹介
平成26年4月以降は、ゴルフ会員権の譲渡損失は損益通算の対象から除かれたので、今後はこのような訴訟はないと思われる。ただ、譲渡所得を考えるきっかけとしては、適当と思われるので、報告する。
レジュメのとおり。
2 問題点
(1) 譲渡時点で優先的施設利用権がなかったといえるか。
本判決は、本件会員権の譲渡時点において、既にゴルフ場施設優先利用権は消滅していると認定し、預託金返還請求権は譲渡所得の基因となる資産に該当しないとの前提で、損益通算を認めない課税処分を正当とした。ゴルフ場施設優先利用権消滅の根拠は、K社の優先的施設利用権に係る債務が履行不能になったことにあるとする。
しかし、本件和解条項では、A社、U社、K緑営は本件ゴルフクラブ会員に対してプレー権を保証するとしており、少なくともU社の新しい会則が施行された平成19年11月1日前までは、和解条項に基づき、本件会員権に優先的施設利用権があったと解する余地があると考える。
(2)なぜ債権が譲渡所得の基因となる資産に該当しないのか。
本件会員権が、仮にゴルフ会員権として譲渡所得の対象にならないとしても、預託金返還請求権の譲渡として譲渡所得となる可能性がある。所得税基本通達では、金銭債権の譲渡は資産の譲渡に該当しないと定めているが、近年その解釈の合理性について疑問が呈されている。 金子宏教授は、この解釈は再検討する必要があるとし(金子宏 日本税務研究センター編 「譲渡所得の課税」平成14年6頁)、名古屋地裁平成17年7月27日判決も所得税基本通達33−1の合理性について疑問を払拭できないとする。
所得税基本通達33−1「譲渡所得の基因となる資産とは、法第33条2項各号に規定する資産及び金銭債権以外の一切の資産をいい、当該資産には、借家権又は行政官庁の許可、認可、割当て等により発生した事実上の権利も含まれる。」
債務者の弁済能力に問題がない場合は、金銭債権の価額は額面金額で固定されて値上がりは想定されず、その譲渡益は利子に相当するともいえる。しかし、近年多く見られるような、債務者の弁済能力に問題がある不良債権を額面より低額で購入し、それを転売するような場合は、その譲渡益を利子に相当するとはいえないであろう。
本判決は、原告が争っていないとして金銭債権の譲渡の譲渡所得該当性の判断を行っていないが、争えば一つの争点となることを示唆している。
国側も、裁判の終盤に譲渡が仮装のものと主張しているが、裁判所が金銭債権の譲渡所得を認めることを懸念して主張したのではないかと思われる。
(3)資産価値が0の場合、譲渡所得に該当するか。
以上のとおり、本判決の事実認定には疑問の余地があり、また金銭債権を譲渡所得の基因となる資産から除外することについても疑問がある。しかし、本判決が課税処分を正当とした結論は正しいと考える。
その理由の一は、本件会員権に優先的施設利用権があったとしても、その権利は一代限りとされ、譲渡が認められていないことにある。譲受人であるP6は、本件会員権をU社に対して主張できないのであり、少なくともゴルフ会員権の権利が移転したといえない。このような譲渡は、法33条の資産の譲渡の「譲渡」に該当しないと考える。理由の二は、本件会員権に経済的価値が認められないことにある。本件会員権にK社に対する預託金返還請求権が含まれていたとしても、K社の状況からその金銭債権の実質的価値は0といえる。譲渡所得の基因となる資産は、法36条(収入金額)が規定する収入すべき金額を生み出す資産、すなわち経済的な価値の存在する財産を指すものと解される。本件会員権の価格は1口1万円とされているが、仲介手数料2万円を支払っている。これは、本件会員権の価値が0であることを示している。価値が0又はマイナスである財産の譲渡が、法33条の「資産の譲渡」に該当するか否かの見解に接したことはないが、法33条、36条の法文から、収入すべき金額の存在しない資産の譲渡は、法33条の「資産の譲渡」に該当しないと解する。
例えば放射性廃棄物を1000万円払って譲渡した場合、
−1000万円−取得価額=−譲渡所得と計算するのか。
取得価額が2000万円受け取ったのであれば
−1000万円−(−2000万円)=譲渡所得1000万円と計算するのか。
それとも、価値マイナスの資産は譲渡所得の対象資産ではなく、1000万円は手数料として雑所得または事業所得の収入金額となるのか。(譲渡所得ではない。)
(4)譲渡所得に譲渡損失を認める理論的根拠は何か。
譲渡所得が各年のキャピタルゲインの清算としての所得であれば、キャピタルロスも清算控除すべきなのか。所得税法上、資産損失は事業用資産を除き所得計算上考慮されていない。
また、所得税法69条の規定にかかわらず、現行制度上譲渡所得の損益通算がほとんど認められない。これを不合理としないのは何故か。
(5)譲渡所得は所得なのか。
譲渡所得は、制限的所得概念では所得と認識されず、純資産増加説によりキャピタルゲインの清算所得として課税所得になると解されている。しかし、純資産増加説により清算所得説が導かれるとする論理には疑問がある。
3 参考の説明
所得概念 結局所得概念、所得とは何かが問題となる。
(1) 制限的所得概念 生産所得(生産要素による付加価値。移転所得を含まず。)
(譲渡所得を含まない。譲渡損失も控除しない。)
制限的所得概念では、譲渡所得は所得に入らない。自分の教科書にも制限的所得概念とは所得源泉説とも呼ばれ、「継続的に収入が発生する源泉に係るものを所得と捉えるものであり、一時的、偶発的な収入等を所得から除外する。」と書いているが、なぜそのように考えるかについて、疑問があった。しかし、競馬判決を検討することになり一時所得について調べた際、なぜ一時所得が所得とされなかったのかを知るため金子先生の本をもう一度読み返してみた。その本に初期の制限的所得概念は経済学の影響を受けていると書いてあった。
それで気が付いたのが、制限的所得概念の所得とは、生産要素(土地、労働、資本等)による生産活動によって新しく生じた付加価値である。付加価値であるからそれに課税しても再生産には支障がない。元手に課税すると経済活動が縮小してゆく。相続、贈与、富くじの利得は付加価値を生んでいないので、これに課税すると、資本元手を食いつぶすことになる。このような付加価値を生んでいない移転的所得は、所得と認識しないというのが、制限的所得概念である。これを所得源泉説と呼び、所得源泉から反復継続的に発生する所得に限定する説と解するのが一般であるが、反復継続性は制限的所得概念に必要なものではない。所得源泉説と呼ぶのは誤解を招く命名である。所得源泉説は、英語ではsource theoryと源理論と訳すべき用語であるが、ドイツ語ではQuellentheoorie と泉理論と訳すべき用語となっている。ドイツの用語が誤りであろう。現在ドイツでは市場を経由する利得を所得と認識する市場所得説が通説とされている。生産要素は財、資本、労働等の市場に投入されるので、制限的所得概念と同じと考えられるが、その考えを表すには生産所得説が妥当と思われる。一般的な市場を経由しない付加価値の創造がイメージできるからである。
すなわち、所得を生む生産要素の投入があったか否かが問題である。移転的所得は課税すべきでない。そういうことを考えると、制限的所得概念には合理性があると考える。
しかし、国とか社会全体とすれば制限的所得概念が合理性を有するとしても、各個人単位で考えれば、移転的所得も支払能力の増加、担税力の増加であり、それを所得と認識しないのは負担の公平の面から問題がある。その点で、包括的所得概念、純資産増加説は意味がある。
(2) 包括的所得概念
所得額=純資産増加額+消費額
包括的所得概念は純資産増加説(移転所得を含む。)と呼ばれる。そして、純資産増加説の所得について、所得額=純資産増加額+消費と説明される。そうであれば、通常の人にとって、所得の大半は消費であり、それを純資産増加説と呼ぶのは不適当であろう。したがって、所得額=純資産増加+消費額は次のように説明すべきである。
所得額 = (資産増加額−資産減少額)+消費額
所得額 = 資産増加額−(資産減少額−消費額)
純資産増加説のポイントは、資産増加額から消費を除く資産減少額を控除することにある。純資産の増減は所得計算上の要因ではなく結果である。所得はフローの概念であるので
より正確に表すと、次のとおりとなる。
資産増加収入−(資産減少支出−消費額)=所得額(収入、支出の用語は要因と同義とする。)資産増加収入には相続、贈与等の移転的収入も含まれ、資産減少支出には移転的支出も含まれる。その点は、制限的所得概念と異なる観点であり、高く評価できると考える。一方、他人に資産を贈与することを消費としなければ、所得の減算要因となる。移転的収入を所得の加算要因とするのであれば、扶養や他人への贈与等の移転的支出を所得の減算要因とすべきであろう。
すなわち、純資産増加説では、資産減少支出を消費とそれ以外に区分する基準がなければ、理論としては完成したことにならない。純資産増加説では、その基準は明確ではないと言えよう。消費の概念の明確化が必要であり、消費と損失の明確化が重要である。(2001年に金子宏教授他による「所得税における損失の研究」日税研論集47が、損失の研究の重要性を説いている。)
(3) 譲渡所得と生産所得説
譲渡所得の計算で資産増加額は資産の売却代金であり、資産減少額はその時に引き渡した資産の価額であり、ほぼ売却代金に相当する。しかし、譲渡所得の計算は、売却代金から取得費を減算することとされている。すなわち、資産減少支出額として取得価額を用いているが、これは純資産増加説の理論からは直接導けないのではないか。
資産増加収入=売却代金 資産減少支出=引渡資産の価額と解するのが当然であり、
売却代金−取得価額=過去のキャピタルゲインとなる。過去のgainに対する課税となる。
純資産増加説により、値上がり益は資産増加収入(要因)と解することは純資産増加説により導かれる。しかし、値上がり時点で課税せず、譲渡時点で清算課税することは、純資産増加説自体からは導かれない。純資産増加説では、その時減少した資産の価値を控除するのが原則である。したがって、譲渡所得課税は、過去に課税漏れとなった所得に課税する政策的な制度と考えられる。したがって、譲渡損をどこまで認めるかも政策的に決定すべきである。譲渡所得を清算課税するのであれば、譲渡損失も清算控除するのがシンメトリーで正当と考えるが、いずれも政策的に決定されてしかるべきと考える。
資産損失を減算要因としないのが現在の所得税の考え方とすれば、キャピタルロスも減算要因とするべきではなく、そうであれば、譲渡所得も一種の帰属所得と考えられ、課税すべきでないとの結論も可能である。
ただし、まさにキャピタルとして投資された資産については、そのgainは生産所得と考えられ、帰属所得に類するgainと区別され、課税対象とされるべきであろう。生活または消費のための資産と利益を得るための資産の値上がり益を同一に考えることに問題があるとも思える。それらについては、疑問の提起にとどめる。
4 結論
譲渡所得とは、理論的にあいまいな所得であり、課税、非課税は政策的な判断で決められている。そのことから、現行規定を解釈するについては純資産増加説理論ではなく、規定に忠実に解釈すべきであり、総収入金額の発生しない資産価値0の資産の譲渡を譲渡所得と認める必要はないと考える。