平成24年10月 税10月号 67巻10号13頁
新しい納税者救済としての国家賠償請求訴訟を考える

 新しい納税者救済としての国家賠償請求訴訟を考える
                         久留米大学大学院客員教授
                               図子善信

はじめに
 納税者が過大な税額を課税された場合に、どのようにして誤った課税により受けた損害を回復するかについて、税法理論にも課税実務にも大きい影響を与えると思われる最高裁判決が平成22年に行われた。それまでにも、浦和地裁判決 広島高裁判決等下級審では同様の内容の判決が見られ、その内容に従えば現行の制度に大きな変化をもたらすと考えられたが、反対の判決もあり、学説も否定的な傾向にあったため、最高裁の見解が待たれていたのである。
 この最高裁平成22年6月3日第一小法廷判決(注1)(以下「本最判」という。)は、課税処分を取り消すことなく国家賠償を認める内容となっている。このことは、従来の課税処分についての納税者の権利救済制度に関する学説や実務を覆すものであり、課税処分以外の行政処分についても極めて広範な影響を与えると思われた。しかし、この判決が出された後に、この判決に対応する行政側からの反応は見られないようである。この判決が法律の規定がないことを根拠に結論を導いているのであるから、必要な規定を設けるとか、この判決の納税者救済の趣旨を受け入れて不服申立期間を延長するような動きも見られないようである。なぜ本判決に対して行政当局の対応が静かであるのかは承知していないが、この判決の影響を限定的に受け止めているものと思われる。
 筆者は、本最判の結論について一部納得できないのであるが、司法の最終的な判断を軽視することにも賛成できない。
 本稿では、本判決の概要と、その法理論的な問題を検討するとともに、この判決が及ぼす影響と、それに対応する課税実務の在り方について考えたい。

T 誤課税の還付問題の経緯 
1 問題の発端 
 未だ地価の高騰が続いていた平成の始めごろから、全国の自治体で固定資産税の納税通知書に各資産の課税明細を添付する動きが広まり、その結果、納税者が誤課税(課税の誤り)に気付く機会が増加した。誤課税が明らかになれば、減額の賦課決定によりその誤りを是正し、過納額(過大な納付額)を還付することとなる。しかし、固定資産税の場合は長期間にわたり誤りが継続している例が多く、賦課決定の除斥期間を経過した年度の過納額をどのようにするかが大きい問題となった。「税」誌においても、平成4年7月号において「固定資産課税明細書の添付とそれに伴う誤課税問題への取組み」との特集を組んで問題を明らかにしている。
 この問題は、地方税法の定める誤課税に対する権利救済制度の限界により生じるものであるので、地方税法の定める救済方法を概説する。
(1) 不服申立と申立期間
 納税者が課税処分を受けたとき、その税額が過大であると思った場合は、不服申立てによりその処分の見直しを求めることができる(地方税法(以下「法」と記す。)19条)。ここで課税処分とは、普通徴収の方式をとる地方税において市町村長が税額を決める賦課決定(法364条3項)およびその決定を変更する賦課決定(法420条)等を、申告納付の方式をとる地方税の納税者が行った申告の税額を市町村長等が変更する更正(法321条の11第1項等)、または納税者が申告しなかった場合に市町村長等が税額を決める決定(法321条の11第2項等)等をいう。これらの課税処分は、法律に定める課税要件を充足することにより成立した納税義務すなわち租税債務の税額を決定する行為である。
 不服申立とは、課税処分に不服のある納税者が、課税庁(課税処分をした行政庁)に上級官庁がある場合に上級官庁に対して行う審査請求、または市町村長の課税処分のように上級官庁がない場合に処分庁に対する見直しの請求である異議申し立てである(行政不服審査法5条、6条)。
 不服申立は、行政機関が行政段階で処分を見直すものであり、それなりの意味はあるが、権利救済という点では裁判所の判断を求める要請は強いと思われる。そこで行政庁の処分については、裁判所に取消訴訟を提起することができる(行政事件訴訟法3条)。しかし、課税処分の取消訴訟は、不服申立前置が法定されており(地方税法19条の12)、不服申立てを行わずに課税処分の取り消しを求める訴訟を提起することはできない。
 そして、不服申立てを行うには、処分のあったことを知った日の翌日から60日以内でなければならず(行政不服審査法14条、45条)、この期間内に不服申立てを行わなかった場合は、不服申立てが違法として却下される結果、訴訟を提起することもできないこととなる。
(2) 課税庁からの是正の期間制限
 課税処分の税額が過大と思われるときに、課税庁が税額の過大を知った場合には、これを正当と思われる金額に減額する処分をすることとなる。減額の更正または賦課決定である。しかし、更正または賦課決定は、除斥期間(一定の期間を経過するとそれをすることができない期間)が法律で定められている。税額を減額する課税処分は、法定納期限の翌日から起算して5年を経過した日以後はできない(地方税法17条の5)。 固定資産税のように毎年度同じ財産に課税が行われる税につき長期にわたり誤課税が行われた場合、課税庁がその誤りに気付いたときには、減額の賦課決定により当初の税額を減額し、過納額を還付することにより納税者の不利益を回復することとなる。しかし、除斥期間の定めにより、法定納期限の翌日から5年を経過した期間の過納額については、減額の更正又は賦課決定を行うことができない。
(3)還付請求権の消滅時効
 減額の更正又は賦課決定は、当初の申告又は賦課決定が無効ではない場合に行われる。当初の税額の決定が無効であれば、減額の更正又は賦課決定をするまでもなく、納付した税額を誤納金として還付する必要がある。すなわち、当初の課税が無効であれば、除斥期間と無関係になんらの処分を要することなく、納付した誤納金の返還を請求することができる。しかし、この請求権については「その請求することができる日から5年を経過したときは、時効により消滅する。」と定められている(地方税法18条の3)。そしてこの時効の利益は放棄することができないと定められている(法18条の3第2項、18条2項)。   かつては、請求することができる日について、誤課税を知った日と解されており、「現場として言わせてもらうと何の不都合もなくて、誤課税を発見すればすぐ返していた。」と無効として5年以前にさかのぼって還付し、誤課税に基づく還付は比較的問題とならなかったようである(注2)。しかし、最高裁昭和52年3月31日判決において「請求することができる日」とは納付の日と解されたことから、誤課税における救済の方法が実質的に限定されたといえる。
2 期間経過後の是正方法
(1)返還要領による返還
 1のとおり、地方税法の定めるところでは、一方的に課税庁側に誤りがあった場合にも、除斥期間を経過した年度の過納額を還付できないことについて、納税者の納得を得にくいという事情があった。このため、この問題を解決するために神戸市と横浜市において研究会が設けられ、平成2年11月と平成2年12月にそれぞれ報告書が提出されている(注
 3)。
 先に出された神戸市の研究会の結論は、固定資産税の賦課という公権力の行使により生じた損害であるから、故意または過失が認められれば、神戸市は国家賠償法による賠償責任を負うものであるから国家賠償法に基づく返還が可能であり、過失の認定が困難な事例では、地方自治法232条の2(寄付又は補助)により見舞金としての返還が可能としている。
 後の横浜市の研究会の結論は、地方自治法232条の2(寄付又は補助)の規定に基づく支出が可能であるとしている。その理由は、課税の誤りについて市の社会的道義的責任は免れることはできず、納税者の不利益を補填することは行政に対する信頼回復の観点から必要であり、地方自治法232条の2の「公益上必要」に合致することとする。国家賠償法に基づく返還は、過失の認定が困難としている。
 理由に多少の相違はあるが、神戸市も横浜市も税の返還としてではなく、損害賠償あるいは寄付又は補助として納税者の損失を回復する措置を決めている。そして、その後多くの地方公共団体で「固定資産税及び都市計画税に係る還付不能額の返還等要領」のような要領(以下「返還要領」という。)を定め、これに基づいて一定の返還不能額の給付を行っている。多くは固定資産税及び都市計画税に限定しているが、それ以外の税を含む例もある。返還不能額については、「過誤納金相当額であって、地方税法第17条の5第3項に規定する賦課決定の期間制限又は同法第18条の3第1項に規定する還付金の消滅時効の適用により還付できないもの及びこれに係る納付済みの延滞金」とするのが典型である。
 この返還要領は、地方税法の定めに反する内容である点で、その正当性に疑問があったと考える(注4)。
 しかし、現在、多くの地方公共団体で、このような返還要領に基づき一定の金銭の給付を行っているのが実情であり、地方公共団体の税務行政の在り方としてやむを得ないものとして承認されているといえる。
(2) 国家賠償請求訴訟
 神戸市の研究会が指摘するように、国家賠償法1条は、「国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」と定めており、誤課税がこの規定に該当するとすれば、地方公共団体は損害賠償の義務があることになる。
 国家賠償請求権の時効は、国家賠償法4条の規定により民法が適用され、民法724条の規定により、被害者が損害及び加害者を知った時から3年、不法行為の時から20年とされている。したがって、誤課税に気付いて3年以内に国家賠償を請求すれば、20年の時効が適用され、賦課決定の除斥期間以前の期間についても、課税処分によって受けた損害の賠償を請求できることとなる。
 しかし、これにはついては、次のような問題があった。
 もし、課税処分が無効であった場合は、法的には課税処分は無かったのと同様であるので、過納額を損害として損害賠償請求することは法的には問題がない。また、無効の主張は不服申立前置の必要はなく、何時でも、どのような裁判でも主張することができ、裁判所も自由に無効の認定をすることができる。しかし、課税処分は行政法学上の行政行為であり、行政行為の無効は、その行為に重大かつ明白な瑕疵があることを必要とすると解されている。そして、課税処分について、重大かつ明白な瑕疵が認定される例は極めて少なく、固定資産税の誤課税について無効と認定できる例は少ないと考えられてきた。
 課税処分が無効でなかった場合は、次のような問題がある。
 一般に行政法学においては、行政行為には公定力が認められると解されている。すなわち、行政行為は、行為を行った行政官庁がその行為を取消すか、行政行為に対する不服申立または取消訴訟(以下「取消訴訟等」という。)において取り消されていない限り、その行政行為の効力は否定されないとされる。すなわち、取消訴訟等で取り消されていない以上、課税処分の効力は、納税者は勿論、第三者や他の行政庁、または取消訴訟以外の訴訟の裁判所も否定できないと考えられてきた。そうすると、取り消されていない課税処分の効力を、国家賠償請求の訴訟で否定することはできないこととなり、国家賠償請求はできないと解されてきた。
すなわち、過納額を損害と認定することは、課税処分の公定力を否定することになるという問題である。
 さらに、公定力を否定して損害賠償を認めた場合、課税処分についての取消訴訟等の制度によらず、同様の税額の還付を損害賠償により実現することができる。それが20年遡って認められるとすれば、課税処分について取消訴訟等を制度化し、不服申立期間を設けて租税法律関係の早期確定を意図する制度の趣旨がその意味を失うこととなる。国家賠償請求を認めることは、課税処分についての取消訴訟等の制度を潜脱することになるとの問題である。
 以上の二つの問題から、課税処分について国家賠償による損害賠償はできないと考えられたことが、法律の予定しない返還要領による返還が一般化した一つの理由である。
 しかし、このような国家賠償否定説に対して、本最判は国家賠償を認める肯定説の見解
に基づき判決しており、その論理が興味深いところである。
 このような課税処分につき国家賠償を認める判決は、下級審では近年比較的みられるものであったが、その最初の判決が八潮市の固定資産税事案についての浦和地裁平成4年2月24日判決である。
(3)浦和地裁平成4年2月24日判決(注5)(八潮市事件)
 この事案は、八潮市が、固定資産税について住宅用地の特例(200平方メートル以下六分の一)を適用するについて、条例により住宅用地所有者の申告を定めていたが(法384)、その申告の無かった所有者の住宅用地について、住宅用地の特例を適用しないで固定資産税を賦課した処分について、国家賠償請求がされたものである。
 本判決の要旨は次のとおりである。
@ 「右固定資産税の賦課決定を当然無効と解することはできない。」
A 「被告の市長が右申告をしなかった原告らを含む納税義務者に対して、ほかに調査のためのなんらの手段を講ずることもなく、市長が右固定資産税の賦課決定をしたことには過失があり、これが租税法規に違反してされた点で違法性を有するものであることは多言を要しない。」
B 取消訴訟との関係について、「これは専ら租税の賦課処分の効力を争うものであるのに対して、租税の賦課処分が違法であることを理由とする国家賠償請求は租税の賦課処分の効力を問うのとは別に、違法な租税の賦課処分によって被った損害の回復を図ろうとするものであって、両者はその制度の趣旨・目的を異にし、租税の賦課処分に関することだからといって、その要件を具備する限り国家賠償請求が許されないと解すべき理由はない。」とする。
C 「原告らは、被告の市長がした固定資産税の賦課決定により法定の納税義務の限度を超えた納税をし、その超過部分に相当する損害を被った。」
 本判決の注目すべき点は、賦課処分を無効でなく有効と認めつつ、法定の納税義務の限度を超えた納付税額があるとして、それを損害と認定した点である。これは従来の行政行為の公定力の理論を否定するものである。
 本判決は上訴されること無く確定し、この判決の論理が上級審で判断されることは無かった。八潮市としても、判決を得ることにより当該超過分の返還を正当化したものと思われる。
 浦和地裁の判決の後にも、同様の内容の判決が見られるようになった。
 平成6年広島地裁判決(注6)とその控訴審である平成8年広島高裁判決(注7)、平成17年神戸地裁判決(注8)とその控訴審である平成18年大阪高裁判決(注9)等である。
 一方、浦和地裁判決後も、無効でない課税処分について国家賠償を認めることは公定力および取消訴訟等の権利救済制度に反するとするとし、国家賠償を認めない判決もある。平成21年名古屋地裁判決(注10)(この控訴審判決は課税処分を無効と認定し損害賠償を認める。)、今回の本最裁の下級審である平成20年名古屋地裁判決(注11)および平成21年の名古屋高裁判決(注12)等である。
 本最判は、下級審での対立する見解に対する初めての最高裁の判断を示す判決であり、重要な意義を有するものである。

U 注目される最高裁判決の概要
 本最判の事案(以下「本件事案」という。)は、倉庫を所有する原告が、本件倉庫に係る固定資産税及び都市計画税(以下両者を併せて「固定資産税等」という。)を、名古屋市港区長の賦課決定に従って納付したが、倉庫の価格につき冷凍倉庫用の経年減点補正率を適用しなかった違法があり、これによって原告は損害を被ったと主張して、被告名古屋市に対し、国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を求めた事案である。
 本件事案を検討する前に、固定資産税等の課税の仕組みを説明し、その後本件事案の詳細を見ることとする。
1 固定資産税等の課税の仕組み
(1)課税標準等
 固定資産税の課税客体は、市町村内に所在する固定資産(土地、家屋及び償却資産を総称する。)であり、原則として固定資産の所有者に課する(地方税法342条、343条、市条例34条、40条)。家屋に対する固定資産税の課税標準は、当該家屋の基準年度(本件の場合は昭和33年度から起算して3の倍数の年度を経過したごとの年度)の賦課期日(1月1日)における価格で家屋課税台帳に登録されたもの(地方税法349条、市税条例34条、40条)である。価格とは、適正な時価をいう(地方税法341条5号)。
 基準年度の翌年度の第二年度、その翌年度の第三年度の課税標準は、原則として基準年度と同じである(地方税法349条、市税条例34条)。
 都市計画税は、市町村の都市計画事業等に要する費用に充てるために市町村が課す目的税であり、都市計画税の課税標準は、固定資産税の課税標準と同じである(地方税法702条)。
(2)固定資産税等の賦課徴収手続
 ア 固定資産税の課税標準の決定
 固定資産税の課税標準は、基準年度の賦課期日の価格すなわち時価である。しかし、固定資産の時価は明らかではないので、原則として総務大臣が定める固定資産評価基準により、市町村長が決定し課税台帳に登録した価格が課税標準となる。この登録は3月31日まで(平成14年地方税法改正前は2月末まで)に行われ、同時に土地価格等縦覧帳簿および家屋価格等縦覧帳簿を作成し固定資産税の納税者の縦覧に供しなければならない(地方税法416条)。固定資産税課税台帳に登録された価格に不服がある納税者は、固定資産評価審査委員会に公示の日から納税通知書の交付を受けた日の60日後までに審査の申し出をすることができる(地方税法432条1項)。価格についての不服については、この固定資産評価審査委員会への審査の申し出に限られ、価格についての不服を賦課についての不服の理由とすることはできない(地方税法432条3項)。
イ 徴収方法
 固定資産税の賦課徴収は、普通徴収の方法、すなわち、徴税吏員が納税通知書を納税者に交付することによって徴収する。都市計画税の賦課徴収は、特別の事情がある場合を除き、固定資産税の賦課徴収と併せて行うものとされている(地方税法702条の8、市税条例92条)。納税者は納税通知書を受けて税額を知るのが通常である。
ウ 財産評価の方法
 固定資産評価基準の定める家屋の評価方法は、次のとおりである。
 木造家屋及び非木造家屋の区分に従い、各個の家屋に評点を付設し、その評点数に評点1点当たりの価額(名古屋市においては1.10円)を乗じて各個の家屋の価額を求める。非木造家屋の評点数は、原則として、当該非木造家屋の再建築費評点数を基礎とし、これに損耗の状況による減点補正率を乗じて付設する。非木造家屋の損耗の状況による減点補正率は、経過年数に応ずる減点補正率による。天災、火災等により経過年数の応ずる減点補正率によるのが適当でないと認められる場合は、損耗の程度に応ずる減点補正率による。経過年数減点補正率は、通常の維持管理を行うものとした場合において、その年数の経過に応じて通常生ずる減価を基礎として定めたものであって、非木造住宅の構造区分に従い、「非木造家屋経年減点補正率基準表」(以下「本件基準表」という。)に示されている経年減点補正率によって求めるものとされている(固定資産評価基準2章3節五)。本件基準表は、7種類の用途別に区分され、用途別区分7については3つの用途別に区分され、それぞれの中で建物の構造別にさらに区分されている。区分7の内容は次のとおりである。
 7 工場、倉庫、発電所、変電所、停車場及び車庫用建物
(1) 一般用のもの((2)及び(3)以外のもの)
(2) 塩素、塩酸、硫酸、硝酸その他著しい腐食性を有する液体又は気体の影響を直接全面的に受けるもの、冷凍倉庫用のもの及び放射性同位元素の放射線を直接うけるもの
(3) 塩、チリ硝石その他著しい潮解性を有する固体を常時蔵置するためのもの及び著しい蒸気の影響を直接全面的に受けるもの
2 本件事実関係
 原告は、倉庫業等を営む法人である。固定資産税等の課税された本件倉庫は、昭和54年に建築されて以降現在に至るまで、原告が所有している。
 名古屋市港区長(以下「港区長」という。)は、昭和55年以降、本件倉庫の価格を決定した上、昭和62年から平成13年度まで、原告に対して本件倉庫の固定資産税等の賦課決定を行った。港区長は、本件倉庫の価格を決定するに際して、経年減点補正率について、本件基準表7(1)のうち、「鉄骨造(骨格材の肉厚があ4mmを超えるもの)」を適用して算出した。
 原告は、昭和62年度から平成13年度までの各年度の第4納期限である翌年2月末までに、賦課決定に係る税額の固定資産税等を納付した。
 平成18年度の地方税法416条1項に基づく土地価格等縦覧帳簿及び家屋価格等縦覧帳簿等の縦覧期間中である同年4月上旬ころ、固定資産税の納税義務者から、被告に対し、倉庫の評価についての疑義が提起された。同年5月16日、港区役所区民生活部税務課家屋係の職員が、市内一斉調査の一環として本件倉庫に赴き、本件基準表7の適用に関する確認作業を行った。同年5月26日、港区長は、地方税法417条1項に基づき、本件倉庫の平成14年度から平成18年度までの価格を修正し、固定資産税課税台帳に登録した上で、同法420条に基づき、本件倉庫の固定資産税等の減額更正をした。当該価格の修正の際、港区長は、経年減点補正率について、本件基準表7(2)のうち「鉄骨造(骨格材の肉厚が4mmを超えるもの)」を適用して算出した。
 (7(1)の場合の経年減点補正率の経年は45年であり、7(2)は26年であった。)
 同年5月29日、港区長は、原告に対し修正された価格を固定資産税課税台帳に登録した旨の通知を行った。その後、原告は、被告から平成14年度から平成17年度までの固定資産税等について、既納付の固定資産税等と減額更正後の固定資産税の税額との差額の還付を受けた。
 原告は、平成19年3月23日に、国家賠償法1条1項に基づき、昭和62年度分から平成13年度分までの固定資産税等の過納金とこれに係る遅延損害金の支払いを求めて本件訴えを提起した。原告は本訴提起に至るまで、本件倉庫の登録価格または本件各課税処分について、固定資産評価審査委員会への審査の申出または賦課決定処分に対する不服申立てを行ったことはない。
3 下級審判決
(1) 一審判決(名古屋地裁平成20年7月9日判決)
「行政処分が違法であることを理由として国家賠償を請求するについては、あらかじめ当該行政処分につき取消判決を得なければならないものではないが(最高裁判所昭和36年4月21日第二小法廷判決・民集15巻4号850頁参照)、行政処分は、たとえ違法であっても、その違法が重大かつ明白で当該処分を当然無効ならしめるものと認める場合を除いては、適法に取り消されない限り完全にその効力を有するものと解されるところ(最高裁判所昭和30年12月26日第三小法廷判決・民集9巻14号2070頁参照)、固定資産税等の過納金相当額を損害とする国家賠償法に基づく損害賠償請求を許容することは、実質的に、課税処分を取り消すことなく過納金の還付を請求することを認めることとなって、課税処分等の不服申立期間を制限した上記法の趣旨を潜脱することになるばかりか、課税処分の公定力をも実質的に否定することになる。」
「したがって、固定資産の価格決定又はこれを前提とする固定資産税等の課税処分の違法が、これらの処分を当然無効ならしめるものでない場合には、当該処分が適法に取り消されない限り、同処分の違法を理由とし、過納金相当額を損害とする国家賠償法に基づく損害賠償請求は許されないものと解するのが相当である。」
 以上の見解の下で、課税処分の無効判断基準を「課税処分における内容上の過誤が課税要件の根幹についてのそれであって、徴税行政の安定とその円滑な運営の要請を斟酌してもなお、不服申立期間の徒過による不可争的効果の発生を理由として被課税者に右処分による不利益を甘受させることが、著しく不当と認められるような例外的な事情のある場合には、当該過誤による瑕疵は、これらの処分を当然無効ならしめるものと解される(最高裁判所昭和48年4月26日第一小法廷判決・民集27巻3号629頁)。」とし、本件各課税処分に無効原因があるとは認められないとして請求を棄却した。
(2) 二審判決(名古屋高裁平成21年3月13日判決)
 原告は、次の主張を追加して控訴した。
 「過納金相当額を損害とする国賠請求においても、他の行政処分一般と同様、取消訴訟を経ることなく国賠請求が認められ、その要件として、当該処分が当然に無効であることまでは必要ではないと解すべきである。」
 最高裁判所昭和36年4月21日第二小法廷判決は、「処分の効果と損害の内容が同一・表裏の関係にある場合に例外を認める趣旨ではない。」
 「行政処分に公定力・排他的管轄概念が認められる趣旨は、一般に、行政処分が公共の利害に関わることが多いことから、行政処分の有効性を可及的早期に確定させ、その後の行政処分、第三者の権利関係を安定させようとするものである。しかしながら、本件のような課税価格の決定に瑕疵・違法があった場合については、課税処分の効果は課税者と納税者のみ及ぶものであって、一般の行政処分のように公共の利害に広く影響を及ぼすものではないため、過納金を損害と認めたとしても、それによって殊更に第三者の権利関係・公共の利害に混乱が生じるものではない。」

 判決は、次の理由を加えるほか原判決を引用して控訴を棄却した。
「本件では、控訴人は、本件倉庫に「冷凍倉庫用」の経年減点補正率を適用しなかったことが違法であるとして、本件倉庫についての登録価格を争うものであるが、地方税法432条2項は、登録価格を早期に確定することにより固定資産税にかかる徴税行政の安定と円滑な運営を図る目的と、登録価格の決定には専門的、技術的な面の存することから、登録価格については、固定資産評価審査委員会に対する審査申出及び同委員会による審査の決定に対する取消の訴えという方法によってのみ争うことができるものとして、その不服申立方法を制限しているのであって、控訴人による本件国家賠償請求は、実質的にはこの制限をも潜脱するものということができる。登録価格が上記の不服申立方法によって取り消されることもなく、また無効ともいえず、したがって法的には瑕疵なく確定しており、しかも、その後の賦課徴収手続きにも違法な点がない場合に、それにもかかわらず、過納金が生じるとすることは、固定資産税にかかる徴税行政を混乱させ、ひいては地方自治体の財政運営をも不安定にするおそれがあるものというべきである。」
 「なお、控訴人は、課税処分の効力は課税者と当該納税者との間にのみ及ぶものであって、一般の行政処分のように公共の利害に影響を及ぼすものではないため、過納金を損害とする国家賠償請求を広く認めたとしても、それによって殊更に第三者の権利関係・公共の利害に混乱が生じるというものではないと主張する。
 しかしながら、当該課税処分の法律上の効果の及ぶ範囲が当該処分の対象者のみであるとしても、一般に、課税処分においては、同種の処分の対象となり、又はなり得る納税者間における公平が求められるから、地方税法等に定められている争訟制限に服さない国家賠償請求を無限定に認めることは、なお徴税行政の安定とその円滑な運営を阻むものといえる。」
 「昭和36年4月21日の最高裁判決の趣旨も、本件のように国家賠償法に基づく損害賠償請求が、課税処分の取消訴訟と目的や効果を同じにするものであるような場合についてまで及ぶものとは解されない。」
4 最高裁判決(平成22年6月3日第一小法廷判決)
 最高裁は、原審の判断を次のとおりとして、その判断は是認することができないとした。
 「国家賠償法に基づいて固定資産税等の過納金相当額を損害とする損害賠償請求を許容することは、当該固定資産に係る価格の決定又はこれを前提とする当該固定資産税等の賦課決定に無効事由がある場合は別として、実質的に、課税処分を取り消すことなく過納金の還付を請求することを認めたと同一の効果を生じ、課税処分や登録価格の不服申立方法及び期間を制限してその早期確定を図った地方税法の趣旨を潜脱するばかりか、課税処分の公定力をも実質的に否定することになって妥当ではない。そして、評価基準別表第13の7の冷凍倉庫等に係る定めが一義的なものではないことなどに照らすと、本件各決定に無効とすべき程度の瑕疵はない。」
 
 最高裁が、以上の原審の判断を否定する理由は次のとおりである。
「地方税法は、固定資産評価審査委員会に審査を申し出ることができる事項について不服がある固定資産税等の納税者は、同委員会に対する審査の申出及びその決定に対する取消しの訴えによってのみ争うことができる旨を規定するが、同規程は、固定資産税課税台帳に登録された価格自体の修正を求める手続に関するものであって(435条1項参照)、当該価格の決定が公務員の職務上の法的義務に違背してされた場合における国家賠償責任を否定する根拠となるものではない。」
「原審は、国家賠償法に基づいて固定資産税等の過納金相当額に係る損害賠償請求を許容することは課税処分の公定力を実質的に否定することとなり妥当ではないともいうが、行政処分が違法であることを理由として国家賠償請求をするについては、あらかじめ当該行政処分について取消し又は無効確認の判決を得なければならないものではない(最高裁昭和35年(オ)第248号同36年4月21日第二小法廷判決・民集15巻4号850頁参照)。このことは、当該行政処分が金銭を納付させることを直接の目的としており、その違法を理由とする国家賠償請求を認容すれば、結果的に当該行政処分を取消した場合と同様の経済的効果が得られるという場合であっても異ならないというべきである。」
「他に、違法な固定資産の価格の決定等によって損害を受けた納税者が国家賠償請求を行うことを否定する根拠となる規定等は見いだし難い。」
「したがって、たとい固定資産の価格の決定及びこれに基づく固定資産税等の賦課決定に無効事由が認められない場合であっても、公務員が納税者に対する職務上の法的義務に違背して当該固定資産の価格ないし固定資産税等の税額を過大に決定したときは、これによって損害を被った当該納税者は、地方税法432条1項本文に基づく審査の申出及び同法434条1項に基づく取消訴訟等の手続を経るまでも無く、国家賠償請求を行い得るものと解すべきである。」
 以上の見解の下で、名古屋市長が職務上の法的義務に違背したか否か、違背したとして損害額等の点について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻した。
 なお、宮川光治裁判官と金築誠志裁判官の補足意見がある。
宮川裁判官補足意見
宮川裁判官は、国家賠償請求が憲法17条を淵源とする制度で歴史的意義を有することを指摘した上、次の通り述べる。
「原審は、前記のとおり、固定資産税等の賦課決定のような行政処分については、過納金相当額を損害とする国家賠償請求を認容すると、実質的に課税処分の取消訴訟と同一の効果を生じさせることとなって、課税処分の不服申立て方法・期間を制限した趣旨を潜脱することとなり、課税処分の公定力をも否定することになる等として、課税処分に無効原因がない場合は、それが適法に取り消されない限り、国家賠償請求をすることは許されないとしている。しかしながら、効果を同じくするのは課税処分が金銭の徴収を目的とする行政処分であるからにすぎず、課税処分の公定力と整合させるために法律上の根拠なくそのように異なった取扱いをすることは、相当でない。」
金築裁判官補足意見
「行政処分が違法であることを理由とする取消訴訟と、違法な行政処分により損害を受けたことを理由とする国家賠償訴訟とは、制度の趣旨・目的を異にし、公定力も処分要件の存否までは及ばないから、一般的には、取消判決を経なければ国家賠償訴訟を提起できないとか、取消訴訟の出訴期間を徒過したときはもはや国家賠償請求をできないなどと解すべき理由はない。」
 取消訴訟と国家賠償訴訟との間で、認容される要件の実質的な差異として次のとおり述べる。
「国家賠償においては、取消しと異なり故意過失が要求され、また、その違法性判断について当裁判所の判決(最高裁平成元年(オ)第930号、第1093号同5年3月11日第一小法廷判決・民集47巻4号2863頁等)はいわゆる職務行為基準説を採っているから、この点でも要件に差異がある。」
「国家賠償訴訟においては、違法性を積極的に根拠付ける事実については請求者側に立証責任があるから、本件倉庫が一般用のものではなく、冷凍倉庫用のものであることを請求者である上告人側が立証することは、損害額を明らかにするためにも必要である。立証責任について、課税処分一般におおむねこうした分配振りになるとすれば、課税処分から長期間が経過した後に国家賠償訴訟が提起されたとしても、課税主体側が立証上困難な立場に置かれるという事態は生じないと思われる。」
5 差戻し審における和解
 本最判により差し戻された差戻審においては、名古屋市が敗訴した類似別件の名古屋高裁平成21年4月23日判決の上告不受理の決定の後、平成22年10月20日に和解が成立し、名古屋市が15年分の過納分867万円と弁護士費用などを含む合計1495万円を支払うことで合意した(注13)。

V 最高裁判決の問題点
1 最高裁判決の要点とその評価
 本最判が否定した原審の判断は、要約すると次にニ点である。
○ 地方税法の趣旨潜脱  過納金相当額を損害とする損害賠償請求を許容することは、課税処分や登録価格の不服申立て方法及び期間を制限してその早期確定を図った地方税法の趣旨を潜脱する。
○ 公定力 課税処分の公定力を実質的に否定することになる。
 これに反対するする最高裁の論理は、要約すると次の点である。
@ 固定資産評価審査委員会の手続は国家賠償請求訴訟とは無関係である。
A 金銭を納付させる行政処分についても取消訴訟を経ず国家賠償請求できる。
B 取消訴訟を経ないと国家賠償請求できないとする根拠規定がない。
C 宮川補足意見 課税処分の公定力に整合させるために異なった取扱をすべきでない。
D 金築補足意見 取消訴訟と国家賠償請求は趣旨・目的が異なり、公定力も処分要件に及ばない。@からBは趣旨潜脱に対する反論であり、CDは@からBが公定力に触れていないこともあって、公定力に触れている。以下、本最判の各要点について評する。
(1)固定資産評価審査委員会について
 原審が一審判決に補足して棄却の理由としたのが、固定資産税評価審査委員会に審査の申出をしていないことであった。地方税法432条3項は、「固定資産税の賦課についての不服申立てにおいては、第1項の規定により審査を申し出ることができる事項についての不服を当該固定資産税の賦課についての不服の理由とすることができない。」と規定し、固定資産課税台帳に登録された価格に対する不服は、固定資産評価審査委員会への審査の申出に限定している。本最判は、国家賠償請求に取消訴訟を経なくてよい根拠として、Bのとおり根拠となる規定がないことを挙げている。地方税法432条も、その根拠規定には該当しないことを述べているものである。
 地方税法432条は、取消訴訟等の手続き内での制限と解されるので、それが国家賠償請求を妨げないと解する本最判の判断は正当と考える。
(2)金銭を納付させる処分について
 金銭を納付させる行政処分についても取消訴訟を経ずに国家賠償請求できるとの判示は、これをできないとする否定説の主張に対する反論である。
 既にT2(2)で述べたように、かつては行政処分が取り消されていなければ、国家賠償請求を審理する裁判所も、その効力を否定できず、したがって、行政処分については、取消訴訟を経ずに国家賠償請求をすることはできないと考えられていた。その理由としては、行政処分については公定力が認められることにある。
 しかし、多くの学説・判例は、広島高裁平成8年判決が引用し、本最判も参照する最高裁昭和36年4月21日第二小法廷判決(注14)(以下「昭和36年最判」という。)により、その考えを採らなくなっている。昭和36年最判は、国家賠償請求訴訟を提起するにあたり、事前に取消訴訟又は無効の判決を得ておく必要はないとの判断を示した。
 この判断について、多くの学説は、国家賠償請求訴訟の裁判官が、公定力に関わらず行政処分の効力を認めつつ、その処分を違法と認定することを許したと解するのである。
一方、昭和36年最判をそのように理解するとしても、課税処分のように金銭給付を義
務付ける行政処分について、肯定説を採ると取消訴訟等の手続を設けた意味が失われ、取消訴訟等の趣旨を潜脱することとなるので、認められないとする学説がある(注15)。否定説を採る下級審判決もこの学説の見解によるものであろう。本最判は、その否定説を退けたのであるが、B以外の積極的理論づけが行われていない。法理論的には、その理論構成が待たれていたのであり、不満の残る結果といえる。
(3)根拠規定について
 本件判決で原審を否定する根拠として挙げる主要な理由は、取消訴訟を経ずに国家賠償請求を制限する根拠規定が存在しないということである。
 これについては、金築補足意見が指摘するように、取消訴訟と国家賠償請求訴訟は趣旨・目的を異にする手続であるので、これを制限する規定の無い限り正当な指摘であると考える。 ただし、Aと関連し、規定が無いけれども法論理的に制限される可能性を否定できないと考える。
(4)補足意見について
 宮川補足意見Cは、公定力に整合させる必要はないとするが、なぜ整合させる必要が無いのか疑問である。金築補足意見Dは、公定力は処分要件に及ばないから公定力に反したことにならないと解するものであろうが、課税処分について妥当するか疑問である。
(5)まとめ
 本判決は、原審の地方税法の趣旨潜脱の理由に対する反論としては、昭和36年最判および根拠規定がないことを挙げており、また制度の趣旨・目的、法的性質の相異等から十分に論証できており評価できる。私法においても、契約責任と不法行為責任の請求権の競合が認められているので、本最判のこの判断については正当と考える。
 他方、原審の公定力を実質的に否定するとの理由に対しては、補足意見で一部触れるのみで、十分な根拠を挙げていない。本最判が公定力をどのように解しているのか不明である点で不満が残る。
2 本最判に対する評釈
 本最判は、取消訴訟を経ずに国家賠償請求を行うことを認める是認説の立場に立つものであり、この判決に対する評釈も、判決の内容を肯定するものがほとんどである。同時に、判決を是としながらも多くの評釈が、なぜその結論になるかの理由が十分でないとし、否定説への反論になっていないとする(注16)。
 そのため、評釈において最高裁に代り理由を述べるものもある。
阿部泰隆教授は、次のように述べる(注17)。「行政処分については、違法合法と有効無効とは別次元だということから出発しなければならない。行政処分は出訴期間を徒過すると、無効でない限り、有効として、不可争力を生ずる。しかし、取消訴訟で争えないとなっただけで、行政処分が実体法上違法ではないと確定したものではない。単に有効となっただけである。国家賠償請求は処分の違法と過失を要件としてその有効無効を問題とするものではないので、取消訴訟の不可争力とは関係なく、許されなければならない。」ここに指摘する違法合法と有効無効は、公定力の本質的な論点であり、後に触れる。
 また、山本隆司教授は、次のように述べる(注18)。判決は、「結果的に当該処分を取消した場合と同様の経済的効果が得られる」場合にも、国家賠償請求が認められるとするが、これは経済的効果が同じであるが、法律的効果が異なることを示している。そして、「本件の問題は結局、民事実体法に基づく請求権が、行政処分と「実質的」に重なる機能ないし効果をもつとしても、行政処分に規律される行政実体法に基づく義務ないし請求権と法的性質が異なるため、行政処分の公定力ないし処分取消訴訟の排他的管轄によって制限されないこと、と同様に考えられよう。」とする。民事実体法と行政実体法が別個に無関係に併存しているようにも受け取れるが、疑問である。
 岡田幸人氏(最高裁判所調査官)は、次のように述べる(注19)。
 「行政上の不服申立てや取消訴訟における行政処分の違法性は、行政処分の法的効果発生の前提である法的要件充足性の有無を問題とする」が、「国家賠償請求の違法性は行政処分の法的要件の充足性の有無だけではなく、被侵害利益の種類、性質、侵害行為の態様、原因、損害の程度等の諸般の事情を総合的に考慮して、当該公権力の行使が職務上の注意義務に違反していたかどうかを問題としてきた」とする。すなわち、金築補足意見と同様に、要件の相異を挙げる。そして「原判決の立場は、理論的にも、また従来の判例との整合性からいっても採用し難く、また、そのように固定資産税等に係る課税処分の公定力の範囲を厳格に捉えるまでの実務上の必要性も見いだし難いものと判断したのではないかと推察される。」とする。
 以上、判決の論理を肯定説の立場から前進させたものと考える。
3 公定力の実質的否定に関する検討
(1) 公定力に関する一般的見解
 本最判において、論点の1つの地方税法の趣旨潜脱にたいする否定は、理解でき正当と考えるが、もう一つの論点である公定力の実質的否定については、納得できる理由は述べられていなかった。ここでは、公定力の実質的否定の論点について考察する。
 公定力の意義について、本判決に関して佐藤竜一氏は次のように述べる(注20)。
 「そもそも公定力の根拠は、古くは行政行為には適法性の推定が働くからという権威主義的な考え方を背景としていたが、現在では取消訴訟という制度(取消訴訟の排他性)を設けたがゆえに、公定力が生じたという形式的思考によってこれを正当化するのが通説であるといわれる。」
 公定力とは行政行為の効力が取消訴訟等の制度により、一定の期間を経過すれば争うことができなくなることを指すと解するのである。取消訴訟の排他性により公定力が生じたと解するものであり、現在の一般的理解といえよう。
 公定力がそういうものであれば、国家賠償請求訴訟は取消訴訟とは別の訴訟として提起できるので、取消訴訟の排他性を認められず、国家賠償請求訴訟において公定力は関係がないことになるであろう。肯定説および本最判はそのように解するのかもしれない。しかし、このような見解に賛成することはできない。そのような認識は、多くの誤解を生むこととなろう。
(2)公定力の意義(法律行為の効力)
 公定力とは、法律行為の効力のことである。私法においても法律行為の効力は行為が取消されないかぎり有効であり、取引の相手方も第三者も裁判所もそれを否定することはできない。これは法律行為に当然認められる効力であり、そのような効力が認められる法律要件が法律行為とされるのである。行政行為(行政処分の講学上の呼び方)も法律行為であり、その法律効果が法定されている。その法律行為の効力は法律上の権利義務であり、相手方は勿論、第三者も裁判所も否定することはできない。
 行政行為と私法上の法律行為が異なる点は、その法律行為の取消についてである。私法上の法律行為は取消原因があれば何時でも取り消せるが、行政行為については相手から取消す場合に取消訴訟等の手続を必要とし、比較的短い出訴期間が設けられていることである。そのような相違はあるが、取消されていない法律行為に効力があるのは当然である。それを公定力と名付ける必要があるかは疑問であるが、本稿では便宜上公定力の用語を使用する。
 税務署長のする更正・決定、賦課決定は、国税通則法により税額を確定する行為とされており(通則法16条、24条、25条)、それにより確定された税額の租税債権債務が法律上有効な債権債務となるのである。地方税法には賦課決定につき、国税通則法と同様の規定はないが、地方税法の解釈として同様である。
 行政行為の取消しについて、短期の期間制限を設けているのは、公法上の法律関係の早期安定という公益的観点と、昔に見られたような司法と対比した行政の権威の意識であろう。そのような期間制限の必要があるか否かは、本最判も考慮して今後も立法政策として検討する必要がある。それとは別に、課税処分は取消されていない限り有効であり、納税者には課税処分による租税債務を弁済すべき法律上の義務があることは否定できない(注  21)。
(3) 昭和36年最判の意義
 公定力が国家賠償請求の妨げにならないとする見解は、昭和36年最判を根拠とするのであるが、この判決がそれを根拠づけるものか否かを検討する。
 昭和36年最判は、自作農創設特別措置法に基づき買収計画を樹立・公告した後に、これを取り消す旨の決議・公告をしたことにつき、買収計画の不法行為による国家賠償を求める確認保全の目的のために、無効確認の訴えを提起した事案に係るものである。一審、控訴審ともに訴えの利益が無いとの判決であり、これを上告したのが本件である。その判示は、次のとおりである。
「行政処分が違法であることを理由として国家賠償の請求をするについては、あらかじめ右行政処分につき取消又は無効確認の判決を得なければならないものではないから、本訴が被上告人委員会の不法行為による国家賠償を求める目的に出たものであるということだけでは、本件買収計画の取消後においても、なおその無効確認を求めるにつき法律上の利益を有するということの理由とするに足りない。」
 この判決の意味するところは、国家賠償請求訴訟を提起する前提として、取消訴訟または無効確認訴訟により処分の効力を否定しておく必要は無いというものである。この内容が公定力を排除したと解するのは、取消訴訟の取消判決を要しないとすることは国家賠償請求訴訟で処分の有効性を考慮する必要はないと判断したと解するものであろう。しかし、この判決はそのような判断は行っていない。国家賠償請求訴訟を提起するにあたり、事前に取消訴訟、無効確認訴訟で行政処分の効力を否定しておく必要はないとしているだけである。
 ただし、この判決の結論から、取消されていない行政行為を有効と認定しつつ、国家賠償法の違法概念、過失概念により被害の甚大を考慮し、国家賠償を認める余地はあるであろう。ある営業の許可または薬品販売の許可により、広範で深刻な公害や薬物被害が発生した場合には、許可の効力を否定することなく国家賠償請求が認められる余地がある。この場合は処分の効力を否定していないので、公定力を否定したことにはならない。
(4)有効無効と適法違法
 阿部教授は、本最判を理由不足として、「取消訴訟で争えないとなっただけで、行政処分が実体法上違法ではないと確定したものではない。単に有効となっただけである。国家賠償請求は処分の違法と過失を要件としてその有効無効を問題とするものではないので、取消訴訟の不可争力とは関係なく、許されなければならない。」との見解を補足して、判決を肯定する。本最判も阿部教授が指摘する見解を採っているのかもしれない。しかし、以下の点から同意することはできない。
 この見解は行政処分が有効であるが違法であるとするものである。しかし、有効な法律行為が違法であるということがあり得るであろうか。 
 例えば、営業許可は有効であるが、その営業により甚大な損害を受けた者に国家賠償請求を認める可能性があることは既に述べた。しかし、本件の場合は、課税処分により租税債務を負い、その履行として納付した金額を損害と認めたことになるのである。果たして行政処分が形成した有効な債務の弁済を違法による損害と認定できるのであろうか。その見解は、法律行為の信頼を否定する意味で契約自由を原則とする現在の法秩序を否定することになるのではないか。
 昭和36年最判後も、金銭給付を義務付ける処分について否定説を採る見解は、基本的にはこのことを理由とするものと考える。宇賀教授も、本件事案について、無効を認定できたのではないかとするが、この点に疑問を有するのではないかと考える(注22)。
(4) 行政行為の瑕疵と適法・違法
 公定力は、瑕疵ある行政行為も必ずしも違法ではないということを前提にしている。
行政行為に瑕疵があるときは取消し得るし、瑕疵が重大かつ明白である場合は無効であると説かれる。つまり瑕疵があっても違法でない場合があり、その行政行為は有効であるということである。
 行政行為の瑕疵とは何かについては、行政行為の意味を考える必要がある。行政行為は公法上の権利義務等の法律効果を発生させる法律上の要件であり、主として意思表示を内容としている。したがって、行政行為の瑕疵とは、行政行為を行う行政官庁である市長、税務署長等の人間の意思表示の瑕疵である。意思表示の瑕疵とは、小早川教授も指摘されるように(注23)、詐欺、強迫、錯誤等である。民法では詐欺、強迫による意思表示は取消し得ることとされ(民法96条)、錯誤による意思表示は有効であり、要素の錯誤に限り無効としている(民法95条)。課税処分について見れば、詐欺、強迫による意思表示は稀であろうが、錯誤による意思表示は多くみられるであろう。錯誤とは真意と表示の相異であるが、正当な課税をしようとする真意にもかかわらず事実を誤認することも錯誤と考えてよいであろう。軽微な錯誤は取消原因としての瑕疵であるが、重大かつ明白な錯誤は無効原因としての瑕疵である。民法の規定する要素の錯誤が無効であるのと同様である。法律に反することは重大かつ明白な瑕疵といえるし、意思表示の観点から無効でないとしても、違法な行為が有効であることは法理論上あり得ない。
 公定力の定義として、行政行為は仮に違法であっても取り消されない限りその効力を否定されない効力と説明する場合があるが、誤りである。公序良俗に反する法律行為が無効であることからすれば、実定法に違反する法律行為が無効であることは法理論上当然であり、違法な法律行為は取り消すまでもなく無効であると考えるべきである(注24)。阿部教授も前掲の評釈において「違法行為は効力を有すべきものではない」と指摘する。
(5)瑕疵ある行政行為の意義
 そうすると、無効ではないが瑕疵ある処分とはどのようなものであろうか。
これについて、課税の実務に携わる人は、そのような分野が広範であることを承知しているであろう。
 例えば、本最判の事例は、財産の価額の適否が問題となっている。ここでの瑕疵は、固定資産評価基準の建物の区分を誤ったものである。冷凍倉庫用に区分すべき建物を一般用の倉庫に誤って区分したというものである。区分の誤りは一種の錯誤であり処分の瑕疵であるが、これが違法といえるか否かは疑問である。区分は固定資産評価基準に基づくが、固定資産評価基準は地方税法の規定により総務大臣が定めるものであり、行政内の取扱いを定めたものである。これに反したことが納税者に対して違法といえるかは、疑問である。
 法律は固定資産税の課税標準を財産の価格であり時価としているのであるから、区分を誤った評価額が時価を超えていれば違法であり、無効といえるであろう。本件事案においては、経年減点補正率が異なることにより高く評価された価格が、時価を超えているか否かは審理されていない。この場合、もし課税処分よる価格が時価の範囲内であれば違法とはいえないであろう。しかし、瑕疵ある処分として取消の対象となるのである。
 時価とは、国の財産評価基本通達一(評価の原則)によれば「不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額」と定義し、それを「この通達によって評価した価額」としているのである。時価も所得税の課税標準である所得も、一定の計算方法により算出される抽象的概念である。時価も所得も、一義的に法律の定めで決まるものではない。したがって、ある所得を増加させる課税処分が事実誤認により誤っているとしても、必ずしも全体の所得が法律の予定する所得を上回っているとは限らない。その場合でも、課税処分の基礎となった事実に誤認があれば取消されることとなる。
 つまり瑕疵ある処分が常に違法であるとは限らず、違法でない瑕疵ある処分の分野は実務においては広範である。現在の課税処分取消訴訟の裁判は総額主義を採り、違法を認定できる場合のみ取り消すこととしているが、金子教授が指摘するように争点主義により、その処分の理由の適否を審理すべきである(注25)。抗告訴訟の要件は、違法ではなく不服である(行政事件訴訟法3条)。
(5) 結論
 本最判の意義は、課税処分についても取消訴訟等を経由しないで、国家賠償請求訴訟を提起できることを明らかにした点で意義深いものがある。昭和36年最判で可能であると考えられたが、それに対する反対説もあり現実に提起される例は多くなかったと考える。本最判により、その道が明確に肯定されたことは、納税者の救済に取消訴訟等とは別の新しい民事上の救済方法があることを明確にした点で、画期的なものと評価できる。
 今後は公定力についての正当な理解に基づき損害額の認定をすれば、公定力についての不満は解消されることとなる。
 また、このことは、国家賠償請求訴訟に限らず、債務不存在確認訴訟、不当利得返還訴訟等の当事者訴訟にも道を開く可能性を秘めているように推測する(注26)。

W 最高裁判決の実務への影響
1 本最判の影響する範囲
(1) 固定資産税の賦課処分に限らない
 本件事案は、賦課課税方式を採る固定資産税についての事案である。固定資産税の課税標準である価格については、縦覧制度が設けられているがその利用は少ないのが現状であり、納税者が価格の異常に気付かないことが多い。また、原則として家屋等については、新築以後は前年の価格を基準に決定されるので、長期間にわたり納税者も課税庁も誤りに気付かない事態が起こる。地方税法408条の定める実地調査は、地目の変更、家屋の滅失等を把握するための外観的、概括的調査を意味するのであり、毎年度、全資産の悉皆調査を義務付けるものではない(注27)。
 本件事案も、このような制度により長期間にわたり誤課税が行われてきた事案である。このような納税者を救済する窮余の策として国家賠償請求の手段がとられたものであるのは、Tで述べたとおりである。
 本最判は、このように、真に救済を要すると考えられる事案についての判決であり、また判決は当該事案についてのみ効力を有するものである。とはいえ、その判決の内容は、公定力の存在する場合にも国家賠償請求による損害を認定でき、それは金銭給付を義務付ける処分についても例外ではないことを示している。
 この判断は、賦課課税方式を採る税のみでなく、申告納税方式を採る更正・決定にも該当し、地方税のみでなく国税一般についても該当するほか、他の金銭給付を義務付ける処分についても適用されることとなろう。多くの判例評釈もそのように解するものである(注28)。 
(2) 不服申立制度と取消訴訟の制度に及ぼす影響
 現行の不服申立および取消訴訟の制度は、行政処分に公定力が存在することを前提としており、行政処分の効力を否定して国家賠償請求が認められることは想定していない。取消訴訟と別に国家賠償請求訴訟を提起することは、法で制限しているわけでもなく、自由であるが行政処分の効力が有効である限り、それを損害と認定されることはあり得ないとの立場からの制度化である。そうであると国家賠償請求訴訟が無意味なため、取消訴訟の排他性という行政法学で一般的に承認されている考え方が成り立つのである。
 現行制度の趣旨が、公法における法律関係の早期安定を目的とするのであれば、本最判は、現行制度の趣旨を大きく潜脱するものとなるであろう。公法における法律関係の早期安定の要請と権利救済の必要性を比較考量し、必要となれば出訴期間の延長等の改正と取消訴訟の排他性を確保する立法措置等を検討すべきである。
2 取消訴訟との相違
 現在のところ、本最判の影響により、課税処分についての国家賠償請求訴訟が急増している状況にはないが、今後、国税も含めてこの訴訟が増加する可能性がある。しかし、国家賠償請求の要件は必ずしも容易なものではない。
 課税処分については、国家賠償法1条1項が適用されることとなるが、1項の規定は、「国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」となっている。2項は、故意又は重過失があった時は、公務員に対して求償権を有するとする。
 特に問題となるのは、「過失」と「違法」の意味である。
(1) 過失の意義
 条文の規定では、「公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に損害を加えたときは」と規定している。この場合の過失とは、民法の不法行為(709条)の損害賠償の要件でもあるが、結果を回避する注意義務違反の心理状態であり故意と並ぶ帰責事由である。課税処分であれば、処分担当者の調査または法令解釈における注意義務違反が通常考えられる過失である。
 しかし、本件事案のように、冷凍倉庫と冷蔵倉庫の温度差の区分等(現在両者を同じ7(2)の冷蔵倉庫としている。)を誤ったことについては、通常の人であれば過失といえるか否か疑問である。また、難解な税法の解釈を誤ったことが過失に基づくともいえない場合がある。そのことから過失を客観化し、注意義務を行為者である公務員の注意力ではなく、その職種に通常要求される注意力を基準に過失を判断することとされている。
 また、本件の冷凍倉庫を冷蔵倉庫として区分した担当者を特定することは困難である。このため、過失の認定について加害公務員の特定は必要としないとの見解が通説・判例である。
 前掲の八潮市事案浦和地裁判決は、行政官庁である市長に過失があったと認定し、前掲平成18年の大阪高裁判決は住宅用地の特例の適用をしなかった控訴人職員にすくなくとも過失があったと認定している。いずれも課税処分を担当した公務員を特定しておらず、組織責任を認定したものといえよう。
(2) 違法
 国家賠償法の違法性については、行為不法説と結果不法説の対立があるとされる。行為不法説は「客観的な法規範に対する違背を意味することになる。」(注29)との見解であり、結果不法説とは行為の結果の損害に着目して違法性を判断するものである。行為の違法性を明確にできない場合に結果の損害の程度を考慮して違法性を判断するものである。
 この行為不法とは、「法治主義でいうところの違法性と同じであり、憲法・法律その他の成文の法規範や条理などの不文の法規範に対する違背を意味する。また、裁量の範囲逸脱・濫用も含まれる。」(注30)とされる。
 課税処分について、違法の意味は、法の定める税額を超える金額の課税をすることと考えられるが、課税要件に反する課税として行為不法説が該当するであろう。
 国家賠償法の違法性と取消訴訟の違法性について、同一か否かの議論があるが、課税処分取消訴訟に限って言えば、現在の裁判実務は課税額が法定の税額を超えていることを課税処分の違法としている。いわゆる総額主義の考えで運用されているので、国家賠償法の違法と取消訴訟の違法は基本的に同一と考えてよいであろう。しかし、次の観点から、判例では課税処分については、国家賠償法の違法は取消訴訟の違法より狭く解している。
(3) 職務行為基準説  
 最高裁平成5年3月11日第一小法廷判決(注31)は、別訴の取消訴訟において一部取消判決を受けた被上告人が、慰謝料、得意先喪失損失、弁護士費用等の国家賠償を請求した事案で次のとおり判示して原判決を破棄し請求を棄却した。
「税務署長のする所得税の更正は、所得金額を過大に認定していたとしても、そのことから直ちに国家賠償法1条1項にいう違法があったとの評価を受けるものではなく、税務署長が資料を収集し、これに基づき課税要件事実を認定、判断する上において、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と更正をしたと認め得るような事情がある場合に限り、右の評価を受けるものと解するのが相当である。」
 本件は、納税者が調査に協力しなかったため、推計課税を行った事案であり、取消訴訟においては売上を認定しながら経費を認定しなかった点について取消されたものである。この最高裁判決の採用した職務行為基準説は、無罪判決を受けた場合の逮捕、起訴に対する国家賠償請求について採用された基準であるが、過失の程度を違法性と関連させている点で、逆に職務行為基準説により注意義務違反とされた場合、違法性を認定されることにもなる。
 本件事案では、最高裁は「本件各決定に際し本件倉庫を一般用の倉庫として評価したことは名古屋市長が上告人に対する職務上の法的義務に違背した結果といえるか否か、仮に違背していたとする場合における上告人の損害額等の点について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すのが相当である。」としている。職務上の義務を問題としているが、税額が法定の税額を超えているか否かを違法性の関係では述べていない。
(4) 損害の範囲
 本最判は、損害額について更に審理させるために原審に差し戻したが、原審においては和解が成立し、原審における損害額についての判決は得られなかった。しかし、新聞記事によると賠償額は15年分の過納額867万円と遅延利息等とされている。原告の請求額は15年分の過納額1289万円と遅延利息であり、過納分については請求額が減額されている。その根拠は不明であるが、この算定は、全く同じ冷凍倉庫の経年減点補正率を誤った前掲類似別件の高裁判決(注32)を参考にしていると思われる。その判決では損害の内容について「本件各倉庫につき本件基準表7(2)を適用して税額を計算すると、原判決添付別表1,2の控訴人ら各所有倉庫の税額試算中の「年度ごとの対象家屋の合計税額」(原判決52頁、61頁)の「試算税額」のとおりとなり、実際の課税額との差額が、同「差額」欄記載のとおりであることについては、当事者間に争いがない。」として、課税額と基準表7(2)の経年減点補正率を適用した税額との差額を過納分の損害額と認定している。これは取消訴訟で取り消し、還付する場合は妥当するが、これを国家賠償法の損害額と認定するには疑問がある。
 課税処分についての国家賠償法の損害は、法律で定める税額を超えた額が違法であり、その部分を損害と認定すべきである。法律で定める固定資産税の課税標準はその固定資産の価格であり、その時価である。固定資産評価基準の定める価格が時価を超えていないことは常識であろう。この訴訟の原告は、会計帳簿の試算額と比して固定資産税の価額が高いことを不審に思い問い合わせ、それからこの問題が発生したようであるが、会計帳簿も必ずしも時価を示しているわけではない。したがって、損害額の算定に当たっては不動産鑑定士等により新たに各倉庫建物の時価を鑑定し、その価額に対する税額との差額を算定する必要があったと考える。
 なお、この別件名古屋高裁判決は、課税処分の無効を認定しており、この判決は公定力に反する判決ではなく法論理的である。ただし、課税処分自体が無効であれば、賦課税額全額が損害となる可能性もあるが、この損害額の認定からみると正当税額を超える部分についての無効を認定したものであろう。課税処分取消訴訟で、一部取消しが一般的に行われていることから、一部無効の判断も可能と解すべきで、参考とすべき判決である。小澤道一教授は、一部無効の考え方を示唆的とする(注33)。
(5)過失相殺
 損害額の認定について、過失相殺を適用した事例がある。この事案は、神戸市における固定資産税の賦課において、八潮市事案と同様に納税者から条例に基づく住宅用地の申告がなかったため、住宅特例を適用しなかった事案である。大阪高裁平成18年3月24日判決は、処分の無効を認定することなく職務行為基準説に基づく違法を認定し、損害額を過大納付額すなわち非住宅用地の税額と住宅特例を適用した税額の差額としたが、次のことを主たる理由として過失相殺により損害額から3割の控除を相当とした。
「被控訴人は、市税条例により申告を義務付けられている(違反には過料の制裁まで科せられる。)にもかかわらず、正当な理由なく所定の申告をせず、しかも毎年控訴人から送付される納税通知書及び課税明細書を子細に検討すれば、本件土地について住宅用地の特例の適用がされていないことが判明するのに、控訴人が自ら過誤に気づき平成16年に是正手続を採るまで過誤にも気づかず、何らの不服申立ても行わなかったというのであるから、被控訴人についても、損害の発生及びその増大につき過失があることは明らかである。」
ここでは、条例に基づく申告がなかったことを重視しているが、不服申立てをしていなかったことも過失に含めている点で注目される。ドイツの制度に倣い、不服申立てをしなかったことについてマイナスに評価し、過失相殺を認める見解もある(注34)。
(6)立証責任
 本最判の金築補足意見は、取消訴訟と国家賠償請求訴訟の相違に関して、立証責任の相違を挙げる。国家賠償請求の場合立証責任は納税者側にあり、取消訴訟より納税者の負担が大きいとする。その通りではあるが、課税処分が無過失、適法である反証は課税庁が行う必要があるので、「課税処分から長期間経過後であっても課税主体側が立証上困難な立場に置かれる事態は生じないとする。」とまでは言えない。

W 還付処理をめぐる実務上の留意点
1 第二の救済方法としての国家賠償請求訴訟
 従来、課税処分に対して国家賠償請求訴訟を提起できるか否かについては、下級審判例でも判断が分かれており、学説においても肯定説と否定説が拮抗していた。それが、本最判により肯定説が司法の見解となった。すなわち、課税処分についても、公法上の行政救済手続きと別個に私法上の国家賠償請求が権利救済手続きとして公認されることとなった。本最判の疑問点としての公定力の問題は、損害額の認定に関して問題を残すが、国家賠償請求訴訟を権利救済手続きとして認めることと矛盾しない。
 そうであれば、納税者が過納金の返還を求める場合は、国家賠償の手続により救済を求めることが正当な方法となる。
 従来、他に救済手段がないことから窮余の策として設けられていた返還要領による返還は、その必要がなくなったと考える。かねてから、租税法律主義の観点から疑問とされていた返還要領は、本最判を契機として廃止または凍結することが望ましい。
 返還要領を設けていない自治体は、返還不能過納金については国家賠償請求に委ねることができるので、新たに返還要領を設ける必要はないであろう。
2 返還要領の合法性を承認
 還付不能額については、国家賠償請求に委ねるのが本来の姿であるが、すでに多くの自治体で返還要領が定められ、これに基づく一定の基準の下に返還不能の過誤納金の返還を行っている。返還の期間はそれぞれであるが、原則10年とし、納付の証明があれば20年に遡る例もある。この根拠は地方自治法232条の2とされているが、その実質的必要性については疑問があった。しかし、本最判により、その根拠が損害賠償請求権に対するものと意義づけられ、住民に対する説明の法的理由づけができたといえる。
 今まで返還要領に従い返還をしてきた状況を配慮すると、国家賠償請求が本来の救済方法であることの原則を踏まえた上で、返還要領を地方公共団体の税務行政の信頼確保の工夫の一つとして、適切に運用すべきである。
3 損害額の協議
 既に述べたように返還要領は、返還額を減額の課税処分による還付額を基準としている。
しかし、課税処分による減額分は必ずしも違法部分ではない。課税処分による減額は、本件事案では冷凍倉庫の経年減点補正率を適用した金額と課税額との差額であり、除斥期間内の年度についてはそれによる還付額が還付されたと考える。それは、課税処分の誤りを修正したのであり、正当な還付額である。しかし、国家賠償法による損害は、本来違法な課税処分により損害を受けた額でなければならない。既に述べたとおり、本件事案では、冷凍倉庫についての時価を鑑定して課税標準を認定し、それに対する税額との差額を損害額として返還すべきである。さらに、厳密にいえば課税処分の税額は所有者の全固定資産について算定されているのであるから、本来であれば全固定資産の時価に対する税額と課税額との差額を算出すべきこととなる。
 また、国家賠償についても過失相殺が認められると考える。取消訴訟等の手続きを取らなかったことを過失とすることは疑問であるとしても、条例による申告義務を果たさなかったことは重大な過失とされるべきである。大阪高裁の3割控除の判決は参考となるであろう。
 以上の諸点を考慮し、返還要領により地方公共団体の政策として返還する場合に、還付額相当額を返還することは過大であると考える。
 返還要領により返還する場合は、本来は訴訟により請求すべきこと、違法税額と還付税額とは異なること、納税者の過失を考慮すべきこと等を総合的に勘案して、個別の事案について返還額を定めるべきである。
 返還額の目途は、今まで返還要領を適用してきた経緯も勘案すると、返還要領に定める額の3分の1から2分の1の範囲が相当ではないかと考える。

おわりに
 平成18年広島高裁判決が、固定資産税の課税処分について昭和36年最判を引用して公定力を妨げないとの判示をしたことに疑問をもち、「税」誌において触れたことがある(注35)。その後最高裁の判決の動向に関心をもっていたが、一昨年、本最判が同旨の結論となったことに危機感をもっていた。本最判により地方税についての国家賠償請求が急増し、税務行政が混乱するのではないか。また、申告納税方式を採る国税においても同様に20年間遡って返還請求できるとすれば、国税行政の大きい負担となるのではないかと危惧したのである。
 しかし、本稿を執筆するにあたり、改めて問題をより広く考察すると、本最判をより前向きに捉えるべきでると思われた。
 本稿の筆者の見解の基礎となる考えは、文中で述べたが、公定力を法律行為の効力と考え、それ以上のものではないとし、取消原因としての瑕疵は行政官庁たる人の意思表示の瑕疵と考えるものである。これは行政官庁に一定の裁量を認めるものであり、現在の税法学においては評価されにくい考えである。しかし、このような裁量は実務においては納税者、行政官庁に広くみられるものであり、その現実を無視することはできない。違法な処分は当然裁量の範囲内ではないので、重大明白な瑕疵であり当然無効との見解である。課税庁の処分が法の定であろう税額を超えて違法であれば、処分は当然無効であると考える。この観点に立てば、違法な処分は無効であり、無効部分を損害と認定することは公定力に反することにはならない。国家賠償法の違法を職務行為基準説で認定するとしても、結果的には同じになるであろう。筆者が本最判で懸念することは、損害額の関係で述べたが、法の範囲内で行政が決定すべきことを違法であり損害と認定するのではないかという点である。そうでないとすれば、本最判は筆者の公定力の理解にも矛盾しない。長期間にさかのぼって課税処分が見直される法的不安定のデメリットについては、過失相殺、過失の認定、立証責任、一部無効の理解により軽減されるであろう。
 何よりも、本最判が課税処分について国家賠償請求という納税者救済の道を大きく開いたことは、画期的意義があるといえよう。
 
 
 
 
注1 最高裁平成22年6月3日第一小法廷判決 民集64巻4号1010頁
注2 「<座談会>固定資産税の誤課税と税の還付をめぐって」 税47巻7号 97頁
注3  前掲 税  46頁)。
注4 図子善信 「地方税における税務上の過誤とその責任問題」 税64巻5号8頁
注5 浦和地裁平成4年2月24日判決 判例時報1429号 105頁
注6 広島地裁平成6年2月17日判決 判例地方自治128号23頁
注7 広島高裁平成8年3月13日判決 判例地方自治156号48頁
注8 神戸地裁平成17年11月16日 判例地方自治285号61頁
注9 大阪高裁平成18年3月24日判決 判例地方自治285号56頁
注10 名古屋地裁平成20年7月23日判決 LEX/DB 25451191
注11 名古屋地裁平成20年7月9日判決 判例地方自治 332号43頁
注12 名古屋高裁平成21年3月13日判決 判例地方自治 332号40頁
注13 平成22年10月21日 朝日新聞朝刊、読売新聞朝刊 
注14 最高裁昭和36年4月21日第二小法廷判決 民集15巻4号860頁
注15 塩野弘 「行政法U 第五版」 有斐閣 327頁  
    諸学説につき、占部裕典「租税法の解釈と立法政策U」信山社出版807頁以下参照
注16 村上裕章 判例時報2102号173頁(判例評論626号11頁)、 山本隆司 法学教室364号113頁、北村和生 民商法雑誌143巻3号356頁
注17 阿部泰隆 判例地方自治339号30頁
注18 山本隆司 法学教室364号115頁
注19 岡田幸人 ジュリスト1437号84頁
注20 佐藤竜一 法学セミナー増刊速報判例解説8巻 日本評論社 271頁
注21 松宮隆 「税務争訟の実務」 昭和36年酒井書店 277頁 
注22 宇賀克也 自治実務セミナー51巻4号28頁
注23 小早川光郎 「行政法上」 弘文堂 289頁
注24 岡田雅夫「行政法学と公権力の観念」 弘文堂 85頁
注25 金子宏 「租税法第17版」 弘文堂 859頁  図子善信「課税処分取消訴訟に関する一試論」税法学562号53頁
注26 水野武夫教授は、学会報告において、それが可能であるとした(平成24年6月9日・10日日本税法学会創立60周年記念(第102回)大会)。
注27 図子善信「固定資産の実地調査の法的位置づけと課題」 税65巻5号 12頁 
注28 村上裕章 九州大学教授 判例時報2102号173頁(判例評論626号11頁)、岡田幸人 ジュリスト1437号85頁、前川勤 東北法学37 東北大学大学院法学研究科院生会編集139頁、岡本博志 法政論集(北九州大学)38巻4号 126頁、宇賀克也 自治実務セミナー 51巻4号(No.598)29頁、山本隆司 東京法学教室364号13頁、仲野武志 ジュリスト 1420号 57頁
注29 芝池義一 「行政事件訴訟法・国家賠償法第2版」日本評論社528頁
注30 芝池 前掲書528頁
注31 最高裁平成5年3月11日第一小法廷 民集47巻4号2863頁
注32 名古屋高裁平成21年4月23日判決 判例時報2058号37頁
注33 小澤道一 「課税処分に係る取消訴訟制度の排他的管轄権と国家賠償請求との関係(下)」判例時報2062号21頁
注34 人見剛「金銭徴収・給付を目的とする行政処分の公定力と国家賠償訴訟」法学会雑誌(東京都立大学)38巻1号177頁
注35 図子善信 「地方税における税務上の過誤とその責任問題」税64巻5号11頁