アフリカ南部の旅
二〇二六年一月にアフリカ南部を旅してきた。
今回の旅の目玉は、ジンバブエとザンビアの国境にあるビクトリアの滝の見学、ボツワナでのサファリ体験、南アフリカの喜望峰からインド洋と大西洋を眺めること、の三つであったと思う。訪問国はこれら四か国であったが、ザンビアは滝を見るための数時間だけの滞在、ボツワナはサファリのための半日間のみの滞在であった。
喜望峰はアフリカ大陸南端の地、と思っていたら違っていた。ここは南西端の地、ここから東へ百五十キロほど行ったアグラス岬が南端の地であった。だから正確にはアグラス岬から南に延びる線が大西洋とインド洋の境界線、もちろん海の上に線など引かれていないが。
野生動物を見るサファリは車で一回、船で二回おこなった。車の方が動物に近づくことができ、船からだとカバやワニはよく見えるが陸上の動物は遠い。一番たくさん見たのは鹿によく似た草食動物のインパラ、その次が水中のカバ、そしてゾウ、キリン、シマウマなど。キリンの親子四頭を船から眺めたが、遠くからでも堂々としていて立派であった。すっくと立つ姿勢の良さが立派に見える理由だと思った。
ライオンは見なかったが、見たら幸運というほど見る確率は低くないという。屋根も壁もないサファリの車が、ライオンに襲われたことはないかときいたら、そんな話はきいたことがないとか。
ビクトリアの滝
ビクトリアの滝は世界三大瀑布の一つ。残りの二つは北米のナイアガラの滝と南米のイグアスの滝。そしてこの中で一番小さいのはナイアガラの滝。
ビクトリアの滝の命名者はアフリカ探検史に必ず登場する宣教師のリビングストン、そしてビクトリアは当時の英国女王の名であるが、女王陛下の名を辺地で安売りするなという批判が出たという話をどこかで読んだことがある。アフリカにはビクトリア湖という名の湖もあるが、このナイル川源流にあるアフリカ最大の湖の名はリビングストンの命名ではない。
ビクトリアの滝から立ちのぼる水煙は数キロ離れた所からでもはっきりと見えた。またジンバブエでは滝から数キロ離れた宿に泊まっていたが、パラパラと小雨が降ってきたとき、これは雨ではなくて滝の水、風向きによってはしぶきがここまで飛んでくる、という説明であった。
ビクトリアの滝は大きすぎて、初めのうちは写真を見ても全体像がつかめなかった。滝の上流部の川幅は一・七キロ、それが流れ落ちる滝の幅でもあるが、滝つぼの出口は幅が二百メートルほどしかなく、滝の上までゆったりと流れてきたザンベジ川は、滝つぼを出るときは狭い谷を急流になって流れ出ていく。しかもその出口の谷は稲妻形に鋭角に何度も折れ曲がっている。この稲妻形という形容は誇張ではなく、このことにはここの地殻に複雑な亀裂が入っていることが原因しているように思う。
この滝は幅が一・七キロもありながらも、ほぼ横に一直線の形で流れ落ちていて、滝つぼの形も横一直線、その横長の滝つぼをへだてた対岸に滝見のための遊歩道がある。そのためどの展望台からも滝の落ち口を真正面に見ることができ、ザンベジ川が国境になっているため、滝見の遊歩道はジンバブエ側とザンビア側の両方にあって、ジンバブエ側が全体の四分の三ほどを占めている。滝の落ち口が一直線になっていることにも、地殻の断層が関係しているように思う。
滝の落差は最大百八メートル、これはナイアガラの滝の倍である。よく見えなかったが、水は滝壺の水の上ではなく岩の上に落下しているのではないかと思った。それが多量の水煙が発生する原因のように思う。
このあたりの雨期は十一月から四月ごろ、滝の水量が一番多いのは三月から五月ごろというが、水量の多い時期は観光には適さず、今ぐらいの水量が一番いいという説明であった。今年は一月にしては水量が多いとか。
この説明を聞いたときには、滝は水量が多いほど迫力があっていいに決まっている、いちばん多いときに来てみたかった、と思ったのだが、実際に滝を見たとき今ごろがいい理由が納得できた。
滝を見ながら歩いていたとき、急に風向きが変わったのか、滝つぼから舞い上がった水しぶきが、土砂降りの雨のように降りそそいで何も見えなくなり、カッパを着ていても下半身はたちまちびしょ濡れになった。午前中はジンバブエ側でびしょ濡れになり、午後はザンビア側でびしょ濡れになり、宿に帰ってから予備を持っていない靴をドライヤーで乾かすのに手間どった。
このびしょ濡れ体験がこの旅行でいちばん楽しい体験であったが、水量の多いときには滝見の遊歩道全体がこの状態になり、下手をすると最初から最後まで音はすれども姿は見えぬの、まったく何も見えない状態になるというのである。
そのためヘリコプターで空から眺める遊覧飛行も行われていて、私もヘリの遊覧飛行を予約していたが、前日はうるさく飛び回っていたヘリがその日は飛ばず、楽しみにしていた初めてのヘリの飛行体験はできなかった。飛ばなかった理由はよく分からない。雨もふらず、風もなく、滝の水煙がヘリポートからよく見えているという、飛行には最適の天気だと思ったのだが、雲が低かったせいだろうか。
なお乾季の水量が少ないときには、ジンバブエ側の滝に水が集中し、ザンビア側は水のないただの崖になるという。
人種隔離政策
アフリカの旅は南アフリカのヨハネスブルクから始まった。この町は金とダイヤモンドの採掘で栄えた南アフリカ最大の町、そして世界でいちばん危険と言われたりする町である。腕時計をはめていると手首を切り落とされて強奪されるとか、信号で止まると強盗に襲われるから赤信号でも停車するな、などと言われる町である。
この町には最後の日に一泊したが空港ホテルから外に出してもらえなかった。この町までの飛行時間は、関西空港からホンコン経由で行きは十八時間、帰りは十七時間ほどである。
南アフリカはつい最近まで、奴隷制に匹敵する人道に対する犯罪といわれる人種隔離政策(アパルトヘイト)が行われていた国である。それ以前から多くの人種差別政策がとられていたこの国で、一九四八年から一九九四年までの四十六年間、法律を整備して国家的に強力に人種差別が行われていたのである。これはイギリスの植民地政策の流れを受け継ぐもので、奴隷制を行った国は他にもあるが、人種隔離政策を行った国は南アフリカ以外にはない。
その大まかな内容は、人口のおよそ八十パーセントを占める黒人から、彼らが先祖代々受け継いできた住むのに適した土地を取りあげること。国土の十三パーセントの広さの荒れ地に黒人を隔離すること。あらゆる公共施設、レストラン、ホテル、列車、バス、公園、映画館、公衆トイレにいたるまで、白人用と白人以外用に分けて有色人種を隔離すること、などであった。
そのため例えばバスは黒人用と白人用の車両と停留所に分けられ、病院も設備の整った白人用と設備の不十分な黒人用に分けられ、黒人が白人専用の公園などに立ち入るとすぐに逮捕された。また白人と黒人が結婚することも、恋愛関係になることも法律で禁止された。
日本人は一九六一年以降、経済上の理由から名誉白人扱いとなっていた。日本は一九八〇年代後半にはこの国最大の貿易相手国になるほど、この国と経済的関係が深かったからであるが、白人用のホテルやレストランなどの使用を認めるという一時滞在者としての扱いに限られ、日本人が白人と性的関係をもつと処罰の対象になった
当然この人種隔離政策から多くの不具合が生じ、現在世界でいちばん犯罪の多い国と言われたりする原因の多くもここから生じ、この国の未来にもきわめて暗い影を落としている。そしてこれらの人種差別政策の大元にあるのが過去のイギリスの植民地政策、社会問題が多発するにはそれなりの原因が存在するのである。
このような人道に反する犯罪が国家的に実行できたのは、黒人に参政権が与えられていなかったからである。白人だけが参政権を持つことで、白人だけに選ばれた政府によって、白人だけに都合のよい政策が強行できたのであるが、人種隔離政策が撤廃されて人口の八割を占める黒人が参政権を持つと、今度は白人が恐れおののく番になった。白人に強奪された土地を黒人に返還するために白人から取りあげるべきだ、ということになってきたからである。
またカゼを引いた
旅行中にまたカゼを引いてしまった。最近は旅行するたびにカゼを引くので気をつけていたが、それでも引いてしまった。おそらく体力が落ちているのが一番の原因であろう。長時間の飛行や時差、気温や食べ物の変化、といったことに体が耐えられなくなっているのだろう。日ごろ無菌状態のひとり住まいをしていて、急に飛行場や機内で大量のバイ菌にさらされるのも一因だと思う。旅の終わりということを考えさせられた。
そのため帰りの機内では濡れタオルを頭に乗せてずっと寝ていた。乾燥した機内では濡れタオルが適度に冷えてくれるので気持ちよかった。
旅の途中に誕生日を迎え、旅行の同行者が祝ってくれた。一人で住んでいると誕生祝いをしてもらうことがなく、これは楽しい経験であった。そして後期高齢者などと呼ばれる歳になった。
この旅行では現地通貨を用意しなかった。ザンビアとボツワナは短時間の滞在なので用意する必要がなく、ジンバブエでは三泊したがこの国の通貨はそもそも利用できなかった。この国では二〇〇九年に二億三千万パーセントのインフレが発生したということで、その一年だけでも二億三千万円が百円の価値になるようなインフレが発生したということなので、この国の通貨は破綻していて、米ドルが流通していた。これは旅行者にとっては具合のよいことであった。また南アフリカではすべての場所でカードが使えた。
この旅行で珍しい植物を二種見た。一つはキソウテンガイ(奇想天外)、これはナミブ砂漠などに生える、帯のような形をしたきわめて長い葉を持つ、長命なことで知られる植物。寿命は千年から二千年になるという。サバクオモト(砂漠万年青)の和名もあるようにオモトに似た植物であるが、葉は二枚しかなくそれがいつまでも成長し続けるという。見た場所はケープタウンにある植物園の温室。この植物園は世界遺産になっている。
もう一つはバオバブの木の巨木、「星の王子さま」に登場するトックリのような形になることで知られる木であるが、私が見たのは種類が少し違うらしくあまりトックリ形になっていなかった。場所はビクトリアの滝の近く、この辺りにはこの木があちこちに生えていて、ちょうどタネの落ちる時期だったので大きくて長い実がたくさんぶら下がっていた。
もどる