珍名植物の話
 
珍しい名前をもつ植物をいくつかご紹介する。植物の名前にもその国の文化の傾向のようなものが表れてくるものなので、日本文化の上品さを守るためにも、何の取り得もないような草であろうと、長所を見つけて上品な名前をつけてあげたいと思う。

 
ヘクソカズラ。漢字で書くと屁糞葛。これはかわいそうな名前の代表というべき植物。名前の由来は花でも葉でも実でも、もむと不快な臭いのすること。ところがこの草にはサオトメバナ(早乙女花)の名もあって、これはかわいらしい花に焦点を当てた名のようである。ヤイトバナの名もあり、これは白花の中心にある赤紫色の部分をヤイト(お灸)の痕に見立てたものらしい。
 
ヘクソカズラはアカネ科ヘクソカズラ属の落葉つる性植物、草本であるが古くなると木質化する。対生で、縦長のハート形の葉をもつ、もむと嫌な臭いのつる植物、と覚えておけば見分けられるが、あまり臭わないものもある。
 
この草は小浜市内でも至る所に生えていて、ほかの木にからみ付くだけでなく、つるが地上を這う姿もよく見かけるが、目立たない植物なので知る人は少ない。つるの長さは最大八メートル、つるは細くしなやかで、しかも意外に丈夫なので、昔は山でとった焚き木などをしばる紐に利用された。
 
薬用や装飾用に利用されることもあり、薬用には熟した果実の汁を、ひび、あかぎれ、しもやけ、の患部に塗ったり、乾燥した根を煎じて下痢止めや利尿剤にしたという。装飾用には晩秋のアメ色に乾燥した実やつるを利用するが、乾燥すると臭いはなくなる。

ママコノシリヌグイ。漢字で書くと継子の尻拭い。これもかわいそうな名前の代表というべき植物。面白い名前と言えるかもしれないが、上品な名前とは言いがたい。この草は茎だけでなく葉柄や葉の裏にも下向きに生える鋭いトゲがあり、しかもそのトゲが小さくて目に付きにくいので、イジワルをするのに使ってみたくなる、ということからこの名が付いたのだろう。
 
タデ科タデ属に属するつる性の一年草であり、花期は五月から十月までと長く、花は基部が白、先端が桃色をした小さくて可憐な花、それを枝先に十個ほど開く。日本全土に分布とあるが、小浜市内では見た記憶がない。よく似た草にミゾソバがあり、これは小浜市内でも水の流れるような所でよく見かけるが、この草の茎はつる状にはならない。

ハキダメギク。漢字で書くと掃溜菊。今ではほとんど使われなくなった掃きだめという言葉は、ゴミ捨て場を意味するということで、これもかわいそうな名前の植物の一つ。命名は牧野富太郎博士。
 
大正時代に東京都世田谷区の掃きだめで発見したのでこの名を付けたというが、発見場所が悪かったというべきか、第一印象がよほど悪かったのか、どちらにしてもこの草に対する思いやりの心が足りなかったのは確かだと思う。熱帯アメリカ原産のキク科コゴメギク属の一年草、今では関東以西に広まっている。なお私は掃きだめなるものを見た記憶がないので、発見場所がどんな場所だったのかにも興味がある。

クサギ。漢字で書くと臭木。シソ科クサギ属の落葉低木、樹高は最大八メートル。この木の特徴は葉にいやな臭いのあること、そのままでもかなり臭うし、葉をもむと臭いはさらに強くなる。クサギの名はもちろんこの臭いに由来する。
 
ところが新芽は強い苦みが持ち味の珍味というべき山菜になり、いやな臭いは湯がくと消える。また真夏に咲く白花も、秋にできる実も、晩秋の黄葉も、見栄えは悪くはない。だから名前がもっと良ければ、もっと大切にしてもらえる植物だと思う。この木は日本中どこにでも生えていて、小浜市内でも道路脇でよく見かける。

ヌスビトハギ。漢字で書くと盗人萩。歪んだメガネのような形の小さな実を晩秋につけ、それが泥棒の足跡に似ているとしてこの名をもらったという植物。昔の泥棒は足音を立てないように足裏の外側だけ着地して歩いた、その足跡に実の形が似ている、というのである。この実にはカギ型の毛がたくさん生えていて、それで服などにくっついて他の場所に運ばれる。つまりくっつき虫になっていて、それが名前の由来とする説もある。
 
この草はマメ科ヌスビトハギ属に属する多年草、葉はマメ科によくある三出複葉、花期は七月から九月、小さな目立たない花を開き、花が終わるとすぐに実ができる。小浜市内では小浜公園の梅田雲浜碑のまわりにたくさん生えている。

ウシコロシ。漢字で書くと牛殺し。この物騒な名前は、バラ科カマツカ属の落葉小低木カマツカ(鎌柄)の別名であり、材が緻密で硬く鎌の柄に使われたことでカマツカの名が付き、牛の鼻輪を作ったことからウシコロシの名が付いたという。春にナナカマドに似た白花を開き、若葉は食べられる。この木は寺の裏の崖に一本生えているが、いくら探しても二本目が見つからない。

ジゴクノカマノフタ。漢字で書くと地獄の釜の蓋。シソ科キランソウ属の多年草キランソウの別名であり、茎は地面を這って広がるが長くは伸びず、釜の蓋のような丸い平らな形になる。地面にへばり付いている草なので、花を観賞する人は少ないと思うが、よく見ると濃い紫色のきれいな花である。
 
牧野植物図鑑には、ジゴクノカマノフタの名は春の彼岸のころに花が咲くことによるとある。だとすると、地獄の釜の蓋が開くという彼岸のころに花が咲く釜の蓋に似た草、ということでこの別名が付いたと考えられる。道ばたによく生えている植物であり、お寺の裏庭にもよく生えてくる。なおキランソウの名は紫藍草(しらんそう)あるいは金襴草(きんらんそう)から来たとされる。

ヒガンバナ(彼岸花)秋の彼岸に花が咲くのでヒガンバナ。以前は今年こそは彼岸に咲き遅れるのでは、と心配させながらもちゃんと咲いていたが、最近は温暖化の影響かしっかりと咲き遅れるようになってきた。ヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草、赤い色の鮮やかな花であるがまれに白花も混じっている。
 
ヒガンバナは多くの別名や地方名をもっていて、その数は千に達するとも言われ、不吉な名が多いのは、彼岸に咲くことが影響しているのか。それとも鮮やかすぎる赤い色に不吉さを感じてのことなのか。
 
その別名をいくつか紹介すると、まず曼珠沙華(まんじゅしゃげ)。これは仏教由来の植物名であり、天上に咲く花とインドでいわれている花の名前をもらったもの。レッドスパイダーリリーは英語名、花が蜘蛛の足に似ているとして付けられた名だという。葉見ず花見ずは、花が終わってから葉が出てくることに由来する名。花が咲いているときには葉を見ず、葉があるときには花を見ずである。
 
墓花(はかばな)、死人花(しびとばな)、葬式花、幽霊花、地獄花、などはよく墓に植えられたことに由来する名か。灯篭花(とうろうばな)は花の形を灯篭に見立てての名か。火事花、狐の松明(たいまつ)、は赤い花を炎に見てのものか。あたり一面、真っ赤に咲いていると火事に見えなくもない。
 
しびれ花、捨てる花、親死ね子死ね、などは毒草であることへの注意喚起から来た名か。ただし飢饉のときには毒抜きして球根を食べたといわれ、親死ね子死ね、はそのとき毒抜きに失敗して死んだ親子がいたことに由来するとも考えられる。きつね花は、狐と相性が良さそうに見えるからか。蛇の花は蛇が出てきそうな所で咲くからか。かみそり花は葉の形が日本カミソリに似ているからか。

ナタオレノキ。漢字で書くと鉈折の木。鉈が折れるほど木質が緻密で硬いということで付いた名前。モクセイ科モクセイ属の常緑高木シマモクセイ(島木犀)の別名であるが、牧野植物図鑑にはナタオレノキの名で出ていて、小笠原に生えるものをシマモクセイとして区別することもある、という説明になっている。ハチジョウモクセイの別名もあるのは八丈島に多いからか。
 
なおモクセイ科の代表的な木が庭木としてよく植えられるキンモクセイ(金木犀)。そしてナタオレノキと同じ趣旨の植物名がオノオレカンバ(斧折樺)、これはカバノキ科カバノキ属の落葉高木。
 
ナタオレノキは小浜市内では、加斗(かど)の沖合一キロにある蒼島(あおしま)に生えている。小浜湾に浮かぶこの小さな無人島は、蒼島暖地性植物群落がある島として全体が国の天然記念物に指定されていて、ナタオレノキとムサシアブミはここが国内最北限の自生地とある。ただしまだ上陸したことがなく、ナタオレノキもまだ見たことがない。ムサシアブミ(武蔵鐙)はサトイモ科テンナンショウ属の多年草。

ミサオノキ。漢字で書くと操の木。牧野富太郎が出身地の高知県佐川町(さかわちょう)で発見、命名した木。牧野植物事典によると、和名はこの木のつねに変わらない緑の堅固さを操にたとえたものとあるが、それだと常緑樹はすべてミサオノキになってしまう。
 
この木はアカネ科ミサオノキ属の常緑小高木、最大樹高七メートル、日本では紀伊半島から沖縄にかけて自生し、葉は対生するが、二枚つく節と、一枚あるいは一枚も付かない節が交互にあるという珍しい木。

メグスリノキ(目薬の木)。樹皮を煎じて目薬にしたことでこの名が付き、家伝のこの目薬で財をなした人があるという言い伝えからチョウジャノキ(長者の木)とも呼ばれる木。今は目薬の原料にしていないと思うが、何らかの薬効があるのは確からしい。
 
ムクロジ科カエデ属の落葉高木であり、最大樹高二十メートル、三出複葉の見分けやすい葉をもつ、紅葉の美しさではカエデ属の中でも群を抜く木。小浜市内では上根来林道ぞいで数本の小木を確認している。

エゴノキ。この木の名前には漢字表記がない。実がきわめてエゴイ(エグイ)ことからエゴノキと呼ばれる木。エゴノキ科エゴノキ属の小高木、小浜市内でも低山のあちこちに生えていて、川崎の台場浜公園には植樹もされている。サクランボのようにぶら下がって咲く白花も、同じようにぶら下がって付く実もかわいらしく、もっと庭木として植えられてもいい木だと思う。
 
人生の苦しみはエゴによって生じる。自分さえよければというエゴの心が、人間の悩みの根本原因であるから、エゴを捨てれば明るく楽しい人生が開けてくる、と仏教は説く。この教えを思い出させてくれる大切な木。

ザゼンソウ。漢字で書くと座禅草。サトイモ科ザゼンソウ属の多年草、花の形が達磨(だるま)大師が座禅をしている姿に見えるとしてこの名が付き、ダルマ草とも呼ばれる。高さ二十センチほどの仏炎苞(ぶつえんほう)という、仏像の光背に似た形の苞の中に花が鎮座する姿は、禅画でよく見る達磨大師の姿、頭から布を被って座禅している姿に見えなくもない。
 
この花にはもちろん大きい小さいがあり、群生していると大小のダルマさんが並んでいるように見える。花と葉は同時に芽吹き、花が終わると葉が大きく成長する。赤黒い色をしたミズバショウ(水芭蕉)の花、という感じの花。
 
この植物は小浜市内にはたぶん生えていないが、隣の滋賀県高島市今津町(いまづちょう)の、国道三〇三号線近くの町なかの湿地に群生していて、ここは日本最南の群生地だという。開花の時期は、雪が少なければ二月、雪が多ければ三月。
 
この花にはなんと発熱する能力があるということで、まだ寒さの残る季節に氷雪を溶かしながら成長し開花するという。全草に悪臭があることから英語名はスカンクキャベツ、この臭いは受粉を助けてくれるハエなどを誘引するためのものだとか。寒くて虫の少ないときに開花するためこうした細工が必要になるらしい。

キチジョウソウ(吉祥草)というめでたい名前の草がある。花が咲くと吉事が訪れるといわれる、クサスギカズラ科キチジョウソウ属の多年草、観音草(カンノンソウ)の別名もある。山地の湿り気のある日陰に群生し、栽培もされ、花期は九月から十二月、花の色は淡い赤紫色。

万両。千両。百両。十両。一両。これらはお金に縁のある木の代表五種、大切に育てると富貴を招いてくれる、かもしれない木。すべて冬に赤い実をつける。
 
万両は、サクラソウ科ヤブコウジ属の常緑低木マンリョウのこと。よく見るのは樹高五十センチほどの木であるが、最大樹高は二メートルになり、私の寺のモチノキの下にも二メートル近い木が一本生えていた。環境が合うと大きく育つようであるが、太くはならない。
 
千両は、センリョウ科センリョウ属の常緑低木センリョウのこと。最大樹高一・五メートル、庭木としてよく植えられ、南日本では自生している。枝先に鋸歯の目立つ四枚の葉が十字形に対生し、その中心に花や実を付ける。白や黄色の実もある。
 
百両は、サクラソウ科ヤブコウジ属の常緑小低木カラタチバナ(唐橘)の別名。林内に自生し、よく鉢植えにされる。最大樹高七十センチと背は万両より低いが、葉は万両より少し大きい。
 
十両は、サクラソウ科ヤブコウジ属のヤブコウジ(藪柑子)の別名。林内に生える匍匐性の常緑小低木、最大樹高は三十センチ。この木はもらったものを裏庭に植えてあるが、まだ実をつけたことがない。
 
一両は、アカネ科アリドオシ属の常緑低木アリドオシ(蟻通し)のこと。最大樹高一メートル、蟻でも突き通せそうな縫い針よりも細くて鋭いトゲをもつ木。この木の植え込みを小浜市内で一か所、確認している。
 
なお千両、万両、アリドオシを組み合わせた縁起物の正月飾りがあるという。三つ合わせると「千両、万両、有り通し」、つまり「千両、万両、いつでもあります」というめでたい言葉になる。

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