カザフスタンの話
二〇二四年十月、カザフスタンを旅してきた。この国はユーラシア大陸のほぼ真ん中に位置する、日本の約七倍という世界第九位の広大な国土に、二千万人に満たない国民が住む人口密度のきわめて低い国。また世界でもっとも広い内陸国でもあり、海には面していないが世界最大の湖カスピ海に面している。
カスピ海の水面は海水面よりも二十~三十メートルほど低い標高にある。そのためこの湖には流れこむ川はあっても流れ出る川はなく、水面標高の数字に幅があるのは水位が変化するからである。また塩分濃度が海水の三分の一程度という塩湖であり、舐めてみたら薄い味噌汁ぐらいの塩加減であった。
この湖は昔は黒海などを通じて大海につながる陸地に深く入りこんだ海であったが、陸に閉じこめられて塩湖になった。塩分濃度が低いのは、湖全体が干上がっていたことがあって、そのとき塩分が岩塩になって取り除かれたことで低くなったと推測されている。出口のない湖の水の塩分が蒸発によって凝縮されて塩湖になったという単純なことではなかった。
カスピ海の水は最近、減少しつつあるという。それどころか近くにある世界第四位の広さがあったアラル海という湖は、今は五分の一の面積に縮小している。原因はともに流れこむ川の水を途中で灌漑などに使ってしまうこと、川が流れこまなければ海も涸れるという見本である。
この国の国土は、十三世紀にモンゴル帝国に征服され、十九世紀半ばからはロシア帝国の支配を受け、その後はソビエト連邦の一部に組みこまれていたが、一九九一年にソビエト連邦が崩壊したときカザフスタスタン共和国として独立した。ただし今もロシア寄りの国であり、ロシアのバイコヌール宇宙基地はこの国の中にある。
外務省のホームページによると、国民の七〇・七パーセントはカザフ系、十五・二パーセントはロシア系とあり、ロシア系住民は過去の植民の子孫とある。現在は石油や天然ガスなどの資源に恵まれた中央アジアでは豊かな国の一つになっているが、ソ連時代に繰りかえされた原爆実験の残留放射能問題というやっかいな問題を抱える国でもある。
この国を旅行する人はきわめて少なく、外国人旅行者らしき人は今回まったく見かけなかった。またこの国に関する情報はきわめて入手しにくく、そのためこの国の政治状況などはよく分からない。ロシア寄りの国だから独裁国家ではないかと疑いたくなるが、旅行中に軍人を見かけたことはなく、警察車両の数も多くはなかった。
今回の旅は荒野の中にテントを張って四日間、星空を眺めようという旅。単純に言ってしまえば、四輪駆動車で道とはいえない道を走りまわり、見えるのは三百六十度、地平線ばかりというような旅。車列が砂ほこりを巻き上げながら進んで行くと、窓ガラスの上を砂がさらさらと流れ落ちるというひどい道であっても、なぜか走っている車はピカピカに磨かれた車が多かった。
飛行機の離着陸のときに見下ろした眺めから判断すると、この国の道路は幹線を除けば四輪駆動車でしか走れないような道ばかりのようである。網の目のように道が付いている場所があったりするのは、走ろうと思えばどこでも走れる平坦な大地だからであろう。
キャンプ地では毎晩、持参したマットに寝転んで星を見ていた。真っ暗闇の荒野だから星はよく見え、人工衛星が増えていると感じた。山中暦日なしというが、荒野にも暦日なしで、無人の荒野でテント生活をしていたら、日付も曜日も分からなくなってきた。キャンプ最後の日の朝、これからテント撤収というとき短時間であるがかなり強い雨に降られ、この大陸のど真ん中にどこから雨雲が流れてくるのかと思ったが、あるいはカスピ海から流れてきた雲かもしれない。
旅行中、同行者の一人が足を痛めて難渋していた。先月、南米のギアナ高地を旅したとき、プリプリという虫に足を食われ、ほかの人はかゆいだけで済んだが、この人は食われたところが化膿して悪化し、今回の旅に出る前に切開手術をしたという。それでも医者が旅に出ることに反対しなかったので大丈夫だろうと思っていたら、旅行中に悪化して歩けなくなってきたというのである。
するとカザフスタンを出国するとき飛行場で、その痛々しげな姿を見た空港職員が、なんと車椅子で帰れる体制を作ってくれたのであった。
車椅子を用意して飛行機の中まで送ってくれ、乗りつぎの韓国の空港でもその体制が維持され、関西空港に着くと、機内では機内用の車椅子、飛行機を出るとふつうの車椅子が用意されていて、係員が一人付きそって荷物の受けとりと自宅への発送を手伝ってくれ、空港の船の乗り場まで送ってくれたという。
そしてその先は船会社の人が引きつぎ、神戸港に着くと駐車場に置いてあった車まで送ってくれたという。障害ある人に対するこうした介護の実態を見たのは初めてだったので、その手厚さには感心した。
旅行中にカゼを引いた人もいた。旅の初めにホテルでシャワーを浴びていたら、急にお湯が水に変わり、それが原因でカゼを引いたというのである。テントの中で咳をする音がよく聞こえていた。
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