アカシアの花の歌

アカシアの花が出てくる童謡「この道」は、一九二七年(昭和二年)に発表された北原白秋(きたはらはくしゅう)作詞、山田耕筰(やまだこうさく)作曲の歌。この歌詞は北海道旅行の体験を元に作られたというから、アカシヤの花は札幌のアカシヤ並木の花、時計台は札幌の時計台のことであろう。

  この道

この道はいつか来た道
ああそうだよ
あかしやの花が咲いてる

あの丘はいつか見た丘
ああそうだよ
ほら白い時計台だよ

この道はいつか来た道
ああそうだよ
お母さまと馬車で行ったよ

あの雲もいつか見た雲
ああそうだよ
山査子(さんざし)の枝も垂れてる

この歌に出てくるアカシヤ(アカシア)の花は実はニセアカシアの花である。ほかにもアカシアの花が出てくる歌はいくつかあるが、歌われているのはすべてニセアカシアの花と考えていいようである。つまり札幌のアカシア並木もニセアカシアの並木ということである。
 
ところがニセアカシアの木には、剪定の手間と費用がかかるという欠点がある。それはこの木の成長が早く、しかも根張りが浅くて風に弱いという性質によるもので、そのため札幌ではほかの木への切り替えが進んでいるという。
 
なおニセの付く名前ではかわいそうという心づかいからか、最近この木はハリエンジュの名で呼ばれることが多く、図鑑にもハリエンジュの名で載っている。ハリエンジュ(針槐)は北米原産のマメ科ハリエンジュ属の落葉高木、高さは最大二十メートルになり、葉は明るい緑色の奇数羽状複葉、葉の付け根に一対の針のような鋭いトゲがあり(ないものもある)、五月ごろ房状に垂れて咲く香りたかい白花をつける。
 
この木は成長が早いことから砂防樹、街路樹、公園樹としてよく植えられ、また薪炭材としても利用され、花は良質の蜜源になり、花を天ぷらにしたり焼酎漬けにしたりできる。そういう有用植物であるから、たしかにニセアカシアと呼ぶのは失礼かもしれない。ただしこの木は外来生物法で要注意外来生物に指定されている.この木は私の寺の近くの小浜公園に何本か生えているが花に手は届かない。
 
それではこの木はなぜアカシアとかニセアカシアと呼ばれるようになったのだろうか。ネットで調べてみたら、アカシアという名前は、明治期にこの木がアメリカから輸入されたとき一緒に輸入されたものらしく、だとするとアカシアはこの木はアメリカ名ということになるが、おそらく英語名「False Acacia」直訳のニセアカシアでは呼びにくいということで、ニセが省略されてアカシアになったのだと思う。
 
そしてニセではないアカシア属の木が日本に伝わったとき、区別する必要からニセアカシアと呼ばれるようになったのだと思う。ハリエンジュの名はエンジュの木の仲間で針のようなトゲのある木、ということで植物学者がつけた名である。
 
それではニセではないアカシアはどんな木かと図鑑を調べてみたら、名前にアカシアの付く木が八種載っていて、その中のギンヨウ(銀葉)アカシアとフサ(房)アカシアが目にとまった。この二種はともにミモザとも呼ばれる、黄色い球状の花を付ける、マメ科アカシア属の木で、目にとまった理由はミモザの花の歌があるのを思い出したことである。そしてこのとき気がついたのだが、図鑑に載っているアカシアはニセアカシア以外はすべてオーストラリア原産の植物であった。
 
ギンヨウアカシアは庭に植えられた木が小浜市に一本あって、春一番によく目立つ花を咲かせるが、この種は並木には適さない樹形をしている。
 
この歌にはサンザシの木も出てくる。サンザシは中国原産のバラ科サンザシ属の落葉低木、高さは最大で三メートルになり、日本へは薬用植物として輸入され、果実は薬用以外にも乾燥させて食べたり、焼酎に漬けて果実酒にしたりできる。
 
ただし歌詞に「枝が垂れてる」とあるから、歌われている木はトキワ(常磐)サンザシの可能性が高い。ピラカンサとも呼ばれるトキワサンザシは、西アジア原産のバラ科トキワサンザシ属の常緑低木、高さは最大で五メートルほどになり、細い枝が垂れ下がるように長く伸びる木である。
 
一方のトキワの付かないサンザシの木は、私はこの木を見たことがなく写真で見た限りの話であるが、枝は垂れたりしないようである。またこの二種は葉の形がまったく違うし、常緑樹と落葉樹の違いも大きく、この二種を見まちがえたとは考えにくい。
 
ということで字数に制限のある詩の中で、トキワサンザシをサンザシと略した可能性は高いと思うが、それだと今度は西アジア原産の木が寒い札幌で育つかどうかが問題になる。トキワサンザシは小浜市では川崎の台場浜公園に一本生えている。


もどる