花脊の三本杉
二〇二四年三月十一日(月)晴
花脊(はなせ)の三本杉は、六年ほど前の林野庁の調査で新たに日本一の高木と認定された木、生えている場所は京都市左京区花脊原地町七七二にある峰定寺(ぶじょうじ)という寺の裏山の大悲山(だいひさん)、この木はこの寺のご神木とされている。なお大悲山の三本杉と呼ばれることもある。
峰定寺は鞍馬山北方の山深いところにある寺、これぞまさに山里という景色を楽しみながら車を走らせ、峰定寺駐車場とあるところに車を駐めた。寺の入口はそこから二百メートルほど先にあるが、台風による被害の復旧工事のため拝観停止とあった。いつの台風のことなのかは不明。
峰定寺の門前にある料理旅館、美山(みやま)荘は雰囲気のよさそうな店、一日に四組しか客を受け付けないこと、予約がなかなか取れないこと、そしてそこそこ価格の高いことで有名な店だという。建物の後ろは川になっていて、店の横に架かる橋が三本杉へ向かう大悲山林道の入口になっているが、一般車は通行できない。
杉の植林帯のなかを行く林道歩きは片道二五分ぐらい。途中二か所で分岐し、二か所とも右へ進む。めざす三本杉があるのは大悲山林道三本杉線の終点、そこは三本杉を眺める展望台を兼ねた駐車場になっていて、三本杉は小さな流れの向こうに生えていた。周囲は杉の植林帯、三本杉の葉の色は周囲の杉の木とは明らかに違う茶色の強い色をしている。
今日はあまりにいい天気だったので、山靴を履いて来るつもりがうっかり運動靴のまま来てしまい、峰定寺のあたりに雪はほとんど残っていなかったが、林道を詰めていくと雪が増え、三本杉のあたりでは十五センチほどの積雪、足の冷たいのはがまんするとしても滑って困った。
三本杉はほとんど同じ太さの三本の杉からなり、三本とも思っていたよりもほっそりとした感じで、背もそれほど高いようには見えない。展望台から見ると二本杉に見えるが、右後ろに三本目がかくれている。三本がくっついた部分にはびっしりと苔が付いている。白鷹龍王(はくたかりゅうおう?)と彫った石が木の下に立っているのは、以前この木の下に龍王をまつる祠があったのか、あるいはこの木が龍王の依代(よりしろ)とされてきたのか。
以下は三本杉の前に立つ看板の説明である。
花脊の三本杉は平安時代末期に創建された大悲山峰定寺の御神木であり、江戸時代中期にはすでに大木として知られ、一七八七年に出版された拾遺都名所図会(しゅういみやこめいしょずえ)に「大木にして又類稀なり」と紹介され、現在は「京都の自然二百選」に選ばれている。
そして二〇一七年十一月に行われた林野庁の調査で、三本杉の三本の木の高さが国内で一位と二位と五位の高さであることが判明した。新たに日本一に認定された三本杉の東幹は、高さ六二・三メートル、幹まわり六三九センチ。二位の北西幹は高さ六〇・七メートル、幹まわり六一五センチ。五位の西幹は、高さ五七・二メートル、幹まわり六〇八センチ。
この木は谷底に生えているため、これまでに台風や落雷などの被害を受けたことがなく、三本とも無傷で健在に育っている。などが看板の説明である。
最後の説明に関していえば、世界的に見ても高木や巨木はたいてい谷底の風の当たらないところに生えている。また樹木の高さには、谷底の木ほど背が高く、尾根の上部に近づくほど低くなる、という明らかな傾向がある。
ところが帰宅して情報を整理しているとき手抜かりが一つ判明した。どれが東幹、西幹、西北幹なのか分からないのである。案内板にその説明はなかったし、生えている場所で方角を調べたりはしなかった。感じとしては向かって右側の木がいちばん高く見えたが、木の高さは下からの眺めでは判断できない。そこで国土地理院の地形図で方角を調べてみたがはっきりせず、ネットで調べても出てこない。どうやらどれがいちばん高い木かを確認しながら眺めた人はいないようである。
三本杉が一位と二位と五位の高さだとすると、三位と四位はどの木なのか、という問題も出てきた。手元にある本の情報では、これまでの日本一は高知市大豊町(おおとよちょう)の杉の大杉(六〇メートル)、二位は秋田県能代(のしろ)市のきみまち杉(五八メートル)となっていて、この二本の木の高さは三位と四位にうまく当てはまる。
ところがネット上で調べてみると、これまでの日本一は愛知県新城市の鳳来寺山(ほうらいじさん)の傘杉(かさすぎ。五九・六メートル)とあり、しかもいくら検索しても四位の木が出てこない。巨木の順位はいくらでも出てくるが、高木の順位は出てこないのである。
出てこない理由の一つは、樹高を正確に測ることの難しさにあるのではないかと思う。周囲に木が生い茂っている、急な山の斜面の、でこぼこした地面に生えている木の高さを調べるのは、それほど簡単なことではないのだろう。花脊の三本杉も斜面に生えているため、根元をどこにするかで迷ったのではないかと思う。また雪や風や雷などによる被害で高さが変わったりすることも、樹木の背くらべを難しくしているのかもしれない。
なお鳳来寺山の傘杉は、鳳来寺の参道に生えている木、この木は鳳来寺山に登りに行ったときに見たことがあるが、やはり谷底から天に向かってすらりと伸びる杉であった。山上にある鳳来寺まで車道ができたことで、今ではこの参道を歩く人はほとんどいなくなった。
花脊の三本杉を一本の木とするか、三本の木とするかも微妙な問題だと思う。見た感じでは一本の木から三本の幹が出た木ではなく、三本の木が一つに合体して生えている木に見えるし、看板にも三本が合着(がっちゃく)した木となっているが、同じ看板に東幹とか西幹などと書いてあるのは一本の木と見ての表現であり、この看板を書いた人も一本とすべきか三本とすべきかで迷ったのではないかと思う。この問題の解決には遺伝子解析が必要になるかもしれない。
看板には樹齢も書いてなく、ネットで調べたら推定千二百年と出てきたが、そのすっきりとした立ち姿に千二百年の老木という感じはない。これまで大して有名にならなかったのは、ほっそりと若々しく見えるその姿が影響したようにも思えるし、その見かけ通りまだまだ高く大きく成長する木だと思う。
それでは世界でいちばん高い木はどれかというと、手元の本によるとアメリカ・カリフォルニア州・サンフランシスコ北西一八〇キロのモンゴメリー保護区にあるメンドシーノ・ツリーと名付けられた木が、一九九九年に世界一の高木としてギネスブックに登録されたとある。樹種はセコイア(センペルセコイア。レッドウッド)、高さは一一一・七二メートル、樹齢は六百年から八百年とある。
ところがネットで検索したら、二〇〇六年にカリフォルニア州レッドウッド国立公園で、高さ一一五・六一メートル、直径四・八四メートルのセコイアの木が発見され、ハイペリオンと名付けられたとある。どうやら現在はこの木が高さでは世界一の座にあるらしい。
なお体積で世界最大の木は、カリフォルニア州シエラ・ネバダ山脈にあるシャーマン将軍の木と呼ばれるジャイアントセコイアとされ、高さは八三・八メートル、幹回り三一・三メートルとある。ただしこれより大きな木も見つかっているらしい。
調べてみたらセコイアの木には、メタセコイア、ジャイアントセコイア、センペルセコイアの三種があり、メタセコイアは中国原産の木なので区別するのに問題はないが、あとの二種はともにカリフォルニア州に生えている、ともにセコイアとかレッドウッドと呼ばれたりするよく似た木なので区別が難しい。
高さで世界一になるセンペルセコイアは、セコイアメスギ、イチイモドキ、とも呼ばれるヒノキ科セコイア属の木、そして体積で世界一になるジャイアントセコイアは、セコイアオスギ、セコイアデンドロンとも呼ばれるヒノキ科セコイアデンドロン属の木である。またメタセコイアはヒノキ科メタセコイア属、スギはヒノキ科スギ属、という分類に現在はなっている。
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