ニュージーランドの話
二〇二四年一月、ニュージーランドへ行ってきた。この国は日本の四分の三ほどの広さの国土に、五百万人強の人が住む国、その国土の大半は北島(ほくとう)と南島(なんとう)という二つの島が占めている。
この国は五十六か国が加盟するイギリス連邦の一員であり、さらにその中の十五か国が加盟するイギリス連邦王国の一員でもある。つまりこの国はイギリス国王を名目上の国家元首とする国であり、そのため二十ドル紙幣にはエリザベス女王の肖像が印刷されている。
ニュージーランドと聞くと、人間の数より羊の数が多い国という言葉を思い出す人があると思う。その言葉どおり、多いときには人口の二十倍以上の羊がいたということで、現在も六倍ほどの羊が飼育されている。倍率が下がった理由は、人口が増えたことと羊が減ったこと、羊が減った理由の一つは化繊の普及で羊毛の価格が下がったこと。
この国は南太平洋のまん中に孤立して浮かぶ島国であり、食糧自給率が三百パーセントという食料輸出国でもある。つまり戦争とか食糧危機などの災難とはもっとも縁の遠い国、世界でもっとも安全といわれる国であり、その安全を求めてこの国に移住する人もあるという。
南半球にあるためこの国の季節は日本と逆になる。また南下するほど南極に近づいて寒くなり、北上するほど赤道に近づいて暑くなる。だから私が旅行をした一月はこの国の盛夏に当たるが、高緯度にあるためそれほど暑さは感じなかった。南部にフィヨルドと呼ばれる氷河が作った湾があるほどの高緯度にこの国は位置しているのである。また旅行中、夜は十時頃まで明るさが残り、朝は六時ごろから明るくなったので、この国の人はいつ寝ているのかと心配になった。
この国は世界でいちばん早く夜が明ける国かもしれないと思い人工知能に質問してみると、それはキリバス共和国だという答えが返ってきた。つまり日付変更線に一番近い国はキリバスということであるが、ニュージーランドも日付変更線の近くに位置しており、この国の時間は日本より三時間(夏時間だと四時間)進んでいる。
この旅行では久しぶりに南十字星を見た。寝る前に探したときには見つからず、夜明け前に探したら頭上に昇っていたので、この国でこの季節に南十字星を見たければ夜明け前に見あげればよいということである。この国の国旗には南十字星座の四つ星が大きく描かれている。
ニュージーランド人
添乗員同伴の団体旅行なので現地の人と接する機会は少なかったが、接した限りではこの国の人はみんなニコニコしていて愛想がいい。添乗員にきいたら、この国の人のニコニコ度は世界でも上位に入るだろうとの返事。ちなみに二〇二三年のこの国の幸福度は世界十位とあり、一位はフィンランド、二位はデンマーク、そして日本は四十七位である。世界一幸せなフィンランド人の笑顔をこんどは見に行きたいと思う。
これまで旅した国で移住してみたいと思ったのはカナダとオーストラリア、ともに広い国土に、少ない国民、高いニコニコ度という国である。ニュージーランドは国土は広くはないが、人口もきわめて少ない国なので、町なかを歩いていてもほとんど人に会わず、郊外に出れば人っ子ひとり見かけないことが多い。こういう人淋しい国にはニコニコした人が多い。
この国には太った人も多い。しかもその太り方が日本人とかなり違う。横はばの違いもあるがそれ以上に体の厚みの違いが大きく、旅行中こういうものを食べているとああいう体型になるのかと思いながら食事をしていたが、たいていは量が多くて食べきれなかった。
この国には飛べない鳥が十数種類もいる。この種類数は世界最多であり、その飛べない鳥の代表がキウイである。この国に飛べない鳥がたくさんいる理由は、この国が長期間、鳥たちの楽園だったこと、つまり天敵がおらずエサも豊富にある他の陸地と隔絶した島だったので、飛ぶことをやめた鳥ができてしまったのである。この国にはヨーロッパ人が移住して来るまでは猫も犬もおらず、そして現在も猛獣も蛇もいない安全な国である。
つまり天敵がおらず餌が充分にあれば、飛ぶことよりも太ることを選ぶ鳥が出現するのであり、空を飛ぶのはそれだけ鳥に負担を強いているのであろうが、私が鳥ならがんばって痩せることを選びたい。なお日本にいる飛べない鳥は沖縄本島のヤンバルクイナ一種のみ。
道路事情
この国の車の法定速度は郊外では百キロ、これは高速道路ではなく一般道の速度である。そしてカーブの手前にはカーブの存在を予告する表示とともに、そのカーブの推奨通過速度が表示されている。これはいい方法だと思った。
しかも面白いことにその推奨速度は八十五キロとか七十五キロとか、カーブのきついところでは四十五キロもあったが、必ず下一けたが五で終わる数字なのである。現地ガイドにその理由をきいてみたら、そんなことは考えたこともないという返事であった。
私にとって身近な北陸自動車道の制限速度も百キロであるが、山岳地帯に入ると八〇キロ制限になり、それはカーブのゆるやかな、見通しのよい、路側帯のある広い道になっても変わらない。そのためそうしたところは警察の狩り場になっている。つまり北陸道の制限速度は、利用者の安全のためではなく、警察が狩りをするための速度制限になっているのであり、警察が率先して国民をだまし討ちにしているのだから、これでは国民の信頼を得るのはむずかしい。警察の一番の手柄は日本が住みやすい国になること、人々が笑顔で暮らせる国になることでなければならない。
ニュージーランドの歩行者用信号の青の時間の短さは別格で、ボタンを押すとすぐ青に変わるが、青の時間はわずか一秒ほど、すぐに赤の点滅に変わり、渡りきる頃には点滅も終わる、というあわただしさであった。これは人間心理にのっとったいい方法だと思った。
この国はトンネルのほとんどない国である。今回の旅行ではかなりの距離を走り回ったがトンネルは一つしかなかった。この国は国土も狭く、国民も少なく、大した工業もなく、世界の辺境に位置している国であるが、それでいて余裕のある国のように見える。その余裕の元は無駄づかいをしないこと、つまりトンネルがないのはその節約精神の表れだと思ったのである。
ニュージーランドでは十六歳から運転できる。以前は十五歳であったが事故が多かったので十六歳になったとか。牧畜の盛んな国なので、早くから働き始める人が多く、仕事をするには車の運転が欠かせない、ということで免許取得年齢が低いのだという。
その他の思い出
今回の旅は日本人にとってかなり珍しい景色を眺めながらの旅であった。車窓から見える景色のほとんどは広々とした牧草地ばかり、しかも小高い山があってもそのてっぺんまで牧草地が続いているという、この国はどこもゴルフ場のような景色の国なのである。日本がこの国に見習うべき点は、と添乗員にきいたら、自然保護の行きとどいている点という答えが返ってきたが、牧草地の広々とした眺めは過去の巨大な自然破壊の産物のはずである。
今回の旅行の行程には入っていなかったが、北島の北部にカウリの巨樹が生える森林保護区がある。この木は巨大、長寿になる樹種の一つであるが、今では巨樹は乱伐のため数えるほどしか残っておらず大切に保護されている。この国にも大規模な自然破壊の時代があったのである。この巨樹は見たかった。
十三年前に大地震に襲われたクライストチャーチの町では今も復興工事が続いていた。かなりの大地震だったようで、この国も地震多発国なのである。この町はガーデンシティとも呼ばれる緑豊かな町、地震があったことでさらに緑が増えつつあるように感じた。
この町にはうっかり入ると迷子になるという広大なハグレー公園がある。この公園で解散すると必ずはぐれる人が出る、だからハグレー公園だ、と日本人の現地ガイドが言っていたこの公園は、イギリスのロンドンにあるハイドパークによく似ている。また広大な芝生の中に巨木がどっしりと根を張り枝を広げるイギリス的な景色もよく見かけた。巨木はできるだけ自然のままの姿で残すようにしている。おそらくこの国はイギリスを手本に国づくりをした国なのだろう。
この国の観光地にはいたるところにゴミ箱が設置されていた。これは日本と大違いで観光地にゴミ箱のない国は日本くらいのものである。
また観光地にはどこも立派なトイレが設置されていて無料で利用できた。この国の公衆トイレは男女別になっておらず、男女兼用の大きな個室が並んでいた。欧米にはこういう形式のトイレが多いが、女性にはあまり歓迎されない形式だと思う。なおトイレに関しては日本の噴水トイレにまさるものはない。これに慣れた人は噴水トイレのない国は旅行できなくなるのでは、と心配になるほどこれは優れものである。
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