高浜町の名木案内

福井県最西の町、高浜町(たかはまちょう)の名木をご紹介したい。名木めぐりも近場はこれが最後。この名木めぐりの旅では、近場の名物をたずね歩くおもしろさを知った。何といっても時間がかからないのがいい。心引かれる発見もたくさんあり、これまで地元の宝ものをたくさん見過ごしていたことに気がついた。なお見て回ったのは二〇二一年の四月から五月。

 
杉森(すぎもり)神社のオハツキイチョウ(お葉付き銀杏。二本とも国の天然記念物)

場所は高浜町六路谷(ろくろだに)24-3-1。この神社は高浜町西端の国道二七号のすぐ横にあるが、周囲に人家などはなく、国道を通ってもここに神社があると気づく人はまずいない。私自身もたびたびここを通っていながら、これまでまったく気づかなかった。なお道がカーブする、青葉トンネルを出た車がスピードを出して走ってくる場所なので、車をとめるときは気をつけてほしい。

解説板によると、オハツキイチョウは葉の上にギンナンができるイチョウの変種とあり、シダ植物の中に葉に実のつくものがあることから、これは先祖返り現象ではないかといわれる。またオハツキになるギンナンの割合は年によって変わり、オハツキにならないギンナンはふつうの付き方をする。全国に約二〇株のオハツキイチョウがあり、そのうちの七株が国の天然記念物に指定されている。とある。

見学したのは新緑の季節だったので、もちろんギンナンは落ちていなかったが、ここのギンナンを植えるとみんなオハツキになるのだろうか。だとすると二〇株どころではすまないと思うが。なお呼び名は「お葉付きギンナンイチョウ」とでもする方が分かりやすいと思う。

この神社は名前の通り杉の森に囲まれた神社。二本ある天然記念物イチョウの、一本は神殿の左、もう一本は右側斜面の上にある。二本ともイチョウとしては巨木とはいえない同じくらいの樹齢の木であるが、「昭和十年八月、文部大臣指定」とあるから、それほど若い木でもない。神殿手前の左側にも小さめのイチョウがあるがオハツキかどうかは不明。右側にタブノキの古木もある。

イチョウは生きた化石と呼ばれる、二億年以上も前に出現したという植物であるが、現在この仲間で生き残っているのはイチョウ一種のみ。なお「銀杏」の字にはイチョウともギンナンとも読める困った問題があるので、私はギンナンの意味では使わないことにしている。どちらかに統一するべきだと思う。

 
大成寺(だいじょうじ。臨済宗)の紅梅とイヌマキ(犬槙。ともに町、天)

場所は高浜町日置(ひき)31-3。ここに同じ臨済宗のこんな立派な寺があるとは知らなかった。山に囲まれた立地も、駐車場の横にある百年前に積んだという石垣もいい。山門下に天然記念物指定の標識が立っているが、そこに天然記念物の木はなく、どこにあるのと山門をくぐって見渡したとき、運よく和尚に出会い案内してもらった。

紅梅は山門をくぐった正面にあるが、十年ほど前に枯れたということで、三メートルほどの高さの枯れた主幹とそのひこばえと思われる若い木が、サザンカの木にくっつくように生えていた。サザンカの花も赤だという。

イヌマキは山門を入って右側手前の庭の奥にある。和尚の案内で庭に入って横から眺めると、枯れて残っている太い主幹がなんとも見事であるが、通路側からその主幹は見えず、そのため何でこの木が天然記念物なのかと思われてしまうのは惜しい。

 
八幡(はちまん)神社のフジとスダジイ(ともに町、天)

場所は高浜町神野(こうの)43-4。この神社はたどり着くのに手間どった。神野の集落は道が狭い。そのため県道ぞいにあるバス停の横に車をとめて神社を探したが、バス停があるのは集落の東のはずれ、神社があるのは西のはずれの竹藪の中、その竹藪の上を県道が通っているが、上からは入れない。フキを摘んでいた女性に道をきいたら、神社の中まで案内してくれた。人が減って今では祭りもしていないと言っていたが、手入れの行き届いた造りのしっかりした神社であった。

神殿の右側に天然記念物にしてもおかしくないタブの巨木がある。この木に天然記念物のフジがからんでいるが、反対側にあるのでよく見ないと見落とす。すでに枯れの入ったフジであるが、見上げると上の方で花をつけていた。横にタブの巨木がもう一本ある。

神殿の左手に天然記念物のスダジイの標識があって、その横にスダジイの大木が生えているが、天然記念物にしては迫力が足りないのであたりを見回すと、斜面の上に枯れ木のようなスダジイの古木が見つかった。それが天然記念物のスダジイであった。皮一枚で生きている状態の、隣のモチノキに寄りかかって何とか立っているという老木なので、遠からず風が吹いたときに倒れるだろうと思った。周囲は孟宗竹の林。

 
青海(あおうみ。せいかい)神社のケヤキ(町、天)

場所は高浜町青(あお)15-1。国道二七号線の横。看板には「あおうみ」と「せいかい」の二つの振り仮名がついていた。この神社は巨木や古木が立ちならぶ神社、その多くはタブノキであるが、ケヤキの巨木も混じっていて、その一本が天然記念物になっている。上部は枯れてなくなり、残った主幹の片側にも枯れが入っているが、反対側から出た枝がみずみずしい若葉を芽吹いていた。境内にはフジの古木もある。

 
佐伎治(さきち)神社のウラジロガシとモミ(ともに町、天)

場所は高浜町宮崎(みやざき)59-4。ここにこんないい神社であるとは知らなかった。天然記念物のウラジロガシは鳥居をくぐってすぐの左側、ケヤキと二本並んで立っている。両方とも背が高い。その奥にケヤキがもう一本あって、その奥に天然記念物のモミがある。これらも背が高い。近くに細めのモミがもう一本ある。

また本殿の右奥にしめ縄を巻いたスダジイの巨木、神殿下の右側にもやはりしめ縄を巻いたタブノキの巨木がある。どうやらこの神社にはご神木が二本あるらしい。鳥居のまえに県社佐伎治神社と彫った石柱が立っていて、草書の達筆だったのでよく見ると、側面に明治四三年、宗演謹書とあった。それを見て高浜町は鎌倉円覚寺の釈宗演(しゃくそうえん)老師の生地であることを思い出した。

 
鷹島(たかしま)のナタオレノキ群落(町、天)

鷹島の場所は高浜町塩土(しおど)の高浜漁港のすぐ前。この島は橋で渡れるが、橋も島も有料の海釣り公園のなかにあって、その公園はコロナ感染禍のためだと思うが営業しておらず、島に渡ることはできなかった。ナタオレノキはシマモクセイ(島木犀)とも呼ばれるモクセイ科の常緑樹、「鉈折れの木」の名のごとく鉈が折れるほど堅い木だという。同じ趣旨の植物名にオノオレカンバ(斧折樺)がある。近くにある高浜城址と海蝕洞窟の明鏡洞は、ゆっくり回っても一時間ほど。

 
正善寺(しょうぜんじ。臨済宗)のサルスベリ(百日紅。町、天)

場所は高浜町薗部(そのべ)47-13。この寺は旧道に面している。駐車場があるのは西へ五〇メートルほど行った生活改善センターの前、そこに次項のタブノキもある。このあたりには道の狭いところがあるので要注意。

山門を入ってすぐのところに、天然記念物指定の標識とサルスベリの木があった。その木を見て、これなら私の寺のサルスベリの方がマシだと思ったが、それは天然記念物ではなく、奥に二本立ちの枝ぶりのいい古木があった。

 
弁天堂のタブノキ(町、天)

場所は高浜町薗部の生活改善センター前の駐車場。弁財天をまつるお堂の横にある。この木は三メートルほどの高さからたくさんに枝分かれしたずんぐりとした木。主幹が枯れてこうなったのか、場所が狭いため芯止めされてこうなったのか。弁財天は水に関係する場所にまつられるものなので、なぜここに弁天堂があるのかという疑問を感じた。横にある古井戸のために弁天堂を作ったのだろうか。

 
新宮(しんぐう)神社のムクロジ(無患子)とイチョウ(ともに町、天)

場所は高浜町和田(わだ)129-1。この神社は和田漁港の横にある。新宮神社の名は和歌山県熊野の新宮大社から祭神を勧請したことによる。裏山は安土山(あづちやま)公園になっていて、そこへ登る途中に鯨供養碑なるものがあった。これは海岸にうちあげられた鯨供養のためのものだという。

天然記念物の二本の木は、仲よくというか、けんかしながらというか、神殿の下に並んで生えている。ムクロジは上の方が裂けたように折れていて、しかも四月下旬だというのにやっと新芽を出したばかりの状態、すでに葉が出そろったイチョウに負けそうである。ムクロジはムクロジ科の落葉高木、秋に熟す直径二センチほどの実にサポニンが含まれ、石けんとして利用するため昔はよく植えられたとあるが、ほかではこの木を見たことがない。


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