小浜市の名木案内

時間に余裕ができたので、名木や巨木を見て回ることを始めた。木を見るのは昔から好きであった。
 
若狭地方にある天然記念物の木のほとんどは、スダジイ(椎)、タブノキ(椨)、カゴノキ(鹿子の木)、ケヤキ(欅)、ムクノキ(椋)、スギ(杉)、フジ(藤)のうちのどれかであるが、とくに多いのがスダジイとタブノキ、これらの巨木はいたる所で目につく。私の寺の裏山にもスダジイのうっそうとした林が広がっている。
 
カゴノキもよく目にするが、私は名木巡りをするまでカゴノキという木があることさえ知らなかった。カゴノキのカゴは鹿の子(かのこ)のこと、この木は鹿の子模様に樹皮がはがれるクスノキ科の常緑高木である。
 
古木や巨木は寺よりも神社の境内に多かった。これはほとんどの神社に人が住んでいないことがその理由であろう。木の下に人が住んでいると、落ち葉の掃除が大変とか、枝が落ちて危ないとかで、どうしても手出しをされてしまうのである。
 
古木にはしめ縄のかかっているものが多かった。植物は光合成によって自らを育て、酸素まで作り出している。ところが人間を含む動物は、食べ物も酸素もすべて植物に依存して生きている。つまり地球の生態系を作りあげた功労者は植物であるから、長く生きてきた木がご神木として大事にされるのは当然のことだと思う。
 
動くことのできない植物を人間はばかにするかもしれないが、うたかたのように漂い消えていく人間を、植物はあわれに思っているかもしれない。ちなみに世界でいちばん背の高い木は一一五メートル以上の高さがあり、現在知られている最長寿の木の年齢は九五五〇歳とか。
 
ということで植物の恩に報いるため、また樹木の生命力の偉大さを知ってもらうため、まず地元小浜市の名木をご紹介したい。なお天然記念物の木には市と県と国の指定のものがあり、ふつうはこの順番に希少価値が高くなる。つまり国指定の木がいちばん古くて大きいと考えていいということ。見て回ったのは二〇二一年の二月から三月。

若狭姫(わかさひめ)神社の千年杉、ムクノキ、オガタマノキ
 
千年杉とムクノキは県指定の天然記念物、オガタマノキ(招霊の木)は市指定の天然記念物。神社の住所は小浜市遠敷(おにゅう)65-41。
 
この神社のいちばんの宝というべき千年杉は本殿前にそびえている。奈良の石上(いそのかみ)神宮に伝わる国宝の七支刀(しちしとう)を思わせる特異な枝張りの名木であり、いつ見てもこのスギの迫力には圧倒される。
 
ムクノキがあるのは社務所の左奥、ここの境内にはケヤキが多く、この木も初めはケヤキだと思っていた。ケヤキ、ムクノキ、エノキ、はよく似た落葉高木なので冬枯れしていると見わけにくい。ムクノキはアサ科ムクノキ属の植物、名前は樹皮が短冊状にむけること、あるいはざらつく葉で木をみがいたことに由来するとか。実は食べられる。この木は以前はニレ科に属していた。遺伝子解析が進んだことで属する科が変更になったのである。
 
オガタマノキがあるのは本殿前の右側。解説板によると、この木は明治時代に京都御所から拝受したもの、モクレン科の常緑高木であるオガタマノキは、太古から神霊を招くのに用いられた神聖な木、早春に薄紫色の花をひらいて芳香を放ち、秋には鈴のような実を付けるという。
 
境内にはほかにも、タブノキ、ケヤキ、イチョウ、スギ、などの大木もあって楽しめるが、これだけ木があると人ごとながら掃除が心配になる。なお境内のあちこちに植えられているのはサカキ(榊)。
 
また近くにある若狭彦(わかさひこ)神社には、夫婦杉などのスギの大木が多い。この二社はまとめて彦姫(ひこひめ)神社と呼ばれるが、なぜか姫の方がすべてにおいて立派である。彦神社の住所は小浜市竜前(りゅうぜん)28-7。

神宮寺(じんぐうじ。天台宗)のスダジイ(市、天)
 
場所は若狭姫神社の奥、住所は小浜市神宮寺30-4。神宮寺境内にあるためこの木を見るには拝観料が必要になる。スダジイは椎の木のこと、ブナ科に属する椎の木にはスダジイ、ツブラジイ、マテバシイがあって、若狭地方に自生するのはほとんどがスダジイ。

白石(しらいし)神社のヤブツバキ(市、天)
 
場所は神宮寺の奥の小浜市下根来(しもねごり)。白石神社はお水送りがおこなわれる鵜ノ瀬(うのせ)の横にある小さな神社。タブノキやケヤキの巨樹の下にやぶ椿の老木が十本ほどあって、右奥のしめ縄のかかっている椿がいちばん大きい。これが樹齢千年とかいわれる椿であろう。その後ろのケヤキも見事。
 
ここの椿は日当たりが悪いせいか、あるいはすこし標高があるせいか開花が遅く、三月中旬にやっと咲きはじめる。それとなぜか枝垂れ気味の木が多い。周囲はウメの果樹園とスギの植林帯。

山の神のトチノキ(栃、橡。市、天)
 
場所は白石神社の奥、小浜市下根来(しもねごり)の伯父ヶ谷(おじがたに?)。下根来の集落を過ぎてしばらく行くと伯父ヶ谷林道が右へ分岐する。この林道をたどること二キロの右斜面の上にあるが、看板などはなくしかも目に付きにくい場所なので、私は通り過ぎてしまった。二キロという距離と右側の小さな空き地が手がかり。このとき林道整備の工事をしていたので、しばらくは通行に支障は出ないと思う。
 
そこにはトチの巨木が三本あって、その一本の根元に山の神をまつるとおぼしき祠があった。その祠、何かにかじられて穴が開いていた。好奇心の強いネズミだろうか。周囲は満開のやぶ椿、その外側は杉の植林帯。
 
トチノキはムクロジ科トチノキ属の落葉高木、沢ぞいに生える木の代表種であり、根元を流れに洗われている木を見たことがある。また巨木になる木の代表種でもあり、これまでに見た中で最大のトチノキは、南越前町の夜叉ヶ池(やしゃがいけ)の登山道で見た幹回り七・三メートルの木。
 
トチノキは栗に似た食べられる実を付け、しかも天候不順の年にもたくさん実を付けるので、飢饉の備えとして大切にされてきた。それがここに山の神がまつられている理由であろう。トチの実はあく抜きしないと食べられず、あく抜きはかなり面倒な作業だというが、一度だけ食べたことのある手作りのとち餅はほんとうにおいしかった。

百里ヶ岳(ひゃくりがたけ)のシャクナゲ自生地(県、天)
 
この山は百里四方が見渡せるという小浜で一番高い山。この山にはこれまで五、六回は登っているが、シャクナゲの木は記憶にない。珍しい木ではないので覚えていないのだろうか。この山は上根来(かみねごり)から滋賀県へ抜ける林道ができたことで登りやすくなった。なお百里先まで見えるというのは誇張。

雲外寺(うんがいじ。臨済宗)のコウヤマキ(高野槙。指定なし)
 
住所は小浜市谷田部(やたべ)40-18。この木は本堂の右側に形よくそびえている。上の方が二本になっているのは落雷のせいだと雲外寺和尚。樹勢はきわめて盛んであるが、あるとき、この木は空洞が入っていてすぐに枯れる、今なら十万円で買ってもいい、と持ちかけてきた人がいたという。こういう人がいるから用心しなければいけないが、この木なら立派なお風呂ができると思う。コウヤマキに寄りそうように高く伸びる木はコウヨウザン(広葉杉)。墓地の手前にある古木はスダジイ。

春日神社のスダジイ(指定なし)
 
住所は雲外寺に近い小浜市口田縄(くちだの)17-19。この神社の前はよく通るが、ここに神社があるとは知らなかった。鳥居をくぐってすぐの左手にしめ縄のかかったスダジイの巨木があり、その奥にカゴノキもある。

妙祐寺(みょうゆうじ。日蓮宗)のしだれ桜(市、天)
 
住所は小浜市中井(なかい)13-60。この寺は狭くて分かりにく道の奥にある。そのため南川ぞいの県道に車をとめてそこから歩いた。その辺りから眺めると妙祐寺の本堂が見える。それを目指して行けばたどり着ける。木の横に六~七台分の駐車場があり、三月初めだったので車は一台もとまっていなかったが、花の時期には混雑すると思う。
 
この桜は百四十年ほど前に、この寺の檀家が身延山(みのぶさん)に本山参りをしたときに持ち帰った身延桜、苗を植えてから百年以上も見向きもされず放置されていたが、平成四年に裏山の竹藪を切り開いたとき見事な巨樹に育った姿をあらわし、平成九年に市の天然記念物に指定された、と解説板にあった。すぐ上にある巨木はタブノキ。

加茂神社のムクノキ、スギ、上社の社叢(ともに市、天)
 
住所は小浜市加茂(かも)80-4。ムクノキは加茂神社の手前百メートルほどのところにある。木の下に加茂神社と彫った石柱が立っているから、昔はここが参道の入り口だったのかもしれない。この木はもとは根元から二本に分かれていたが、その一本はかなり前に枯れてなくなり、その部分はうろになっている。残った一本も、これは最近のことだと思うが、上半分が切られてなくなっている。サルノコシカケがあちこちに生えているから、残った部分にも枯れが入っているのは確か。
 
神社の右横にあるゲートボール場の左横と奥にも、無指定のムクの巨木が一本ずつあった。二本とも板根(ばんこん)がよく発達していた。奥のムクノキの近くにはカゴノキが二本、その一本はムクノキにくっついて生えていた。ゲートボール場の入り口にある太めの木は、手前がムクノキ、奥がケヤキであろう。
 
天然記念物のスギは境内の中央にあった。この木は小浜でいちばんの杉の巨木とされ、五メートルほどの高さから四本に分かれて幹を伸ばしている。
 
そこから百メートルほど奥にあるのが上社(かみしゃ)の社叢(しゃそう)。社叢とは鎮守の森のこと、雰囲気のいい社叢であるがここには巨木や古木はない。本殿の裏に国指定重文の千手観音像を安置する収蔵庫があった。

長泉寺(ちょうせんじ。曹洞宗)のコウヨウザン(広葉杉。市、天)
 
住所は加茂神社に近い小浜市加茂101-3。コウヨウザンは中国原産の針葉樹、ヒノキ科コウヨウザン属の常緑高木、名前の通り杉の葉を大きく幅広くしたような葉を持っている。この木は江戸時代に植えられた小浜で最も古いとされるコウヨウザン、本堂の左手にある。山門の左にあるケヤキもかなり大きい。

久須夜(くすや)神社の社叢(市、天)
 
住所は小浜市堅海(かつみ)10-4。堅海は内外海(うちとみ)半島の隠れ里のような集落。久須夜神社は久須夜ヶ岳を背に建っているが、神社の建つ場所から山頂は見えない。
 
この神社の鎮守の森は、本殿の手前は杉などの高木が主になっていて、古木はないが天に向かって勢いよく伸びる姿がよかった。本殿の後ろは手つかずの入らずの森になっていて、タブノキ、スダジイ、ケヤキ、ムクノキ、ツバキ、などの古木巨木の宝庫。本殿周辺の満開のツバキがきれいだった。
 
神社横の空き地は堅海小学校の跡地。明治七年に開校、平成三年に閉校、とあるから一一七年の歴史であった。昔なつかしい姿の木造校舎もいつの間にか取り壊されてしまったが、ここに立つと子供たちの声が聞こえるような気がする。一時、中学校も併設されていたというこの空き地には、スダジイの老木が一本ある。

大浜(おおはま)のヤマモモ(山桃。市、天)
 
場所は小浜市田烏(たがらす)区大浜の「国立若狭湾青少年自然の家」の管内。この施設がある名無しの半島は、全体がこの施設の管理下にあるらしい。ヤマモモは日本海側では敦賀半島を北限とするという。
 
施設利用者は事務所に連絡せよ、と看板にあったので挨拶に行くと、地図と、場所の説明と、「クマが出たら連絡を」とケイタイ無線機を提供してくれた。さすが国の施設。地図を見て「この道けっこうきついですね」と言うと、「ここにはもっときついチャレンジコースもあります」
 
教えられたヤマモモコースは急な尾根を直登する道、登っていくと尾根の中ほどからヤマモモの群生地になり、こんなにたくさんヤマモモの木を見るのは初めてであるが、海風のきつい場所なので高木はない。
 
ところが天然記念物の木が見つからないうちに、尾根を登りきって主稜線に出てしまい、尾根の途中にあるはずなのでこれでは登りすぎ。どうしようかと考えていたとき目に付いたのが無線機、さっそく「こちらヤマモモコースの・・・」と問い合わせたら、看板などは立っていない、大木があると聞いたことはあるがどこにあるか知らない、という返事。どうやら天然記念物の指定対象は群生地ということらしかった。
 
そこで、それなら私が看板になる木を見つけようと、できるだけ尾根の南側の端を下った。ヤマモモはおもに尾根の南側に生えている。そしてまず三本立ちの大きめの木を見つけ、それから八本立ちの木、そしてついにこの山の主のような古木を見つけた。いずれも道から南側へ二、三〇メートル下りたところにあった。山の主は十本ほどの幹が立ちあがる、ごっそりと根上がりした、妖怪のような姿をした老木、場所は群生地が始まってすぐのあたり。
 
なお田烏の沖には百人一首の、「わが袖は、潮干(しおひ)に見えぬ、沖の石の、人こそ知らね、乾く間もなし」の歌に読まれた、沖の石と呼ばれる岩礁がある。作者は二条院讃岐(にじょういんのさぬき)、初出は千載集(せんざいしゅう)。

黒駒(くるま)神社のナギ(梛。県、天)と社叢(市、天)
 
住所は小浜市西勢(にしせい)75。ここにはナギの巨木が二本ある。一本は天然記念物指定と彫った石柱の立つ樹齢三百年とされる木。もう一本はその近くの崖下にある太さが半分ほどの木。とはいってもこれもかなり太い。周囲はモチノキ、タブノキ、スダジイなどの老木の森、これが天然記念物の社叢であろう。なおこの辺りには黒駒神社が六社あって、すべて「くるまじんじゃ」と読む。
 
ナギはマキ科ナギ属の常緑高木。一見広葉樹に見えるという針葉樹。主脈がなく多数の細い葉脈が平行に走る、という平行脈がナギの葉の特徴。こういう葉を持つ木は広葉樹にはない。黒っぽい斑模様の樹皮も特徴的。ナギで有名なのは和歌山県の熊野速玉(はやたま)大社の木、これが日本最大のナギとされる。

蒼島(あおしま)暖地性植物群落(国、天)
 
島全体が天然記念物という蒼島は、小浜市加斗(かと)の沖一キロにある。最高地点の海抜は三九メートル、面積は二ヘクタールほど。五五科一二二種の植物が確認されており、ナタオレノキとムサシアブミはこの島を北限とするという。
 
島には弁財天がまつられていて、年に一回、法要が行われているというから、弁天さまのお陰で貴重な原生林が手つかずで残ったのだろうが、この島はそうした法要のときに舟に便乗しないと行くのは難しく、私も行ったことがない。

  
枯木紹介

ここからは枯れた木の紹介。諸行無常は人間世界だけのことではない。

小浜神社の九本(くほん)ダモ
 
住所は小浜市城内(じょうない)1丁目7-55。ダモはタブノキのこと、名前の通り九本の幹が根元から起ちあがる逆さタコのようなタブノキ。単独の樹木としては小浜市で二件という国指定の天然記念物であったが、手当のかいもなく二〇〇三年に完全に枯れた。三メートルほどの高さの切り株がまだ残っていて、それを見るととんでもない巨木だったことが分かる。一本でもかなりの巨木なのである。株立ちするタブは珍しいが、隣町の若狭町には根元から十本ほどの幹が立ちあがる「上村家のタブノキ」がある。これも巨木である。
 
小浜神社は廃城になった小浜城のあとに明治時代に作られた新しい神社、境内にはほかにもタブノキ、ケヤキ、スダジイなどの大木がある。なお宮司さんはこの木を「くほんダモ」と呼んでいた。タブノキはクスノキ科タブノキ属の常緑高木。

万徳寺(真言宗)のヤマモミジ
 
住所は神宮寺に近い小浜市金屋(かなや)74-23。これが小浜で二本という国の天然記念物のもう一本。枯れたのは三〇年ほど前のことらしいが、枯れた主幹がまだ残っている。天然記念物に指定されたままになっているのは、枯れたことを連絡していないからだろう。今は後継ぎの木々が「紅葉の名所百選」に選ばれて、国の名勝に指定された庭園を盛り上げている。よく手入れされた周囲のスギ林もいい。ヤマモミジはオオモミジの変種、日本海側に多く、庭木としても植栽される。

明通寺(みょうつうじ。真言宗)のカヤ(榧。市、天)
 
住所は小浜市門前(もんぜん)5-21。樹齢四百年という古木であったが、二〇二〇年十二月に倒れた。雪折れとされる。明通寺は小浜でいちばんの観光寺院、この寺のある谷と神宮寺のある谷は小浜の宝というべき雰囲気のいい谷。

新福寺(しんぷくじ。曹洞宗)のフジ(県、天)
 
住所は小浜市次吉(つぎよし)51-6。枯れたことを知らずに見に行った。この寺は集落のどん詰まりにあってそこへ入る道は狭い。そのため集落下の一言(ひとこと)神社まえに車をとめて歩いた。ところが寺の中をいくら探しても藤の木は見つからず、無住寺院なので和尚にきくこともできず、仕方なく誰かいないかと思いながら車へ向かっていたら、向こうから男の人が歩いてきた。
 
その人の話によると、寺の入り口に大きな木が倒れている、天然記念物の藤はその木にからんでいたので一緒に倒れた、二年ほど前のことだ、ということであった。この藤の木の写真をネットで見つけたが、かなりの古木の大木であった。
 
なおこの寺の横には滝不動をまつる滝行(たきぎょう)の行場がある。小浜市にはほかにも、西勢(にしせい)の妙厳寺(みょうごんじ)裏山の妙見宮と、加茂神社に滝行の行場がある。

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