無難禅師の般若心経

至道無難(しどうぶなん)禅師の即心記に般若心経の解説が載っているのでご紹介したい。あるとき、ある老尼が、無難禅師に般若心経の注釈書を見せながら嘆いて言った。「読んでもさっぱり分からない」。それを聞いた禅師は、老尼をあわれに思い、実践的で分かりやすい心経の解釈を書いて与えたのであった。

「摩訶」は大なり。身なきをいう。

「般若」は何もなき所より出ずる智慧をいう。

「波羅蜜多」は、摩訶より出ずる智慧はいづくにも滞らずとどまらぬをいう。

「心経」。身の悪、消しつくすをいう。それより出ずるはみな経なり。

是れより末は註なり。

「観自在菩薩」。見れば我れにある菩薩なり。

「行深般若波羅蜜多時」。身をなくするをいう。

「照見五蘊皆空」。身なきことたしかなり。

「度一切苦厄」。身なければくるしみなきなり。

「舎利子」。聞く人をさす。

「色不異空、空不異色」。身と虚空とひとつなり。

「色即是空、空即是色」。いよいよ落ちつき何もなき形なり。たしかに知るべし。形の悪消えるとき形なし。色を思い宝を望むとき必ず形あり。是れにてわきまえ知るべし。

「受想行識亦復如是」。色さえ空ずれば受想行識もなきなり。

「舎利子」。前に同じ。

「是諸法空相」。言うに及ばず。

「不生不滅」。虚空に何も生ぜず滅せぬなり。

「不垢不浄」。虚空に汚きこともきれいなることもなし。

「不増不減」。虚空に増すことも減ることもなし。

「是故空中」。言うに及ばず。

「無色無受想行識」。虚空と一つになれば何もなきなり。

「無眼耳鼻舌身意」。虚空にはなきなり。

「無色声香味触法」。もとよりなきなり。

「無眼界、乃至無意識界」。前に同じ。

「無無明、亦無無明尽」。無明もなし、また無明のつきてなきということもなし。元来なきということなきと思うこともなかれ。

「乃至無老死、亦無老死尽」。前に同じ。

「無苦集滅道」。空に苦なし集なし滅なし道なし。

「無智亦無得」。空に智なし得ることなし。

「以無所得」。言うに及ばず。

「故菩提薩た」。この道を行く人は只今もこの名なり。

「依般若波羅蜜多故」。身をなくすること第一なり。

「心無けい礙、無けい礙故、無有恐怖」。身なき故もとより物に恐るることなし。

「遠離一切顛倒夢想」。身なきゆえ一切うろたえたることなし。何もかもはなれはつるなり。

「究竟涅槃」。ひっきょう涅槃とは生死なきことなり。

「三世諸仏」。言うに及ばず。

「依般若波羅蜜多故」。身なきをいう。

「得阿耨多羅三藐三菩提」。死人の生きかえるが如し。

「故知般若波羅蜜多、是大神呪」。言うに及ばず。

「是大明呪」。言うに及ばず。

「是無上呪」。これより上なきなり。身なくするゆえかくの如し。

「是無等等呪」。何もくらぶる事なきしゆえなり。

「能除一切苦、真実不虚」。一切の苦すっきりとなし。

「故説般若波羅蜜多呪」。身なき所よりなすことのありがたきをいう。

「即説呪曰」。言うに及ばず。

「羯諦、羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提薩婆訶」

心なく身も消えはてて何もかも、いひたりしたりなりやなるらむ


またこんなことも即心記に載っている。

「念のふかきは畜生、念のうすきは人、念のなきは仏」

「ある人、地獄を問う。余いわく。なんじが身にせめらるるを言う。極楽を問う。身のせめなきを言う。仏を問う。身心ともになし」

「ひたすらに身は死にはてていき残る、ものをほとけと名はつけにけり」


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