ジャータカ物語六一

これは師が祇園精舎に滞在されたとき、布薩(ふさつ)をおこなっている在俗信者に語った話である。

「在俗信者たちよ。昔のある賢者は布薩の功徳の力によって、人間の体のまま天界へ行くことも、そこに長く住むこともできた」。そう言って世尊は布薩の功徳を称賛し、請われるままに過去の話をされた。

昔ミティラーで、サーディーナ王が正法にもとづいて国を治めていた。王は都城の四つの門と、住居の門と、都城の中央、の六ヵ所に布施堂を作って布施をおこない、またつねに五戒を守り、布薩を欠かすこともなかった。

そのため住民たちも布施などの功徳を積むことを心がけるようになり、そうした住民たちが死後、天界に生まれ変わって行ったので、善法講堂はそうした人々であふれた。そして彼らが口々にサーディーナ王の美徳を神々の王、帝釈天に告げたので、帝釈天もほかの神々も王に会ってみたいと思うようになった。そこで帝釈天が御者マータリに命じた。

「行け。マータリよ。帝釈天の旗をつけた車でサーディーナ王をお連れしろ」

「かしこまりました」

それは満月の夜であった。マータリは、夕食を終えた人々が戸口にすわってお喋りをしているとき、月輪とともに車を進めた。そのため人々は月がふたつ昇ったと思って眺めていたが、月輪をうしろに残して車が進んでくるのを見て言った。「あれは月ではない。車だ。神人が見える。あの天の駿馬が引く車は王のもとへ行くにちがいない。王は法を守る法王であるからだ」

マータリは都を右まわりに三回まわってから、王の住居の門に車を止め、布薩をおこなっていた王を招き、天界に連れ去った。王を迎えた帝釈天は、一万ヨージャナの天界の都市と、二千五百万の仙女と、ベージャヤンタ宮殿の半分を王に与え、王が与えられた幸福を享受しているうちに人間界では七百年が過ぎ去り、そのとき王の果報が尽きた。王が帝釈天にたずねた。

「私はいま天界の生活を楽しめなくなりました。寿命が尽きて死が近づいているのでしょうか。それとも私が愚かになったのでしょうか」

「寿命が尽きたのではない。汝の死はまだ遠い。また愚かになったのでもない。汝の徳がなくなったのだ。最上の王よ。今後は神の威光によって三十三天に住み、天の生活を享受せよ」

「他者から与えられたものは、借りた乗り物や財産と同じです。自ら作った功徳のみが私の財産です。私は人間界にもどって布施、寂静行、自制などの善行をおこないましょう。後悔することがないように」

帝釈天がマータリに命じた。「行け。マータリよ。サーディーナ王をミティラーの御苑にお連れしろ」

王が御苑の中を歩きまわっていると、それを見つけた番人が何者かとたずね、ただちにナーラダ王にサーディーナ王が帰ってきたことを告げた。ナーラダ王は「席を二つ用意せよ」と番人に命じ、用意された席を見てサーディーナ王が番人にきいた。

「誰のために席を二つ用意したのか」

「一つはあなた様のため、もう一つは我々の王のためです」

サーディーナ王がすわっていると、ナーラダ王がやって来て敬礼して一方の席にすわった。ナーラダ王はサーディーナ王から七代目の子孫であり、そのとき彼は百歳であった。ナーラダ王が言った。

「王よ。あなたが天界に行かれてからもう七百年になります。あなたが知っている人々はみな死にました。しかしこの国はあなたのものです。お受け取りください」

「ナーラダよ。私は王になるために帰って来たのではない。功徳をなすために帰って来たのだ。私は王位を望まない」

「王よ。国を教え導いてください」

「私は七百年間おこなわなかった布施と布薩を、七日間でおこなおうと望んでいる」

「分かりました」

ナーラダ王はすぐにその準備をし、サーディーナ王は七日間、大いなる布施と布薩をおこない、七日目に死んで三十三天に生まれ変わっていった。

話が終わると世尊は四つの真理を明らかにし、説き終わったとき在俗信者のあるものは聖者の最初の境地に達し、あるものは第二の境地に達した。最後に世尊が言われた。「そのときのナーラダ王は阿難尊者であり、帝釈天は阿那律尊者であり、サーディーナ王は実にわたくしであった」

出典「ジャータカ全集一〜十。中村元監修。春秋社。一九八四年」第四九四話

もどる