オーストラリアの話
平成二九年二月、オーストラリアへ行ってきた。この国は日本との時差の小さい、いちばん近い都市ケアンズまでなら七時間で行ける、日本人にとって旅行しやすい国の一つである。時差ボケに苦しめられることがなかったのは本当にありがたかった。
オーストラリアは正式国名をオーストラリア連邦といい、国土の面積は日本の約二一倍、人口は約二千三百万人、国家元首はイギリスのエリザベス女王、民族構成は白人系が九二パーセント、アジア系七パーセント、先住民アボリジニなどが一パーセント、宗教はキリスト教系六三パーセント、仏教二パーセント強、イスラム教二パーセント弱、無宗教十九パーセント弱、という国である。
この国はだだっ広いだけの、大味な、それほど見るべきもののない国だ、というのが旅行を始めた直後の感想であったが、すぐにこの国の良さは人間にあると気がついた。明るくて元気で親切な人ばかりなのである。そのため旅行が終わるころには、この国はまちがいなく堅実に発展する、世界が模範とすべき国だ、などと思うようになってきた。
そうした人をたくさん見てきたせいか、帰国したとき日本人の元気のなさと表情の暗さに驚いた。空港職員という同じ仕事をしていても、表情が全然ちがうのである。帰国したのが早朝だったので眠かっただけかもしれないが、これでは日本のゆく末は暗いと感じたのであった。
オーストラリア人が元気な理由を考えてみた。そして元気のみなもとの一つは、あいさつにあると思った。彼らは誰に対しても気軽にあいさつをする。「おはよう。こんにちわ」と明るく大きな声であいさつすれば、元気も出てくるし、人間関係もよくなる。あいさつなどしてもしなくても、同じだと思っている人があるかもしれないが、それはちがう。
また彼らが親切なことも元気な理由の一つだと思う。人に親切にすれば自分がいちばん元気になる。人に喜んでもらえることをすれば、自分がいちばん喜ぶ。機会があればできるだけ人に親切にしようと心がけていれば、元気が出てくるものなのである。
もう一つの理由は彼らがよく遊ぶことだと思う。広い国だから遊ぶ場所にはこと欠かない。珊瑚の海でひとり泳ぐことも、アウトバックと呼ばれる無人の荒野で誰にもじゃまされずに過ごすことも、この国では思いのまま。そしてよく遊ぶ人はよく働くのである。
この国は移民で成り立っている国だという。しかも今でも積極的に移民を受けいれているという。ただし誰でもということではなく、たとえば三〇歳台で医者や看護婦といった技術を持っている人ならすぐに永住権が与えられるが、どんなに若くても技術を持っていない人は拒否されるという。
今回の旅行でいちばん驚かされたのは、制限速度百十キロという一般道を走ったことであった。しかもそれは高速道路のような道ではなく、日本ならせいぜい四〇キロか五〇キロ制限になっている片側一車線のふつうの道である。しかもその道がかなり荒れているのである。道が荒れる原因はやたらと大きくて重い二両連結のトレーラーが通行するからであり、州によっては四両連結のトレーラーまで許可されているという。この国には鉄道がほとんど存在しないので、トレーレーが鉄道の代わりをしているのである。そうしたガタガタ道を大型バスで百十キロで突っ走るのだから、爽快というよりもいささか恐ろしかった。
とにかく広い国であるから、日本のように五〇キロの速度では走っておれないのであるが、州によっては百三〇キロ制限、あるいは無制限の一般道もあるというから驚くしかない。そういう道を走っていた日本人が警察に車を止められ、危ないからもっと速く走るように注意されたという話もある。
しかしながら、国が小さければ車はゆっくり走らねばならぬという理屈はないのだから、日本も少しはこの国を見習ってほしいと思った。日本の制限速度は余裕を取り過ぎているため守る人は少ない。過ぎたるは及ばざるより悪しで、納得できないことは誰も守らないのである。
とはいえ百キロを超える速度で走っている車が、跳びだしてきたカンガルーやエミューに衝突すると、相手もかわいそうだが車も大きく傷つく。そのため車の前に頑丈な防護装置をつけている車が多かった。ただし日本でもそうした装置を付けた車をたまに見かけるが、日本では人を傷つける道具にしかならない。国土も人間も大きいせいか車も大きく、いちばん売れているのはトヨタだというが、同じ車種でも日本で売っているものより一まわり大きかった。
羽田空港に帰国したとき、荷物の受け取り場の天井のスピーカーから、「荷物の取りまちがいにご注意ください」という放送がエンドレスで流されていた。エスカレーターや動く歩道でも注意警告がエンドレスで流されていた。誓っていうが、こんな耳障りなことをしているのは日本だけである。
羽田の国際線ターミナルを今回初めて利用した。ここでは子供づれの人や高齢者を無料で運ぶ車が、広い構内を走りまわっていた。こうした車はほかの国では「ピー。ピー」という警告音を鳴らして走っているが、羽田では音楽を流していた。誓っていうが、こんな耳障りなことをしているのも日本だけである。
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