ジャータカ物語五三
これは師が祇園精舎に滞在されたとき、煩悩に関連して語った話である。あるとき世尊が修行者たちに言われた。「煩悩はおそるべきものである。煩悩がわずかでもあれば、やがてニグローダ樹の苗のように破滅をもたらす。だから昔の賢者は煩悩を恐れたのである」。そして次のような話をされた。
昔バラナシでブラフマダッタ王が国を治めていたとき、菩薩は金色のハンサ鳥(伝説上の水鳥)に生まれ、成長するとヒマラヤ山中にある黄金でできた山、チッタクータの山頂にある黄金窟に住み、湖に生える稲を食べていた。その湖へ行く途中にパラーサ樹の大木があった。そのためハンサ鳥は行き帰りにその枝の上で羽根を休め、樹神とも親しくしていた。
あるときニグローダ樹の熟れた実を食べた鳥が、そのパラーサ樹の幹の上にフンを落とし、そこからニグローダ樹の苗が生えてきた。芽が出たばかりの苗は葉が赤く美しかった。それを見たハンサ鳥が樹神に話しかけた。
「パラーサ樹の樹神よ。この苗を大きくしてはいけない。ニグローダ樹は芽を出した木の上で成長し、やがて親木を食い尽くす。放っておくと君の宮殿は破壊されてしまうから、早く引き抜いて捨てなさい。恐れてしかるべきものは恐れるべきである」。そして詩をとなえた。
「パラーサ樹の樹神に忠告する
君の宮殿にニグローダ樹が芽ばえた
そいつは大きく成長し
やがて君の息の根を絶つだろう」
するとパラーサ樹も詩をとなえた。
「ニグローダ樹は育つがよい
私は父母のように
頼りにされている
成長すれば彼は私を助けてくれるだろう」
ハンサ鳥がまた詩をとなえた。
「白い樹液が流れる恐るべき木が
君の幹のうえに芽ばえた
その木が生長することは喜べない
私は忠告してここを去る」
そしてハンサ鳥はチッタクータ山に帰り、二度とこの木を訪れることはなかった。その後ニグローダ樹は大きく成長して樹神が生まれ、一方のパラーサ樹は食い破られてぼろぼろになった。パラーサ樹の樹神は嘆き悲しんで詩をとなえた。
「須弥山のように成長したものが
今は私をおびやかす
ハンサ鳥の忠告をきかなかったため
私は大きなわざわいを得た」
ニグローダ樹はさらに成長を続け、そしてパラーサ樹は跡形もなく消滅した。ヒマラヤに住む聖者がそれを見て詩をとなえた。
「成長すれば本体をむしばむ
そうしたものを賢者は喜ばない
身の危険を知る賢者は
その根を断つ努力をする」
最期に世尊が言われた。「そのときの金色のハンサ鳥は実にわたくしであった」
出典「ジャータカ全集一〜十。中村元監修。春秋社。一九八四年」第三七〇話
もどる