ジャータカ物語五二
これは師が祇園精舎に滞在されたとき、真の利益に関して語った話である。昔バラナシでブラフマダッタ王が国を治めていたとき、菩薩はある村の資産家の家に生まれ、まだ子供だったとき、ほかの子供たちと一緒に村の入口のニグローダ樹の下で遊んでいると、そこに一人の貧しい医者がやって来た。
その医者は何げなく見あげた木の上に、蛇が昼寝しているのを見つけると、「この村では何の仕事も得られなかった。ここにいる子供があの蛇に咬まれ、それを私が治療すればいくらかお礼がもらえかもしれない」、そう考えて資産家の子供に話しかけた。
「木の上に九官鳥のヒナがいる。あれをつかまえられるかな」
「いいよ。つかまえてあげる」
そう言って子供は木に登り、九官鳥のヒナだと思って蛇の頭をつかんだ。そしてそのときやっと蛇だと気づいたが逃げることもできず、蛇の頭を力いっぱいつかんで投げ捨てた。ところが下にいた医者の首の上にその蛇が落ち、怒った蛇は医者の首に噛みついて逃げ去り、医者は蛇の毒に当たって死んだ。それを見ていた人たちが、「人殺しだ」といって子供たちを縛りあげ、バラナシ王のもとに連れていった。
すると道すがら、資産家の子供がほかの子供たちに言った。「こわがるんじゃない。王さまの前に出ても胸を張って堂々としていなさい。あとは私に任せておきなさい」
王は子供たちが少しもこわがらず落ち着いているのを見て思った。「この子供たちは人殺しだと縛りあげられ、棒につながれて引き立てられて来たのに、恐れることなく堂々としている。なぜだろう」。そこで王は詩をとなえた。
「味方でないものの手に落ち
竹の棒に縛りつけられているのに
すがすがしい顔をしている
なぜお前たちは憂えないのか」
すると資産家の子供も詩をとなえた。
「憂い嘆きによっては
何の利益も生まれない
悲しみに沈んでいることを知れば
敵は満足する
真の利益を知る賢者は
災いの中にあっても動じることがない
少しも顔色が変わらないのを見て
敵対するものは苦しむ
お金を使い、血のつながりを強調し
甘言を弄し、賢者に相談し、呪文をとなえる
そうしたことで利益が得られるなら
何であろうと利用するべきである
しかし自分の力によっても他人の力によっても
少しの利益も得られないと知ったなら
憂えることなく耐え忍べ
業(ごう)の力の強いときに何ができよう」
この詩を聞くや、王は事件をよく調べさせ、真相が明らかになると子供たちを解放し、資産家の子供には顧問官の地位を与えた。最期に世尊が言われた。「そのときの医者はダイバダッタであり、王は阿難尊者であり、子供たちは長老たちであり、賢い子供は実にわたくしであった」
出典「ジャータカ全集一〜十。中村元監修。春秋社。一九八四年」第三六八話
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