ジャータカ物語五一

これは師が祇園精舎に滞在されたとき、ダイバダッタに関連して語ったことである。ある日、修行者たちが説法場に集まって話をしていた。「友よ。ダイバダッタは一片の思いやりの心も持たない無慈悲で非情な人間だ」。そこを通りかかった世尊がたずねた。

「修行者たちよ。ここで何の話をしているのか」

「これこれの話です」

「ダイバダッタが無慈悲なのは今だけのことではない。昔もそうであった」。そう言って世尊は過去の話をされた。

昔バラナシでブラフマダッタ王が国を治めていたとき、菩薩はヒマラヤで大きく美しい象に生まれ、八万の象の群れをひきいる象王となった。そこに一羽のウズラが住んでいた。そのウズラが地面に巣を作り、卵を産んでヒナをかえし、そのヒナがまだ飛べないとき、象王が八万の象をひきいて巣のあるところに通りかかった。母ウズラは考えた。「このままではヒナたちが踏み殺されてしまう。象王に助けてくれるようにお願いしよう」。そして象王のまえに立ち、二つの翼を合わせて合掌し、詩をとなえた。

「誉れ高き象王よ

 六十年も群れをひきいる王よ

 合掌して拝みたてまつる

 か弱きわが子を踏み殺すなかれ」

すると象王が言った。「母ウズラよ。心配することはない。私がヒナを守ってあげよう」。そう言ってヒナの上に覆いかぶさり、群れが通り過ぎるのを待った。それから母ウズラに言った。「あとから一人歩きの象が来る。この象は私の言うことを聞かないので自分で頼みなさい」

一人歩きの象が来ると、母ウズラはまた合掌して詩をとなえた。

「林の中にひとり住み

 餌を求めてひとり歩く誉れ高き象よ

 合掌して拝みたてまつる

 か弱きわが子を踏み殺すなかれ」

すると象も詩をとなえた。

「私はお前のヒナを踏み殺す

 か弱いお前に何ができよう

 お前のようなものが幾万いても

 私は左足で打ちくだく」

そう言うやヒナを踏みつぶし、吼えながら去っていった。木の上からそれを見ていた母ウズラがつぶやいた。「お前は今、吼えながら勇ましく歩いて行くが、数日のうちに目にもの見せてやる。腕力よりも智慧の力の方が偉大だということを思い知らせてやる」

それから母ウズラは一羽のカラスに奉仕し、満足したカラスが「お礼に何かしてあげようか」ときくと、母ウズラが言った。「カラスさん。一つお願いがあります。一人歩きの象の両目を、あなたのくちばしでつぶしてほしいのです」。カラスは「お安いご用です」と請けあった。

そして今度は青バエに奉仕し、「何かしてあげようか」ときかれると、「一人歩きの象の目がつぶされたとき、そこに卵を産んでください」と頼んだ。それから今度はカエルに奉仕し、「目をつぶされた象が水を求めているとき、山の頂きで鳴いてください。象が山に登ったら今度は崖のところで鳴いてください」と頼んだ。

こうしてカラスが象の両目をつぶし、そこにハエが卵を産み付け、痛みと渇きのために象が狂ったようにさまよい歩いていると、カエルが山の上で鳴き、象が山に登ると今度は崖っぷちで鳴き、象は崖から落ちて死んだ。

最後に世尊が言われた。「修行者たちよ。いかなる相手であろうと無慈悲であってはならぬ。怨みが積もれば大きな象といえど小さなウズラに殺される。そのときの一人歩きの象はダイバダッタであり、象王は実にわたくしであった」

出典「ジャータカ全集一〜十。中村元監修。春秋社。一九八四年」第三五七話

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