ジャータカ物語五〇

これは師が祇園精舎に滞在されたとき、息子を亡くした地主に語った話である。ある日、息子を亡くした地主に世尊がたずねた。

「そなたはまだ悲しみから解放されていないのか」

「はい、息子が死んでから泣き暮らしております」

「形あるものはすべて壊れ、生きているものはすべて死ぬ。これは一人だけのことではなく、一つの村だけのことでもなく、世界中どこへ行こうと同じことである。だから昔の賢者は自分の息子が死んだときでさえ、嘆いたり悲しんだりすることはなかった」。そう言って世尊は請われるままに過去の話をされた。

昔バラナシでブラフマダッタ王が国を治めていたとき、菩薩はバラナシ郊外のバラモンの家に生まれ、成長すると家をつぎ、農業で一家を養った。彼には息子と娘が一人ずついたが、息子が同じ家柄の娘を嫁にもらったため、そのときは女中を含めた六人で暮らしていた。そのバラモンはいつもみんなにこう教え諭していた。

「つねに分に応じた施しをし、おこないを正しく保ち、斎戒の日のつとめを守り、自分が死んだときのことを思いなさい。死は確かなものだが、生は不確かなものである。形あるものはすべて滅びる運命にあるのだから、日夜怠ることなくつとめなさい」

ある日、バラモンは息子と一緒に畑に出て仕事をし、息子は畑のゴミを集めて焼いていた。ところがその近くにあった蟻塚に毒蛇が住んでいた。その蛇は煙が目にしみたことで腹を立て、蟻塚から這いだして息子に噛みつき殺してしまった。バラモンは息子が倒れているのを見て抱きあげ、死んでいることが分かると木の根元に寝かせて言った。「壊れる性質のものはいつか壊れ、死ぬ性質のものはいつか死ぬ。命あるものには死が結果としてある」

そして泣いたり嘆いたりすることなく耕作を続け、そこに隣人が通りかかると挨拶をしてたずねた。

「家に帰るのですか」

「そうです」

「では私の家に立ち寄って妻に伝えてください。今日は弁当は一人分でいいと。それと今日は女中だけでなく、清い服を身につけ香と花を持ってみんなで来なさいと」

隣人がバラモンの妻に伝言を伝えると、妻がたずねた。「伝言を頼んだのはどちらですか」

「ご主人です」

それを聞いて妻は息子が死んだことを知ったが、少しも動揺しなかった。そして清い服を身につけ、香と花と弁当を一つ持ってみんなで畑へ行き、バラモンが弁当を食べ終えるのを待って、薪を拾いあつめて遺体を火葬にした。日頃から死を思い浮かべる修行をしていたので、涙を流すものはなかった。・・・以下略(長すぎるため)・・・

出典「ジャータカ全集一〜十。中村元監修。春秋社。一九八四年」第三五四話

もどる