ジャータカ物語四八
これは師が祇園精舎に滞在されたとき語ったことである。この話の前半は別の話の内容と同じであり、このときの菩薩はバラナシ王に仕える司祭であった。この司祭は自分に徳があるかどうかを確かめてみようと、両替屋の帳場から金を盗み、人々が王のまえに彼を引きすえると、王に向かって詩をとなえた。
「徳は善きものといわれるが
実に徳は世の最上のものである
猛毒を持つ蛇といえど
徳あるものを殺すことはない」
そして王に出家の許可を求めると、王は彼の徳を考慮してそれを許した。それから司祭が町を出るために歩いていると、一羽の鷹が肉屋の店先から一かたまりの肉をかすめとり、舞いあがるのが見えた。立ちどまって見ていると、その鷹は肉を狙うほかの鳥たちから集中攻撃を受け、痛みに耐えかねて鷹が肉を落とすと、別の鳥がそれをつかみ、そして今度はその鳥が攻撃の的になった。
司祭はそれを見て思った。「欲望は肉片のようなものだ。欲を持つものには苦しみがつきまとい、欲を捨てたものには安楽がある」。そして司祭は詩をとなえた。
「肉を持っていれば
鳥が集まってきて
追いかけ、攻撃する
肉を捨てれば安らかになる」
司祭は町を出て、ある農家で一夜の宿を借りた。その家のピンガラーという女中は、その晩、男と会う約束をしており、主人たちが寝てしまうと「もう来るはずだ」と男を待っていたが、やがてあきらめて寝てしまった。それを見て司祭は思った。「この女中は男に会いたい一心で待っていたが、今はあきらめて気楽に寝ている。欲のあるのは苦しみであり、欲のないのは安楽である」。そして詩をとなえた。
「欲のないものは安らかに眠る
欲は実りのあるときだけ楽しい
欲を無欲にかえて
ピンガラーは安らかに眠る」
翌日、森に入った司祭は、一人の修行者が禅定に入っているのを見て詩をとなえた。
「この世でもあの世でも
禅定にまさる安楽はない
禅定を得たものは
人をも自分をも害することがない」
こうして司祭は森のなかで仙人の道をおさめ、禅定と神通力を得て梵天界へ行くものとなった。話が終わると世尊が言われた。「そのときの司祭は実にわたくしであった」
出典「ジャータカ全集一〜十。中村元監修。春秋社。一九八四年」第三三〇話
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