ジャータカ物語四七
これは師が祇園精舎に滞在されたとき、苦行をおこなう異教徒たちに関連して語ったことである。祇園精舎の近くで異教徒たちが、いばらの上に寝るとか、強い日射しや四方に焚いた火に身をさらす、などの方法で苦行をおこなっていた。托鉢に行ったときそれを見た修行者が世尊にたずねた。
「尊師よ。彼らの苦行に何か価値があるのでしょうか」
「修行者よ。彼らの苦行には価値も意味もない。それは大きな音が原因で獣の群れが走り出したようなものである」。そう言って世尊は過去の話をされた。
昔バラナシでブラフマダッタ王が国を治めていたとき、菩薩はライオンの胎内に入り、成長すると海にちかい椰子の林に住んだ。その林にはウサギも住み、ベールバの木も生えていた。ある日、食事を終えたウサギが、大地に寝ころびながら考えた。「もしもこの大地が壊れたらどうしよう」
ちょうどそのとき、熟れたベールバの実が落ちてきて大きな音を立てた。その音にウサギは驚き、「大地が壊れる音だ」と後ろも見ずに逃げだした。その猛烈な勢いで逃げていくウサギを見て、別のウサギがあとを追いながらたずねた。
「一体どうしたんだ」
「そんなこときかないでくれ」
「教えてくれてもいいじゃないか」
「向こうで大地が壊れる音がしたんだ」
するとそのウサギも驚いて走り出し、それに次から次へとウサギが加わってついに十万匹の大群になった。やがてウサギから話をきいた鹿も走り出し、イノシシ、水牛、野牛、犀、虎、ライオン、象も加わって走り出し、獣の群れは一ヨージャナの長さに達した。菩薩のライオンはそれを見て、近くを走っている獣にたずねた。
「これは一体どうしたことだ」
「向こうで大地が壊れているのです」
ライオンは考えた。「大地が壊れるはずがない。何か勘ちがいをしたのだろう。しかし放っておけばみんな海にとびこんで死んでしまう。これは何とかしなければならぬ」。そこでライオンは全速力で走り、群れのまえに出るとふり返って三度大声で吼え、その声の恐ろしさに群れは立ち止まった。ライオンがみなにたずねた。
「なぜお前たちは逃げているのか」
「大地が壊れているからです」
「誰がそれを見たのだ」
「象たちが知っています」
そこで象たちにたずねると、「私たちは知りません。ライオンたちが知っています」と象たちは答え、
ライオンたちにたずねると、「虎たちが知っています」
虎たちにたずねると、「犀たちがしっています」
犀たちたちにたずねると、「野牛たちが知っています」
野牛たちにたずねると、「水牛たちが知っています」
水牛たちにたずねると、「イノシシたちが知っています」
イノシシたちにたずねると、「鹿たちが知っています」
鹿たちにたずねると、「ウサギたちが知っています」
ウサギたちにたずねると、「このウサギが言い出したのです」と例のウサギを指さした。ライオンがそのウサギにたずねた。
「大地が壊れているというのは本当か」
「本当です。ライオンさま。私は壊れる音を聞きました」
「どこできいたのか」
「向こうの椰子の林の中です。林の中で寝ころびながら、もしも大地が壊れたらどうしようと考えていたら、突然、大地の壊れる音がしたのです。だから逃げ出したのです」
ライオンがみなに言った。「大地が壊れているかいないか、私が見てこよう。もどってくるまでお前たちはここで待っているがよい」。そしてそのウサギを背中に乗せて猛烈な速さで走り、林につくとウサギに言った。
「その場所に案内しなさい」
「こわくてできません」
「ならば場所を指さしなさい」
ライオンはベールバの木の下に行くと、まずウサギが寝ていた場所を確認し、それからあたりを見まわしてベールバの実が音の原因であることを確認した。そしてまたウサギを背中に乗せて、みなが集まっている場所にもどり、音の原因を説明して安心させてから、詩をとなえた。
「ベールバの音をきいてウサギが走り
ウサギの言葉をきいてみなが走る
正しいことかどうかを確かめずに
人の言葉を信じこむ者は
人をより所にする愚か者である
戒めと智慧でもって迷いと悪を滅した賢者は
人をより所にする者ではない」
最後に世尊が言われた。「そのときのライオンは実にわたくしであった」
なおベールバは和名をベルノキというミカン科の高木であり、直径十センチほどのおいしい実をつけ、その実は熟すと非常に硬くなるという。
出典「ジャータカ全集一〜十。中村元監修。春秋社。一九八四年」第三二二話
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