ジャータカ物語四五

これは師が祇園精舎に滞在されたとき、布施に関連して語ったことである。舎衛城に住むある資産家が、家のまえに仮設の建物を作り、そこで仏を初めとする修行者たちに七日間、食べ物を布施し、七日目には五百人の修行者すべてに生活に必要な品々を布施した。

世尊がその資産家に言った。「これはたいへんに功徳のあることです。布施は昔から賢者がおこなってきた尊い伝統であり、命を捨てて自分の肉を布施しようとした賢者さえ昔はあったのです」。そう言って世尊は過去の話をされた。

昔バラナシでブラフマダッタ王が国を治めていたとき、菩薩は森に住むウサギに生まれ、そのウサギには仲のよい三匹の友達、サルとジャッカルとカワウソがいて、彼らはみな非常にかしこかった。

ウサギの賢者はいつも言っていた。「布施をしなければいけません。戒めを守らなければなりません。斎戒日(さいかいび。月に六日ある特に戒を守るべき日)には特に教えを実行しなければいけません」。そしてある日、ウサギが月を見ながら言った。「明日は斎戒日です。この日に戒をまもり、布施をおこなえば、大きな功徳があります。だから食べ物を乞う人が来たら分けてあげて下さい」

そこでカワウソが食べ物を探しにガンジス川へ行くと、ちょうど川岸で一人の漁師が魚をとっていた。漁師は獲った七匹の魚を蔓草につき通して砂に埋め、さらに漁をしようと立ち去った。カワウソはにおいで魚を見つけると、「この魚の持ち主はいませんか」と三度声をかけ、返事がなかったので持ち帰った。

ジャッカルは畑の番人の小屋の中で、二串の肉と、トカゲ一匹と、一瓶のヨーグルトを見つけ、「持ち主はいませんか」、と三度声をかけても返事がなかったので持ち帰った。サルは森の中でマンゴーの実を見つけた。

ところがウサギには布施するものがなかった。ウサギは草を食べながら考えた。「布施を求める人が来たらどうしよう。草をあげるわけには行かないし、米も豆もゴマも私は持っていない。だから私は自分の肉を布施することにしよう」

この斎戒日の教えを守ろうとするウサギの決意により、帝釈天の大理石の座が熱くなった。帝釈天はその原因を知ると、「ウサギを試してみよう」と天から下り、バラモンに姿を変えてまずカワウソの家のまえに立った。カワウソがバラモンにたずねた。

「バラモンさま。何のために来られたのですか」

「賢いかたよ。何か食べ物をもらえれば私は修行ができます」

「よろしゅうございます。食べ物を布施いたします」。そう言ってカワウソは詩をとなえた。

「ここに陸に打ち上げられた

 七匹の魚があります

 これは私のものです

 これを食べてこの森にお泊りください」

するとバラモンが言った。「少し考えがあるので、明日の朝まで待って下さい」。そして今度はジャッカルの家のまえに立った。するとジャッカルが「何のために来られたのですか」とたずね、バラモンが同じように答えると、ジャッカルが詩をとなえた。

「畑の番人の食べ残した

 肉二串とトカゲ一匹とヨーグルト

 これは私のものです

 これを食べてこの森にお泊まりください」

バラモンはまた「明日の朝まで待って下さい」と言って、今度はサルのところへ行った。するとサルも詩をとなえた。

「熟したマンゴーと冷たい水と

 涼しく心地よい木陰があります

 このマンゴーは私のものです

 これを食べてこの森にお泊まりください」

バラモンはまた「明日の朝まで待って下さい」と言って、最後にウサギのところへ行った。するとウサギは大喜びして言った。

「バラモンさま。よく来て下さいました。私はこれまで誰もしたことのない布施をいたします。しかしあなたは戒を守る方なので殺生はなさらないでしょう。ですから薪を集めて火をおこしてください。そうすれば私は自分から火に飛びこみます。私の体が焼けたらそれを食べて修行をお続けください」。そう言って詩をとなえた。

「ウサギには米も豆もゴマもない

 だから焚き火で焼かれた

 私の肉を食べて

 この森にお泊まりください」

帝釈天が神通力で火を作りだすと、ウサギは「毛のなかに生き物がいて焼け死ぬことがありませんように」と三度体を振るい、それからガチョウが蓮池に飛びこむように、よろこび勇んで焚き火のなかに飛びこんだ。ところがその火は毛の一本すら焼くことがなく、まるで雪のなかに飛びこんだように冷たかった。

「バラモンさま。あなたがおこした火は冷たく、一本の毛も焼くことができません。これはどうしたことでしょう」

「賢者よ。私はバラモンではない。帝釈天である。お前を試すためにやってきたのだ」

「帝釈天さま。たとえこの世のすべての人が私を試そうと、布施をおしむ心を私の中に見つけることはできないでしょう」

「賢いウサギよ。お前のおこないは永遠に語り継がれるであろう」

そう言って帝釈天は山を握りつぶして汁をしぼり、その汁で月の表面にウサギの姿を描き、そして天へと帰っていった。四匹の賢者はそれからも仲よく一緒に暮らし、ともに戒を守り、斎戒日を正しく過ごし、それぞれの行為にふさわしいところに生まれ変わっていった。

最後に世尊が言われた。「そのときのカワウソは阿難尊者であり、ジャッカルは目連尊者であり、サルは舎利弗尊者であり、ウサギは実にわたくしであった」

出典「ジャータカ全集一〜十。中村元監修。春秋社。一九八四年」第三一六話

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