ジャータカ物語三八

これは師が祇園精舎に滞在されたとき、スンダリーの殺害に関連して語ったことである。世尊の教団には五つの大河が合流するように尊敬と利徳が集まり、そのため外道(げどう。異教。異教徒)の教団は日が出たあとの蛍のような存在になった。そこで彼らは集まって相談をした。

「修行者ゴータマが現れて以来、尊敬と利徳が我々から去っていった。人々は我々の存在すら忘れてしまった。彼の評判を落とし、尊敬と利徳を奪い返すにはどうしたらいいだろう」。そして相談の末スンダリーに頼むことになった。

「スンダリーよ。修行者ゴータマが我々を苦しめている。助けてほしい」

「私は何をしたらよいのでしょう」

「あなたは美しく愛らしい。それを利用して悪い評判を立て、修行者ゴータマから尊敬と利徳を奪ってほしい」

「よろしゅうございます」

それからスンダリーは、夕方になると香や花をもって祇園精舎へと向かい、法話を聞いて帰る人々が「これからどこへ行くのか」とたずねると、「修行者ゴータマのところへ行きます」と答えた。そして外道のところに泊まって早朝に家へ帰り、そのとき「どこへ行ってきたのか」ときかれると、「修行者ゴータマの所に泊まって帰るところです」と答えた。

そうしたことが続いた後、外道たちは今度は暴漢たちに金を与えて言った。「スンダリーを殺して死体を祇園精舎のゴミために捨ててこい」。そして暴漢たちがその通りにすると、「スンダリーがいなくなった」と大騒ぎをして王に届け出た。王が外道たちに質問した。

「女を最後に見かけたのはどこか」

「数日前、祇園精舎に行くのを見ました。それ以後、誰も見ていません」

「ならば祇園精舎の中を探してみよ」

さっそく彼らは手下をつれて祇園精舎へ行き、ゴミための中から死体を見つけると王宮へ運び、「修行者ゴータマの弟子が、師の悪業をかくそうとスンダリーを殺して捨てたのです」と王に報告した。王は「死体を人々に見せて回れ」と命じ、彼らは「修行者ゴータマと弟子たちの所行を見よ」と町をねり歩いたので、舎衛城の住人から仏弟子がののしられるようになった。

すると世尊は、「こう言って外道たちを叱ってやりなさい」と、一つの詩をとなえた。

「うそをつく者は地獄に落ちる

 卑劣なおこないをして

 人に罪をかぶせる者も

 やはり地獄に落ちる」

この詩を伝え聞いた王は、「他に犯人がいるかもしれない。よく調べてみよ」と部下に命じた。スンダリーを殺した暴漢たちは、もらった金で酒を飲み、酔った勢いでけんかを始め、そのとき一人が「お前がスンダリーを殺して、ゴミために捨てたんじゃないか」と口走った。それを王の部下が耳にし、「やはりそうだったのか」と暴漢たちを捕らえ、王の前に突きだした。王が暴漢たちにきいた。

「スンダリーを殺したのはお前たちか」

「左様でございます。王さま」

「だれが命じたのか」

「外道たちでございます。王さま」

王は外道たちを捕らえて言った。「こう言いながらスンダリーを担いで都の中をまわれ。スンダリーを殺したのは私たちです。修行者ゴータマの悪評を立てるためにしたのですと」。こうして世尊とその弟子に対する人々の尊敬はさらに大きくなった。

そこで修行者たちが説法場に集まって話を始めた。「友よ。外道たちは仏陀を汚そうとして自分を汚してしまった。そのため仏陀に対する尊敬はさらに大きくなった」。そこに世尊がやって来た。

「修行者たちよ。ここで何の話をしているのか」

「これこれの話です」

「修行者たちよ。仏陀を汚すことはできない。それは宝石が汚せないのと同じである。あの外道たちは昔、宝石を汚そうとしたが、どうしてもできなかったのである」。そう言って過去の話をされた。

昔バラナシでブラフマダッタ王が国を治めていたとき、菩薩はある村のバラモンの家に生まれ、成人すると諸々の欲望の危険なことを知って出家苦行者となり、ヒマラヤの峰を三つ越えた山奥に草庵を結んだ。その草庵の近くに宝石でできた洞窟があり、そこに三〇頭のイノシシが住んでいた。

ところがその洞窟の外をライオンが歩きまわるようになり、その姿が宝石を透して洞窟の中からよく見えた。そのためイノシシたちは、恐れおののき、血の気を失い、やせ細った。イノシシたちは考えた。「透き通っているからいけないのだ。汚して見えなくしてしまおう」

そして湖に行って泥の中をころげ回り、その泥を宝石にこすりつけたが、こすればこするほど宝石は透きとおった。そこでイノシシたちは「宝石を汚す方法を教えてもらおう」と、苦行者の草庵へ行き、挨拶し、詩をとなえた。

「宝石でできた洞窟に

 われわれは住んでいます

 こすればこするほど宝石は透明になり

 われわれは困っています

 バラモンにおたずねしたい

 どうすればよいのでしょうか」

苦行者も詩をとなえた。

「あれはガラスではなく

 硬くて汚れのないベールリである

 あの宝石を汚すことなどできない

 あきらめて立ち去るがよい」

イノシシは言われた通りにし、苦行者は禅定を修めて梵天の世界に生まれ変わって行った。最後に世尊が言われた。「そのときのイノシシは今の外道たちであり、苦行者は実にわたくしであった」

出典「ジャータカ全集一〜十。中村元監修。春秋社。一九八四年」第二八五話

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