ジャータカ物語三六
これは師が祇園精舎に滞在されたとき、スダッタ長者の嫁のスジャータに関連して語ったことである。ダナンジャヤ豪商の娘スジャータは、スダッタ長者の家を栄誉で満たして嫁入りしたが、彼女は家柄を誇り、傲慢で、怒りっぽく、夫や義父や義母に対する義務も果たさなかった。
ある日、世尊は五百人の修行者をしたがえてスダッタ長者の家へ行き、法を説いた。そのときスジャータが召使いと言い争いをし、それをきいた世尊が説法を中断してたずねた。
「あの声は何か」
「世尊。あれは我が家の嫁でございます。あれは夫や義父や義母に対する義務を果たさず、布施もせず、戒も守らず、信心もなく、いつも言い争いばかりしています」
「それなら彼女をここに呼びなさい」
スジャータはやって来て挨拶し片隅に立った。世尊が彼女にたずねた。
「スジャータよ。世の中には七種の妻がある。そなたはその中のどの妻か」
「世尊。質問の意味が分かりません。もっと詳しくお話し下さい」
「では耳を傾けてよくききなさい」。そう言って世尊は詩をとなえた。
「邪悪な心を持ち、人に同情することなく
他の男に心を染めて夫を無視し
夫の財産で買われた者を殺すことに熱中する
このような妻は殺害夫人と呼ばれる
技芸や商売や農耕に従事して得た財産を
夫からできる限り奪おうとする
このような妻は泥棒夫人と呼ばれる
仕事をせず、怠惰で、貪欲で、言葉づかいも荒く
召使いたちに主人顔して暮らす
このような妻は傲慢婦人と呼ばれる
常に同情心を持ち母が子を守るように
夫と夫の蓄えた財産を守る
このような妻は母夫人と呼ばれる
妹が姉に対するように
夫を尊敬し謙虚にその言葉に従う
このような妻は妹夫人と呼ばれる
あたかも久しぶりに友人に会ったように
夫を見て心よろこび、素直で貞淑で徳がある
このような妻は友人夫人と呼ばれる
ののしられても腹を立てることなく
平静に夫の仕打ちに耐える
このような妻は奴隷夫人と呼ばれる」
「スジャータよ。これが七種の妻である。これらのうち、殺害夫人、泥棒夫人、傲慢婦人は地獄に生まれ、他の四種の夫人は化楽天に生まれる」。こう世尊が説いたとき、スジャータは聖者の最初の境地に達した。世尊がたずねた。
「スジャータよ。そなたはどの妻であるか」
「私には奴隷夫人がふさわしいと思います」
こうして世尊はひと言でスジャータを改心させ、食事をおえると祇園精舎に帰り、修行者たちになすべきことを指示し、居室に入った。すると修行者たちは説法場に集まって話を始めた。「友よ。師はひと言さとしただけでスジャータを改心させ、聖者の最初の境地を得させた」
そこに世尊がやって来た。
「ここに集まって何の話をしているのか」
「これこれのことです」
「私がスジャータをひと言で改心させたのは今だけではない。過去にもそうであった」。そう言って過去の話をされた。
昔バラナシでブラフマダッタ王が国を治めていたとき、菩薩は第一王妃の胎内に入り、成人するとタキシラで技芸を習得し、父王が亡くなると王位につき、国を正しく治めた。ところが王の母は怒りっぽい粗暴な人で、常に人の悪口を言ったり、人をののしったりしていた。王は母親をさとそうと思ったが、きっかけもなしにするのはよくないと時期を待っていた。
ある日、王が母といっしょに庭園を散策していると、近くの木の上でカケスが大声で鳴いた。それをきいた取り巻きの人々が耳をおおって言った。「なんて荒々しいひどい声だ。カケスよ。鳴かないでくれ」。しばらく行くと今度は満開の沙羅の木の上でコーキラ鳥が鳴いた。その声に聞きほれた人々が合掌して言った。「なんと親しみのある、穏やかな柔らかな声であろう」
菩薩はそのとき母に言った。「母上。カケスが鳴いたときには、人々は声を出すなと言って耳をおおいました」。そしてさらに詩をとなえた。
「美しい姿をもつ女性も
粗暴な言葉づかいをするなら
この世でも来世でも愛らしくない
コーキラ鳥は黒くてみにくい鳥だが
穏やかな声のために人々に愛される」
母はそれ以後、穏やかにふるまうようになり、王はやがて生前の行為にふさわしい次の世に生まれ変わって行った。最後に世尊が言われた。「そのときのバラナシ王の母はスジャータであり、王は実にわたくしであった」
参考文献「ジャータカ全集一〜十。中村元監修。春秋社。一九八四年」第二六九話
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