ジャータカ物語三四

これは師が祇園精舎に滞在されたとき、出家生活がいやになった修行者に語ったことである。その修行者に世尊がたずねた。

「出家生活がいやになったというのは本当か」

「本当です。尊師」

「どうしていやになったのか」

「煩悩のためです」

「修行者よ。煩悩というものは、過去には猿たちでさえ非難したものである。そなたは仏の教えに帰依していながら、猿が非難した煩悩のためにどうして悩んでいるのか」。そう言って世尊は過去の話をされた。

昔バラナシでブラフマダッタ王が国を治めていたとき、菩薩はヒマラヤ地方に住む猿の胎内に生をうけた。ところが成長したとき猟師に捕まり、王への貢ぎ物として王宮へ連れて行かれた。そのため猿は長く王宮で暮らしすことになったが、そこで猿としての勤めをよく果たしたので、満足した王が猟師を呼んで言った。「この猿を元の場所に放してやれ」。猟師は命ぜられた通りにした。

仲間の猿たちは、頭の猿が帰ってきたことを知ると大きな岩の上に集まり、頭の猿に挨拶してたずねた。

「こんなに長いあいだ、どこへ行っていたのです」

「バラナシの王宮に住んでいたのだ」

「どうして帰ってくることができたのです」

「私がつとめをよく果たしたので、王さまが放してくれたのだ」

すると猿たちが口々に言った。「ということは人間の生活や習慣を見てきたのですね。ぜひそれを話して下さい」

「人間のことなどきくでない。私は話したくない」

「ぜひとも話して下さい。私たちはどうしてもききたいのです」

「人間というものは、王族であれ、バラモンであれ、存在するもの一切が無常であるということを知らない。そして、これは私のものだ、私のお金だ、といってありとあらゆるものに執着している」。そう言って詩をとなえた。

「これは私のもの、私のお金

 これが昼も夜も口にする言葉

 愚かな人間どもに

 高貴な法など存在しない

 人間の家には家長が二人いる

 そのうちの一人にはひげがなく

 乳房を垂らし髪を編み

 耳には穴を開けている

 財貨で買われてきた身なのに

 もう一人の家長を馬鹿にしている」

猿たちはいっせいに耳をふさいで言った。「やめて下さい。もう聞きたくない。私たちはここで聞くに耐えないことを聞いてしまった。もうここには住んでいられない」。そう言って猿たちはほかの場所に移動し、その岩はガラヒタ(非難)岩と呼ばれるようになった。

話が終わると世尊は真理を明らかにし、説き終わったときその修行者は聖者の最初の境地に達した。最後に世尊が言われた。「そのときの猿たちは今の仏弟子たちであり、頭の猿は実にわたくしであった」

出典「ジャータカ全集一〜十。中村元監修。春秋社。一九八四年」第二一九話

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