ジャータカ物語三三
これは師が祇園精舎に滞在されたとき、ダイバダッタが師を殺そうとしたことに関連して語ったことである。「修行者たちよ。ダイバダッタが私を殺そうとしたのは、今だけのことではない。過去にも殺そうとしたことがあるが、私を恐れさせることさえできなかった」。そう言って世尊は過去の話をされた。
昔バラナシでブラフマダッタ王が国を治めていたとき、菩薩はヒマラヤ地方で猿の胎内に入り、成長すると象のような体と力を持つ毛並みの美しい猿になった。その猿はガンジス川の岸辺の森に住み、前を流れる川にはワニの夫婦が住んでいた。あるとき身ごもっていたワニの妻が、大きくて立派な猿を見て急にその心臓が食べたくなり、夫のワニに言った。
「私はどうしようもなく、あの猿の心臓が食べたくなりました」
「私たちは水の中に住んでいる。猿は木の上に住んでいる。だから捕まえることなどできやしない」
「そこを何とか捕まえて下さい。それでないと私は死んでしまいます」
「分かった。いい方法を思いついた。心配するな」
翌日、水を飲みに来た猿が川岸にすわっていると、ワニが近づき話しかけた。
「猿の王よ。あなたはどうしてここでまずい果物を食べているのか。川の向こう岸には、マンゴーでもパンの実でもおいしい果物がいくらでもあるのに」
「ワニの王よ。ガンジス川は深くて広い。どうして向こう岸に行けようか」
「行きたいと言われるなら、私が背中に乗せてつれて行ってあげましょう」
「それはありがたい」
そう言って猿が背中に乗ると、ワニは対岸目ざして泳ぎだし、しばらく行ったところで猿を水に沈めようとした。
「おい。なぜ私を沈めるのだ」
「私が親切心でお前を乗せたと思っているのか。妻が身ごもっていて、しきりにお前の心臓を食べたがっているのだ」
「何だ。そんなことか。もしも私の心臓が体の中にあったら、木から木へ飛びまわっているうちに粉々にくだけてしまうだろう。だから別の所に置いてあるのを知らないのか」
「ならば心臓はどこにあるのだ」
「あのウドンバラの木をよく見よ。猿の心臓がたくさんぶらさがっているのが見えるだろう」。そう言って実がたわわになっている木を指さすと、ワニが言った。
「あの心臓をくれるならお前を助けてやろう」
「分かった。それならあの木の所へつれて行ってくれ」
ワニが木の下へ行くと、猿は木に飛びついて上の枝に登り、「心臓が木にぶら下がっているはずがないだろう」と言って詩をとなえた。
「川の向こうにあるという
マンゴーもパンの実ももうたくさんだ
私はウドンバラが一番いい
お前は、体は大きいが智慧は小さい
だから私にだまされた
どこでも好きなところへ行くがよい」
ワニは重い心で帰っていった。
最後に世尊が言われた。「そのときのワニはダイバダッタであり、ワニの妻はチンチャマーナビカーであり、猿の王は実にわたくしであった」
出典「ジャータカ全集一〜十。中村元監修。春秋社。一九八四年」第二〇八話
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