ジャータカ物語二九
これは師が祇園精舎に滞在されたとき、コーサラ国王に語ったことである。コーサラ国のある大臣が後宮で不義をはたらき、そのことを王が知った。そこで王は「世尊に相談しよう」と祇園精舎へ行き、挨拶がおわると世尊にたずねた。
「尊師よ。ある大臣が後宮で不義をはたらきました。どうしたものでしょうか」
「大王よ。その大臣はそなたの役にたつ者か。女はそなたの愛する者か」
「尊師よ。彼はたいへん役にたつ大臣であり、国を支えてくれています。女は私の愛する者です」
「大王よ。昔ある王は、家臣が役にたち女が愛する者なら二人を破滅させることはできぬ、という賢者の忠告を聞き入れて平静な心になった」。世尊はそう言って過去の話をされた。
昔バラナシでブラフマダッタ王が国を治めていたとき、菩薩は大臣の家に生まれ、賢者と称賛される人間に成長し、大臣になって王を補佐した。あるとき一人の大臣が後宮で不義をはたらき、そのことを王が知った。王は考えた。「あの大臣は役にたつ人間だし、女は私の愛する者なので、二人を破滅させたくはない。賢い大臣に相談し、忍ぶべきなら忍び、忍ぶべきでないなら忍ぶまい」。そして賢い大臣を呼んでたずねた。
「賢者よ。たずねたいことがある」
「大王よ。おたずね下さい。お答えいたします」
王は詩をとなえた。
「山麓に美しい恵みの蓮池がある
ライオンに守られていると知りながら
ジャッカルがその水を飲んだ」
賢い大臣は誰かが後宮で不義をはたらいたのだろうと察し、詩をとなえた。
「すべての獣は大河の水を飲むが
大河がなくなることはない
忍びなさい。女が愛するものならば」
王は忠告に従ってふたりを許し、それ以来そのふたりは関係を断った。その後、王は布施などの善行を積み、命が尽きると天界に生まれ変わって行った。
この話を聞いたコーサラ国王は二人を許し平静な心になった。最後に世尊が言われた。「そのときの王は阿難尊者であり、賢い大臣は実にわたくしであった」
出典「ジャータカ全集一〜十。中村元監修。春秋社。一九八四年」第一九五話
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