ジャータカ物語二八

これは師が竹林精舎に滞在されたとき、ダイバダッタが師を殺害しようとしたことに関連して語ったことである。「修行者たちよ。ダイバダッタは過去にも私を殺そうとしたが、殺すことはできなかった」。そう言って世尊は過去の話をされた。

昔バラナシでブラフマダッタ王が国を治めていたとき、菩薩はバラナシに近いある村の資産家の家に生まれ、成人するとバラナシの良家の娘を妻にむかえた。妻のスジャータは、天女のように美しく、花をたくさんつけたつる草のように華やかで、たわむれるキンナラ(頭は人、体は鳥、という想像上の生き物)のようにいつも楽しげであった。しかも貞淑で、行儀正しく、勤めを怠らず、常に夫や舅や姑にかしずいていたので、夫に気に入られて愛され仲むつまじく暮らしていた。

ある日、スジャータが夫にいった。「父母に会いにバラナシへ行きたいと思います」。そこで夫は必要なものを用意して牛車に積みこみ、自ら手綱をとり、妻を後ろに乗せて出発した。そして町の近くまで来ると、牛車を止めて沐浴と食事をし、それからスジャータは着替えと化粧をした。

二人がバラナシの町に入ったとき、町を右回りに巡回していたバラナシ王がそこを通りかかり、牛車から下りて歩いていたスジャータを見てその美しさに心を奪われた。王が大臣の一人に言った。「あの女に夫がいるか調べさせよ」。すぐさま大臣が報告した。「王さま。夫がおります。車に坐っているのが夫です」

王はそれでもあきらめることができず、「あの男を殺して女を手に入れよう」と、一人の男を呼んで言った。「この宝石の髪飾りを、気づかれないようにあの車に投げ入れろ」。それから王は「髪飾りが盗まれた」と大声で叫び、「泥棒はまだこの辺りにいるはずだ。門を閉じてここにいる人間を調べろ」と命じた。

さっそく家来たちは、「王の髪飾りが盗まれた」と言って調べまわり、スジャータの夫の車から髪飾りが見つかると、夫を後ろ手に縛りあげ、「宝石泥棒が見つかりました」と王の前につれていった。王は「その者の首をはねよ」と命じ、家来たちは四つ辻を通るたびに夫をむち打ちながら、南門から町の外につれだし、仰向けに寝かせて首をはねようとした。

泣きながら後をついてきたスジャータはそれを見て、「この世には悪をこらしめる神はいないのでしょうか」、と言って両手をあげて泣き叫び詩をとなえた。

「この世に神はいないのでしょうか

 徳のある正しい者をまもる神

 自制心なく暴力をふるう悪人を

 こらしめる神はいないのでしょうか」

徳をそなえたスジャータがこう言って泣いたとき、帝釈天の座が熱くなった。帝釈天は「誰が私をこの座から落とそうとしているのか」と世界を見まわし、「バラナシ王が悪をおこなって、徳をそなえたスジャータを苦しめている。私は行かねばならぬ」と天界から下り、王を象の背から引きずり下ろして刑場に仰向けに寝かせ、代わりに王の姿に変えたスジャータの夫を象の背に乗せた。そのため王は斧で首をはねられ、そのとき家来はそれが王の首であることに気がついた。

そこに神々の王、帝釈天が姿をあらわし、菩薩を新しい王にすること、スジャータをその第一王妃にすることを宣言した。それを聞いた町の人々は、「不正な王は殺され、帝釈天から授けられた正義の王をいただくことになった」と言ってよろこんだ。帝釈天は空中に立って人々に告げた。

「今後は新しい王のもとで、正義の政治がおこなわれるであろう。もしも王が正義に反したおこないをするなら、雨が降るべきときに降らず、降るべきでないときに降り、飢饉の恐怖、病気の恐怖、剣の恐怖、という三つの恐怖も生ずるであろう」。こうして帝釈天は天に帰り、新しい王は正義をまもって国を治め、命が尽きると天に生まれ変わって行った。

話が終わると世尊が言われた。「そのときの不正な王はダイバダッタであり、帝釈天は阿那律(あなりつ)尊者であり、スジャータはラゴラ尊者の母であり、新しい王はじつにわたくしであった」

出典「ジャータカ全集一〜十。中村元監修。春秋社。一九八四年」第一九四話

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