ジャータカ物語二七

これは師が祇園精舎に滞在されたとき、ある信心深い在俗信者に語ったことである。ある夕方、その信者が世尊に会おうとアチラバティー川の岸へ行くと、船頭がみな世尊の説法を聞きに行っていて渡し舟が一つもなかった。

そこで信者は歩いて渡ろうと川に入ったが、仏に会う喜びに浸っていたので足は水に沈まず、陸の上を歩くように水の上を歩くことができた。ところが川の中ほどまで来たとき、にわかに風が吹いて波が立った。それを見たとき喜びの心が薄らぎ足が沈みかけたが、喜びの心を堅固にすることで対岸に着くことができた。祇園精舎で世尊に会い、挨拶して一隅にすわると、世尊がたずねた。

「そなたはどうやって川を渡ってきたのか」

「尊師よ。私は仏に会う喜びに浸っていたので、水の上を歩いて渡ることができました」

「今回そなたは仏を臆念することで水の上に足場を得たが、過去に海で船が壊れたときには、仏を臆念することで舟を得ることができた」。そう言って請われるままに過去の話をされた。

大昔の迦葉仏(かしょうぶつ)の世に、聖者の最初の境地をえた在俗の仏弟子が、ある金持の理髪師とともに船に乗った。そのとき理髪師の妻が仏弟子に、「尊い方よ。夫の苦しみも楽しみもあなたにおまかせいたします」と言って、夫の旅の安全を守ってくれるように頼んだ。ところが乗りこんだ船が大海のまん中で壊れてしまい、二人は一枚の板きれにつかまってどこかの島に流れついた。

その理髪師は空腹に耐えかねて鳥を捕らえて食べ、仏弟子にも食べるように勧めた。ところが仏弟子はそれを断り、「いまは仏法僧の三宝に帰依するよりほかに、頼るものは何もない」と考えて、ひたすら仏を臆念し、三宝の功徳を臆念した。すると竜王と海神があらわれ、竜王は船に、海神は船頭に姿を変えた。その船は七種の宝石で満ちており、帆柱は宝玉、帆と床板は黄金、綱は銀でできていた。海神が仏弟子に言った。

「この船に乗りなさい。家まで送ってあげよう」

そこで仏弟子が理髪師を呼ぼうとすると海神が言った。「あの男はだめだ」

「なぜです」

「彼は戒を守ったことがない。持戒の功徳を備えていないのだ」

「それでは私がこれまでに積んだ持戒の功徳、布施の功徳、修行の功徳を彼に与えよう」

こうして彼らは海を渡り、ガンジス川をさかのぼり、バラナシに帰ることができた。海神は財宝を分け与えてから、空中に立って教えを説いた。「賢者とともに行動すべきである。仏弟子と一緒でなければ、理髪師は海のまん中で死んでいたであろう」。そしてさらに詩をとなえた。

「信があり、戒を守り、布施をする

 そういう者の報いを見よ

 竜王も船になって彼を乗せる

 賢者と交わり、親しくせよ

 賢者と一緒にいたことで

 理髪師は安穏であった」

話が終わると世尊は四つの真理を明らかにし、説き終わったとき信者は聖者の第二の境地に達した。最後に世尊が言われた。「そのときの在俗信者はそなたであり、竜王は舎利弗尊者であり、海神は実にわたくしであった」

出典「ジャータカ全集一〜十。中村元監修。春秋社。一九八四年」第一九〇話

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