ジャータカ物語二一

これは師が祇園精舎に滞在されたとき、出家生活がいやになった修行者に語った話である。世尊がその修行者にたずねた。

「修行者よ。出家生活が嫌になったというのは本当か」

「本当です。世尊」

「どうして嫌になったのか」

「美しい婦人を見たからです」

「婦人に心をかき乱されるのは、そなただけのことではない。昔、七百年も煩悩を起こしたことのなかったものが、婦人の声を聞いたために煩悩をおこし、災難に見舞われたことがある。清浄な人でも煩悩をおこすことがある。名声ある人でも悪評をおこすことがある」。そう言って世尊は過去の話をされた。

昔バラナシでブラフマダッタ王が国を治めていたとき、菩薩は孔雀として生をうけ、その孔雀は、卵のときはカニカーラの芽の色をしており、卵から出たときから端正で美しく、金色に輝く羽根には赤い縞が入っていた。ダンダカ黄金山に住むその孔雀は、昇る朝日に向かって詩をとなえ礼拝することを欠かさなかった。

「金色の目をもつ唯一の王

 大地を金色に照らす太陽がのぼる

 輝く朝日を礼拝し

 今日一日の無事を祈る」

それから過去の仏たちに対しても同じことをした。

「一切のことがらに通じたバラモンたち

 彼らを礼拝し

 守護を祈る

 すべての仏に帰依し

 解脱した人々に帰依し

 解脱に帰依す」

それから食べ物を探しに行き、一日が終わると今度は夕日を向かって詩をとなえ礼拝した。

「金色の目をもつ唯一の王

 大地を金色に照らす太陽が沈む

 赤い夕日を礼拝し

 今夜の無事を祈る」

そして過去の仏たちに対してまた同じことをした。

この金色の孔雀を、バラナシ国の猟師がヒマラヤを歩き回っているときに見つけ、家に帰ってそのことを息子に告げた。そのころケーマーというバラナシ国の王妃が、金色の孔雀が説法しているのを夢で見て王に言った。「王さま。私は金色の孔雀の説法が聴きとうございます」

そこで王が金色の孔雀のことを大臣たちにたずねると、「バラモンなら知っているでしょう」と大臣たちは答え、バラモンたちにたずねると「そういうことは猟師が知っているでしょう」とバラモンたちは答え、猟師たちにたずねると「大王よ。金色の孔雀はダンダカ黄金山に住んでいます」と例の猟師の息子が答えた。

そこで王は猟師の息子に命じて言った。「その孔雀を生け捕りにしてつれてこい」。息子の猟師は行って罠を仕掛けつづけたが、孔雀はかからず七年後に猟師は死に、ケーマー王妃も願いをかなえることなく死んだ。王は「孔雀のせいで王妃が死んだ」と怒り、「ヒマラヤのダンダカ黄金山に金色の孔雀が住んでいる。その肉を食べると不老不死になる」と黄金の板に彫らせて死んだ。

そのため不老不死になろうと、のちの王たちも猟師を差し向けたが、捕らえることができずそれらの猟師も死に、こうして次々に王が交代し、七代目の王もまたダンダカ黄金山に猟師を差し向けた。その猟師は罠を仕掛けるまえに孔雀をよく観察し、孔雀が朝夕に太陽と仏たちを礼拝していること、それが罠にかからない秘密であることを知った。

そこで猟師はいったん山を下り、一羽の雌の孔雀を捕らえると、手を打てば踊り、指を鳴らせば声を出すように仕込んで山へ連れて行き、金色の孔雀が詩をとなえる前に、罠を仕掛け、雌の孔雀を踊らせ歌わせた。そのため金色の孔雀は煩悩をおこし、詩をとなえずに出ていって罠にかかり、こうして猟師は孔雀を王に献上することができた。孔雀の美しさに満足した王が、立派な座のうえに孔雀を丁重に坐らせると、孔雀がたずねた。

「大王よ。どうして私をつかまえたのか」

「あなたの肉を食べると不老不死になるそうです。だから生け捕りにしたのです」

「大王よ。そんなことをすれば私は死んでしまうだろう」

「その通りです」

「私が死ぬのに、その肉を食べたものが果たして不死になるだろうか」

「あなたは金色に輝いている。だからその肉を食べるものは不老不死になるということです」

「大王よ。私はいわれなくして金色になったのではない。昔、私は転輪聖王としてこの都に住み、自らも五戒を守り、町の人々にも守らせた。そのため死ぬと三十三天に生まれ変わり、そこでの寿命が尽きると、たった一つの不善のために孔雀に生まれたが、戒を守った功徳により金色になったのである」

「どうしてそんな話が信じられるでしょう。何か証拠がありますか」

「ある」

「それは何です」

「転輪聖王であったとき私は宝石でできた車で空中を走りまわっていた。その車が王宮の蓮池のなかに埋まっている」

王はさっそく水を抜いて池の中を探させ、車が見つかったので孔雀の言葉を信じるようになり、国を与えて孔雀に敬意を表したが、孔雀はそれを王に返し、「大王よ。不滅の大涅槃以外のものは形成されたものであり、無常にして実体のないものである」と説き、布施をすることと五戒を守ることの大切さを教え、「大王よ。不放逸なれ」と言って虚空にのぼり、ダンダカ黄金山に帰っていった。その後、王は教えを守って善行をおこない、行為に応じた世界に生まれ変わっていった。

最後に世尊が言われた。「そのときの王は阿難尊者であり、金色の孔雀は実にわたくしであった」

出典「ジャータカ全集一〜十。中村元監修。春秋社。一九八四年」第一五九話

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