ジャータカ物語二十
これは師が祇園精舎に滞在されたとき、阿難尊者が千枚の衣を得たことに関連して語った話である。ある日、王宮で阿難尊者が説法をおこない、同じ日にある人が千金の価値のある千枚の衣を王に献上した。王はそのうちの五百枚を五百人の宮女に与えたが、宮女たちはその衣を阿難尊者に贈り、自分たちは古い衣のまま王のまえに出た。王がたずねた。
「千金の価値のある衣を与えたのに、なぜそれを着ないのか」
「王さま、私たちはそれを長老の阿難尊者に差しあげました」
「尊者はそれをみな受けとったのか」
「そうです。王さま」
王は考えた。「如来は三枚の衣しか認めていないのだから、尊者は売るために衣を受けとったに違いない」。尊者に怒りをいだいた王は、朝食を終えるとすぐに僧院へ行き、尊者に会って挨拶し質問した。
「尊師よ。王宮で宮女たちは、あなたから教えを学んだり話を聞いたりしていますか」
「大王よ。その通りです。学ぶにふさわしいことを学び、聞くにふさわしいことを聞いています」
「宮女たちは話を聞くだけですか。それともあなたに衣を贈ったりしますか」
「大王よ、今日は千金の価値のある衣を五百枚もらいました」
「あなたはそれを受けとりましたか」
「受けとりました。大王」
「尊師よ。如来は三衣(さんね)しか認めていないのではありませんか」
「その通りです、大王。修行者は三枚の衣しか認められていません。しかし受けとることは禁じられていません。私はほかの修行者に与えるために受けとったのです」
「それではその修行者たちの古い衣はどうしますか」
「古い衣は上着にします」
「古い上着はどうしますか」
「敷物にします」
「古い敷物はどうしますか」
「土の上の敷物にします」
「古い土の上の敷物はどうしますか」
「足ふきにします」
「古い足ふきはどうしますか」
「大王よ。信者から与えられたものは粗末にすることは許されません。古くなった足ふきは、小さく切って粘土に混ぜて住居の壁に塗りこみます」
「尊師よ。与えられたものは、足ふきに至るまで決して粗末にすることはないのですね」
「その通りです、大王。与えられたものを粗末にすることは許されません」
それをきいて王は満足し、王宮から残りの五百枚も持ってこさせて尊者に与えた。そこで尊者は初めに得た五百枚の衣を、古くなった衣を着ている修行者たちに与え、残りの五百枚を、いつも身の回りの世話をしてくれる若い修行者に与えた。するとその若い修行者は、その衣をきょうだい弟子たちに分け与え、新しい衣を手に入れたきょうだい弟子たちは、それを身につけて世尊のもとへ行き、挨拶して一隅に坐し、質問した。
「尊師よ。聖者の最初の境地に達した弟子に、相手の顔を見てものを与えるということがあるでしょうか」
「修行者たちよ。聖なる弟子に相手の顔を見てものを与えるということは決してない」
「尊師よ。私たちの師であり法の蔵といわれる阿難長老は、千金にも価する五百枚の衣を一人の若い僧に与えました。そして若い僧はそれを私たちに分けてくれました」
「修行者たちよ。阿難尊者は顔を見て与えたのではなく、自分を助けてくれる者に対するお礼として、功徳に対する当然の報いとして、それを与えたのである。同様に昔の賢者も、自分を助けてくれた者に対しては当然の報いをしたのであった」。そう言って世尊は請われるままに過去の話をされた。
昔バラナシでブラフマダッタ王が国を治めていたとき、菩薩はライオンとして生まれ、山の洞窟に住んでいた。その山のふもとには大きな池があった。池の周囲には柔らかな草の生える泥地が広がっており、その泥のなかを兎や鹿が歩き回って草を食べていた。ある日ライオンは、草を食べている一頭の鹿にねらいをつけて山を駆けおり、跳びかかったが、一瞬はやく鹿が跳びあがって逃げたので、ライオンは勢いあまって泥の中にとびこみ、四本の足を泥にとられて身動きがとれなくなった。そしてそのまま七日間、食べ物もなく立ち尽くしていた。
そこへ一匹のジャッカルがやって来たが、ライオンを見るとすぐに逃げだした。逃げるジャッカルにライオンが呼びかけた。「逃げるな。ジャッカルよ。私は泥に埋まって動けないのだ。何とか助けてくれ」
「何とか助けることはできそうだが、引っ張り上げたとたん、食べられてしまいそうだ」
「心配するな。お前を食べたりはしない。引っ張り上げてくれたら、今度は私がお前を助けてやろう」
それならばとジャッカルは承知し、まずライオンの足の周りの泥をとり除き、そこから池まで水路を作って水をひき入れ、泥が柔らかくなったところで、ライオンの体の下に頭を入れて一気に持ち上げた。ライオンはそれに合わせて泥から抜けだして陸地にあがり、しばらく休んでから池の水で体を洗い、それから一頭の水牛を倒し、ジャッカルに「食べなさい」と勧め、ジャッカルが食べ始めると自分も食べた。
「これからは私が君たちの世話をしよう」。ライオンはそう言って、ジャッカルとその妻を自分の洞窟の近くにある別の洞窟に住まわせ、それからはジャッカルと一緒に狩りをし、獲物を倒すとその場で一緒に肉を食べ、そして互いの妻のために肉を持ち帰った。やがてライオンにもジャッカルにも二匹の子どもが生まれ、みな仲良く暮らしていた。
ところがある日、雌ライオンは考えた。「夫がジャッカルの家族を可愛がっているは、あの雌ジャッカルと親しくしているからに違いない。それでなければあのように愛情を示すはずがない。あの雌ジャッカルをなんとか追い出してしまおう」。そして夫たちが狩りに出ているとき、雌ジャッカルとその子どもたちに出ていくようにおどしをかけた。
そのため雌ジャッカルは、帰ってきた夫にそのことを告げて忠告した。「雄ライオンがそうさせたに違いない。だからここに留まっていては私たちの命が危ない。もとの住み家に帰りましょう」
ジャッカルはライオンに抗議して言った。「旦那、長い間あなたのお世話になってきましたが、何事も長くなると嫌になるものです。私たちが狩りの出たとき雌ライオンが私の妻に、ここから出ていけとおどしたそうです。嫌になったなら出ていけとはっきり言うべきです」。そして詩をとなえた。
「思いのままにおこなう
それが力あるものの掟である
獣王よ、声高く吼えるものよ
どうしてはっきり言わないのか」
雄ライオンは妻に言ってきかせた。「妻よ。私が七日間、帰らなかったことがあったのを覚えているだろう。ジャッカルを連れてきたのはそのあとのことだ。そのとき私は池の泥に足を取られて動けなくなり、あやうく死ぬところだったが、それをジャッカルが助けてくれたのだ。だからジャッカルは私の命の恩人であり友である。友は大切にしなければならぬ」。そしてライオンは詩をとなえた。
「たとえ弱いものでも友としてのおこないを果たすものは
友であり、一族であり、親戚である
ジャッカルは私の命の恩人だから
決して軽蔑してはならぬ」
話を聞いた雌ライオンはジャッカルに許しを請い、それからまた仲よく助けあって暮らすようになり、彼らの親交は七代かわらずに続いた。
最後に世尊が言われた。「そのときのジャッカルは阿難尊者であり、ライオンは実にわたくしであった」
出典「ジャータカ全集一〜十。中村元監修。春秋社。一九八四年」第一五七話
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