ジャータカ物語十九
これは師が祇園精舎に滞在されたとき、二人の大臣の口論に関連して語ったことである。コーサラ国の二人の大臣は仲がわるく、会うといつも口論ばかりしていた。しかもそのことが都じゅうに知れわたっていたので、王も親族も友人たちも何とか二人を仲よくさせようと手を尽くしたが、どうしてもできなかった。
ある日、世尊は都に住む人々を観察し、この二人が聖者の最初の境地に近づいていることを知った。そこで翌日は一人で托鉢をし、まず一人の大臣の家のまえに立った。大臣はすぐに出てきて自ら鉢を受けとり、世尊を家にまねき入れて座に案内した。すると世尊は慈悲行の功徳を語ってきかせ、大臣の心が従順になってきたのを知ると、四つの真理の教えを説き、それをきいた大臣は聖者の最初の境地に達した。
それを見た世尊は鉢をとって立ち上がり、もう一人の大臣の家の前に立った。その大臣もすぐに出てきて挨拶し、鉢を受けとって家にまねき入れ座に案内した。世尊は十一種の慈悲の功徳を説き、大臣の心が従順になってきたのを知ると、四つの真理を説いてきかせたので、その大臣も聖者の最初の境地に達した。そのため彼らは互いに自分の過失を認めて許しあい、仲のいい友人となり、その日は世尊と三人で食事をし、食事が終わると世尊は精舎に帰った。
その日の夕方、修行者たちが議論を始めた。「友よ。師は調教できないものをよく調教する方である。王も親族も友人も仲よくさせられなかった二人の大臣を、一日で仲よくさせてしまったのだから」
そこへ世尊が来てたずねた。「そなた達はここに集まって何を話しているのか」
「これこれのことです」
「修行者たちよ。私が二人を仲よくさせたのは今だけのことではない。過去にも仲よくさせたことがある」。そう言って昔の話をされた。
昔バラナシでブラフマダッタ王が国を治めていたとき、バラナシで祭がおこなわれ、祭を見るため多くの人々や神々や蛇や鳥たちが集まってきた。そのときある場所で、一匹の蛇と一羽の金翅鳥(こんじちょう。カルラ)が祭を見ていた。蛇はその鳥が金翅鳥だとは知らずにうっかり羽根にさわり、金翅鳥はふり返って蛇に気がついた。そのとき蛇も相手が金翅鳥だと気がついて驚き、恐れおののいて川に飛びこんで逃げ去り、そのあとを金翅鳥が追いかけた。
そのとき菩薩は苦行者となって、川岸の草庵に住んでいた。そして暑さを避けるために、樹皮の衣を岸辺に置き、水着で沐浴していた。それを見た蛇は「この出家に助けてもらおう」と、宝珠に姿を変えて樹皮の衣の下にもぐり込んだ。
金翅鳥はそれを見逃さなかったが、樹皮の衣は尊いものなので手出しができない。そこで苦行者に声をかけた。「尊師よ。私は飢えており、蛇を食べたいのです。どうか樹皮の衣を取り除いてください」。そして詩をとなえた。
「衣の下に蛇の大将が入りこみ
石に姿を変えて逃れたいと願っている
そのためバラモンを尊敬する私は
食べることができない」
水の中に立ったまま苦行者も詩をとなえた。
「バラモンに守られた蛇はながく生きよ
そなたのためには天の食べ物が出で来たれ
バラモンを尊敬するものは
食べたくても食べるのをやめる」
それから苦行者は衣を身につけ、草庵で彼らに慈悲の功徳を語ってきかせたので、それ以来、彼らは仲のよい友人となり、幸福な日々を送ることができた。最後に世尊が言われた。「そのときの蛇と金翅鳥は今の二人の大臣であり、苦行者は実にわたくしであった」
出典「ジャータカ全集一〜十。中村元監修。春秋社。一九八四年」第一五四話
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