ジャータカ物語十八
これは師が祇園精舎に滞在されたとき、王へのいましめとして語ったことである。ある日コーサラ国王は、むずかしい裁判の判決を終えてから朝食をとり、まだ手の乾かないうちに世尊のところへやって来た。そして開花した蓮の花にも等しい世尊の足もとにひざまずいて礼拝し、片隅に坐った。世尊がいわれた。
「大王よ。あなたはどうしてこんなに朝早く来られたのか」
「尊師よ。今日はたいへんに難しい裁判があり、さきほどやっとそれを終えたので、食事をして手の乾かないうちにやって来ました」
「大王よ。正しく公平に裁判をすることは善いことである。それは天にいたる道である。しかしそれは、一切のことに通達した私から教えを受けているあなたにとっては難しいことではない。ところが十分に通達していない賢人から教えを受けていた昔の諸王が、正しく公平な裁判をおこない、正しく国を治め、そして天に至る道を去って行ったことは、不思議というべきことある」。そう言って世尊は過去の話をされた。
昔バラナシでブラフマダッタ王が国を治めていたとき、菩薩は第一王妃の胎内に入り、月満ちて安らかに生まれ、ブラフマダッタ王子と名付けられ、十六歳のときタキシラに行って一切の技芸を身につけ、父王が死ぬと王位につき、正しく公平に国を治め、自分の意見や感情にとらわれて物事を決定することはなかった。
王が正しく国を治めていたので、大臣たちも正しく裁判をおこない、裁判が正しくおこなわれたので、いつわりの訴訟を起こす者もいなくなり、ついには裁判所を廃止せねばならなくなった。王は考えた。「正しく国を治めていたら、法廷に来る人がいなくなり、訴訟の騒ぎもなくなった。しかし私はまだ自分の不徳をなくす努力をしなければならぬ。そのためには欠点をおしえてくれる人をまず探さねば」
ところが宮廷の中には、王の美徳を語る者はいても、不徳を語る者はいなかった。「彼らは私をおそれているのだろう」、王はそう考えて町に出て探したが同じことであった。そこで今度は馬車で町の周囲や辺境にいたるまで探したが、自分の欠点を教えてくれる人は見つからなかった。
そのとき、正しく国を治めていたマツリカというコーサラ国王も、やはり自分の欠点を教えてくれる人を探し回っていた。そして二人は狭い道で鉢合わせをし、その道は馬車がすれ違うだけの道幅がなかった。そのためコーサラ国王の御者が大声で言った。「馬車をどけたらどうなんだ」
バラナシ国王の御者がやり返した。「お前の方こそわきに寄せろ。こちらの馬車にはバラナシ国のブラフマダッタ王が乗っておられるのだ」
するとコーサラ国王の御者も言った。「こちらにはコーサラ国のマツリカ王が乗っておられるのだ。だから道をゆずれ」
バラナシ国王の御者は考えた。「向こうも王さまだというが、さてどうしたものか。そうだ、いい考えがある。若い方が道をゆずればいいのだ」と、コーサラ国王の歳をたずねると、二人とも同じ歳であった。そこでさらに国の大きさ、財産、家柄、名声などをたずねたが、やはり同じであった。「それでは徳の高い方に道をゆずることにしよう」と、相手の王さまの美徳をたずねると、コーサラ国王の御者が詩でもって答えた。
「硬いものには硬いものを入れ
柔らかいものには柔らかいものを入れ
善なるものには善によって打ち勝ち
不善なるものには不善をもって打ち勝つ
わが国王はこのようなお方である
だから道をゆずれ」
バラナシ国王の御者が言った。
「それがお前の王さまの美徳なのか」
「そうだ」
「それが美徳というなら不徳とはどういうものだ」
「ならばお前の王さまの美徳はどうなんだ」
「それでは聞きなさい」とバラナシ国王の御者が詩をとなえた。
「柔和によって怒りに打ち勝ち
善によって不善に打ち勝ち
布施によって吝嗇なるものに打ち勝ち
真実によってうそを語るものに打ち勝つ
わが国王はこのようなお方である
だから道をゆずれ」
これを聞くとマツリカ王とその御者は車から降り、馬車をわきに寄せて道をゆずった。ブラフマダッタ王はその後も布施などの善行に努め、命がつきると天へと向かう道を上っていった。マツリカ王も善行に努め、命がつきると天へと向かう道を上っていった。
最後に世尊がいわれた。「そのときのマツリカ王は阿難尊者であり、その御者は目連尊者であり、バラナシ王の御者は舎利弗尊者であり、バラナシ王は実にわたくしであった」
出典「ジャータカ全集一〜十。中村元監修。春秋社。一九八四年」第一五一話
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